第5話 母様の隣、仲間の輪の中で
ぼんやりと、深い水底から浮上するように意識が戻る。
記憶はあやふやで、何がどうなってこうなったのかもよく分からない。とりあえず寝惚けたこの世界でも何とか認識出来る世界から察するに自分が陛下のベッドに寝かされており、隣には陛下がいて、俺の右肩に手を添えて動かないようにしていることだけが、かろうじて分かる。
気配から察するに、陛下だけでなくギルガや、ホワイズや、ジーラや、イルグや、更には何故かディアルの気配ですらも感じられる。普通では絶対にありえない面々。初めて見る組み合わせ。それでも、確かに彼らはそこに居てどうしてか喋ってくれない。
なん、で……?
分からないことは、他にもある。なぜ倒れていたのか。 なぜ体が重く、頭がぼんやりするのか。
「へい、か……? でぃあ、る……?」
「てぃ、ティア……。」
「おはよう、ルティア。よく眠れた?」
「……へい、か。」
「うん、どうしたの?」
「ここ……は?」
「私のベッドよ、ルティアちゃん。貴方はもう少しそこで休んでなさいな。」
「……はい、陛下。」
「熱……な、い?」
ホワイズの冷たい手が額に添えられた瞬間、あぁ、熱はないなと分かった。それを言葉にする事が出来ないぐらいにはホワイズの冷たい手が心地良く、そっと額に添えられたかと思うとそのまま前髪を掻きあげるように撫でてくるその手が酷く安心する。
ただれだけで折角戻りかけた意識がまたふわふわと離れていく。
無意識に手を伸ばせば、それも拒まれる事なく、陛下の鎖骨あたりにそっと添えられた。そこから伝わってくる脈打つ鼓動と振動が、また俺の心を落ち着かせてくれる。
氷のように冷たいはずのホワイズの手が、今の俺には丁度良い温度で。近頃の無理が祟ったのか、それともここ最近慣れない事を続けている所為か。いつの間にやら少しばかり熱を持ってしまっている体には酷く効果が強い。
布団に身を預け、そっと甘えれば、それもまた受け入れられ。自然と、意識はさらにゆるく沈んでいく。
「……んふふ。」
「……女王陛下。」
「とりあえず、ルティアちゃんはお昼過ぎまでここで休ませるわ。朝食も、昼食もこっちで取らせてから自由にさせてあげる。それまではこの部屋から出す事すらも許す気はないわ。」
「……失礼、女王陛下。宜しければ具体的なお時間を設定していただけないでしょうか。」
「そうね。じゃあ……13時。13時には学校へ着くようにしましょうか。それまでルティアちゃんを決して貴方達に貸しはしない。」
「……承知致しました、女王陛下。じゃあティア、また後でな。」
「でぃあ、る……?」
肩に手を添えられている所為で、体を起こす事も出来ず。目だけでディアルを追うけれど、声はもう出なかった。
でも、それすらも。その欠片も気にならない。
これで満足してと言わんばかりにクッションを懐へと押し込まれ、抱き込めば不思議と甘い匂いがして、意識が更にぼんやりとする。
「ルティアちゃん。私、ちょっとだけここを離れるけど良い子にね。」
「へ、陛下。陛下、ど、何処に」
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。ね?」
「……。」
「ルティアちゃんは良い子で、賢い子だからここで待てるでしょ? それに、部隊の皆はここに残るから完全に独りって訳じゃないのよ?」
「そうそう、陛下の言う通りだって。俺達が傍に居るし、陛下だって朝食が出来る頃には戻ってきてくれるから大丈夫だって。」
「……まぁ、俺は端で本でも読んでるさ。」
「僕……手、握ってる。」
「俺もまぁ、ここには居る。」
「じゃあ皆、ルティアちゃんをお願いね。ルティアちゃんも、また後で。」
「……はい、陛下。」
さらりと優しく撫でられ、遠ざかっていく温もりを埋めるように抱き込まれたホワイズの懐の中は涼しいのか、それとも温かいのか、果たして何方なのか欠片も分からない。
それでもここが酷く心地良くて。酷く安心出来て、そのまま沼の中へ落ちるように意識が溶けた。