第38話 宇佐美安吾は落ち着かない
一度は門前払いされた王都ヘリオスブルグ。
ランスロットについていけば門兵は顔パスで道を開け俺たちにまで敬礼をしてくれた。
城壁の中の街はこの世界で見たどの街よりも活気づいていて近代的だった。
高層の建物が建ち並び往来は石畳が敷き詰められ道ゆく人は平民であっても清潔で整った身なりをしている。
壁の外の世界とは明らかな格差があり、その事が胸に引っかかった。
壁の内側に入って分かったことだが、街の中にはもう一つ壁が中心街とその外を隔てるように建っていた。
平民街と貴族街を分けるために建てられているらしく、ランスロットが持っている屋敷は壁の内側の貴族街にある。
アメリカのゲーテッドコミュニティみたいでつくづくランスロットが高い地位にいる人間だと感じた。
もっともホストとしての心構えはかけらも持ち合わせていないらしく、例によってヤツは王家への報告や残務処理で数日家を空けていたので俺とシンシアはまたしても待ちぼうけさせられてしまう。
三日経ってようやく帰ってきたランスロットは茶色い革でできたアタッシュケースのような鞄を持っていた。
俺にあてがわれた客室で二人きりになった瞬間、
「ドーーーン!」
と声を上げてランスロットは机の上に置いた鞄を開ける。
中には白く光り輝く小判がぎっしりと入っていた。
「見るからに高そうな貨幣だな」
「この国で流通している貨幣の中で最も高価な白金貨だ。アンタの場合、現金の方が都合良さそうだから苦労して用立てたんだ」
「サンキュー。でこれでおいくらくらいなんだ?」
「一枚で100万リピアだから、1000枚で10億リピアくらいになるかな」
こともなげに言うランスロットに俺が問う。
「エロ画像……もとい美術品は一億って話だったが?」
「ディアマンテスの討伐にレパント家襲撃の勲功を足せばそれくらいが妥当だよ。ちゃんとそれ以上に俺は褒賞もらってるから安心して」
ポンポン、と背中を叩かれて、この気安い手の主が請け負う仕事のスケールの大きさに愕然とする。
何千人と死んでおかしくない大災害を未然に防ぐ事ができるなら全然割に合う褒賞だと思うが、それにしても凄まじい。
「さて、これだけあれば街中に屋敷を買って死ぬまで悠々自適に暮らすこともできる。どうする?」
ランスロットが俺に問う。
たしかに魅力的な話だ。
この街でランスロットの庇護下に置いてもらえれば俺が異世界人であることやシンシアのことも隠して生きていくこともできるだろう。
財産を食いつぶしながら娯楽に興じて生きていくのは退屈かもしれないが、年寄り騙して泣かれて罵倒されて小金稼いでいた前世よりよほどマシだ。
だけど…………
「この金を使ってカタリストを買い集め、エルドランダーで世界を巡る」
「へえ、なんのために?」
ランスロットはニヤリと微笑しながら尋ねるてきた。
俺は少し考え込んでから、彼に答える。
「今はまだ分からない。だけど、それを見つけなきゃいけない気がする。お前が【運命】に導かれ勇者になったように、俺はエルドランダーに導かれてこの世界にやってきた。俺に【運命】はないが【運命】を授かったエルドランダーの持ち主としてやるべきことがあると思うんだ」
俺の言葉を聞いてランスロットは腕を組んで大きくうなづく。
「要するに、落ち着くにはまだ早いってことだね。イイじゃん。俺の専属移動係として活躍するのも」
「それは却下だ」
「えっ?」
期待が外れたことに少なからずショックを受けるランスロットを見て思わず俺は苦笑した。
「勇者様にそれだけ求められるなんて光栄だな」
「いや、だってエルドランダー無茶苦茶便利だし快適なんだもの……並みのモンスターの群れなら蹴散らせるし、かなり堅牢だしまさに移動する要塞だぞ」
移動要塞とはキャンピングカーには過ぎた異名をつけられたな、エルドランダー。
まあランスロットの気持ちは分かる。
RPGなんかで高速移動する乗り物でエンカウントなしにフィールドを駆けるのは気分いいもんな。
「恩義に報いる程度には協力するさ。お前を送り届ければ人類救済の貢献もできる。やりがいがある仕事だ。だけど、お前一人のためだけにはエルドランダーを使わないよ。俺はあくまで協力者としてお前の手伝いをするだけさ」
「要するに部下にも仲間にもなるつもりはないってことか?」
脅すほどの圧はかけてこないが明らかに不機嫌そうな雰囲気を放つランスロット。
だから俺はサッと手を差し出し、
「そうだなぁ……お友達から始めるってのはどうだ?」
俺がそう言うとランスロットは噴き出し、
「とりあえずそれでいいや」
と言って俺と握手した。