第6話 僕らの末っ子を預けるからには
「ただいま。」
「ディアル! ティアは……。……てぃ、ティアは、無事?」
「予想通り、女王陛下の所に居たよ。ただかなり疲れてるみたいで、女王陛下からも。隠密機動部隊からも“13時までは手放さない”と。……すまない、シャル。2人で帰ってくると言う約束は守れそうにない。」
「ううん、無事なら、無事ならそれで良いの。それで……ティア、お昼は向こうで?」
「あぁ、恐らく。」
「じゃあ夕食は少し気合い入れて作ってみようかな……。あ、そうそう。貴方が出掛けている間に、ティアとの相談の時間を設けてほしいってこっちにも打診してきた生徒が居たわよ。一応、今は外出中だから帰ってきて、落ち着いたらこっちから呼び出すとは言ったけど……。」
「……1年生の彼らか。確か、ティアの威圧にも臆せず、唯一質問を投げたあの3人だな。」
「えぇ。彼ら、色々と本気みたいよ。」
やはり、類は友を呼ぶと言う事か。ティアの啖呵のような宣言は、無能ややる気のない者を正当かつ効率的にふるい落とす手段でもあった。にも関わらず、それに真正面からぶつかってきた彼らは、こちらとしても警戒していた存在だった。
彼ら3人には、それぞれ特殊な事情がある。その所為で、周囲からのご機嫌取りや、望まぬ優遇を受ける事が多く、本人達も苦しんでいた。
勿論、学園としても、俺個人としても彼らの問題をどうにかしようと手を尽くしてきたつもりだった。だがそれが実を結ぶ事はなく、結局は当事者である彼ら自身に「これ以上はもう良い」と気を遣われ、「十分ありがたかった」と頭を下げられる始末だった。
結局、俺達は何も出来なかった。名誉貴族なんて名ばかりで、結局は子供1人救う事が出来ないのだと深く実感させられた。
……お前ならどうにか出来るかもしれないな、ティア。
必要になるかは分からない。
それでもティアの為にも、彼らの為にも、色々と知らせておくのが良いだろうか。それとも何もしないまま、あいつの自由させる方が良いだろうか。
まぁしかし、あいつなら何でも出来てしまうか。俺よりもずっとずっと立派なんだから。
「……だろうな。願わくば、ティアにも彼らにも、安寧が訪れる事を俺は期待しておくさ。」
「えぇ、そうね。」
「あぁそうだ、シャル。悪いんだが、ティアの為にアロマの類でも買ってきてやってくれないか? どうにもティアは寝つきが悪いと言うか、眠りが浅いらしい。向こうでもかなり強めの睡眠薬を使ってようやっと眠れるぐらいらしくてな。出来ればその辺りの解決法を練ってくれると助かる。」
「えぇ、分かった。でもティア、何の匂いなら安心出来るかな……。」
「……ティア。」
その声に振り返ると、いつの間にかベランダから部屋へ入り込んでいた人影があった。全身を黒衣で包み、まさに隠密機動の一員といった風貌で
確か、
「ジーラ・ルールゥ。」
「……その人が貴方の妻か。」
「えぇ、シャルロット・ルーカスです。」
「……シャルロット・ルーカス。」
「でぃ、ディアル。彼は……?」
「ジーラ・ルールゥ。ティアの職場の同僚だ。」
「初めまして、ルールゥさん。」
「……初めまして。」
「此方へは俺の身の潔白を確認する為でしょうか、ルールゥさん。」
「……そう。お前の、敵意の有無を。」
「先程は饒舌でしたのに、今はエルディさんのような話し方をされるのですね。」
「……いや、戻そう。俺は基本的に、信頼できる相手としか深い会話はしない主義だ。……ルティアは、お前を“ディアル”と呼んでいた。懐いて、信じて、慕っていた。でも、“ティア”とは?」
「ティアはあの子の呼び名です。私達はあの子をティアって呼んで、あの子は私達をディアルとシャルって呼んでくれる。……そういう風に約束しましたから。あの子は私達の娘のような物ですから。」
「娘。……そう、娘。…………なら、これを。」
「これは……?」
「餞別。陛下から、お前達を敵でないと判断した場合には友好の証として、果物の類でも渡してこいと。…………ティアを頼んだ。」
「る、ルールゥさん!」
ティアも然りだが、やはり彼らの組織はそれが当たり前として組み込まれているのだから。
ぴょん、と軽々と、欠片の恐れもなくベランダから飛び降りた彼を心配し、シャルと共に覗き込むも彼の姿はもう何処にもなかった。