第75話 全ては知る事から始まる
「あ、んな短時間で……。」
「魔法は、魔法式は所詮パズル。解き方が分かってしまえば初めて見る魔法もその構造を理解する事、予想する事も出来、そして自らの魔法属性への相性や魔力保有量に応じてアレンジする事も出来る。……それを、あいつは体感で学んだ。褒めるべきはこの短時間で課題をこなした事ではなく、その感覚を誰に教えられるまでもなく習得した事でしょうな。」
よく聞く話、基礎と言うのはただの地盤。それこそ “自分達の足は地面に着いている” という至極分かり切った事を指す。
それに対し、どうすればそれが出来るのか。どうやってみれば良いのかなどの考え方を考えるのが最も重要な “考え方” という物。本来学びで得るべきは基礎ではなく、論理的な思考回路。
何を見て、何を得たいのか。何をして、何を得るのか。何を見て、何をするのか。
一番大事な所を誰も教えてくれず、自分で身に着けろと言いながらも得ている事を前提として話をする。……それがお前達の知る、怠惰な大人達だろうよ。
故に、子供達は路頭に迷う。人生的な意味や生き方的な意味ではなく、考え方的な意味で。だからこそ、人によって極端に頭が足りない者が蔓延り、それが世代を成して更に拡がる。
そんな怠惰に、これからの子供達が常に餌食となっているのだから実に面白くない。
完全に複合されたそれは、中央は真っ黒な球体だが赤い炎のように外側が揺れており、ある意味芸術とも呼べる。
異なる属性の魔法を複合させた時にありがちな、元の特性を忘れてしまうようなへまもしていない。重力魔法らしく周囲のありとあらゆる力を吸い込み続け。炎魔法らしく空間を揺るがす程の熱量を発し続けている。
合格だ。まぁしかし、これで出来ると言う事はこの程度の応用ではお前達の真の障害となりえないと言う事だな?
「せ、先生……!」
「では特別授業だ、ルシウス。試験はこれで終わりだが……最後に。それを地面に放て。」
「「「「……。……え?」」」」
「どうしたぁ? そのまま手の中に構えているのも疲れるだろう。ほら、掬いきれなかった水が手から零れるようにぽとっ、と。」
「あ、あの、先生。先生? 先生!?」
「何だ、ルシウス。そう何度も呼ばなくても聴こえているが。」
「ほ、本気で言ってるのか? いやまぁ先生の事だから本気なんだろうが、正気か? 幾ら学が少ない俺でも、それが危険な行為である事ぐらい」
「そう、学が少ないお前らに学を与えてやろうと言ってるんだ俺は。今確かにお前はこれが危険な行為である事は分かっていると……言おうとした。しかし、しかしだ。これがどれくらい危険か、お前は具体的に表せるか?」
「い、……いいや。」
「それがお前の限界だ。……これまでの、な。さぁルシウス、俺はさっき何て言った?」
「 “俺がふんぞり返っている間は思う存分やれ”。」
「宜しい、勘も冴えている。……確かに魔法と言うのは便利な技術だ。しかし、魔法に限らず “便利” という事は “危険” でもある訳だ。結局は怠惰の為に、楽をする為に自称 “無駄” を省く為に出来た物が便利になる。だからこそ、最初に定められている使い方を守らなければ当然それは脅威に変わる。」
「そう……だ、な。現に、俺もこれをどうやって安全に解除するか考えないで魔法式を組み立てた事に、結構後悔してる。」
「後悔で済まされないぞ、外の世界では。……それで命が奪われれば猶更だ。だからこそ便利を作る者達は決して定めた方法以外で利用しないし、定めた方法以外で利用した者の分の責任を負わない。結局は銃も便利も包丁も、全てその使用者次第。つまりは引き金。道具が悪いのではなく、その引き金が。その引き金に指を引いた奴が悪い。今だと現に後悔してるお前の事だな。」
「……後先考えずに動いたから。」
「そうだな。でもそれを何とか出来る奴が居るからやれと言った。……まぁ、それに従ったのはお前だ。俺も流石に全ての責任を負う気はない。」
「あぁ、そうだな。“先生が居るから大丈夫” と判断したのは俺だ。……先生が何を言っても、無視する事だって出来たし、自分なりに予防線を張る事だって出来たのにやらなかったのは俺だ。」
「分かっているなら良い。……では話を戻す。ルシウス、それを手放して本気でこっちに走ってこい。丁度良いこの機会、お前の手の中にあるその爆弾が使い方を誤ったらどうなるか……その目で学ぶ機会を与えてやる。」
爆弾、という表現は決して誇張表現ではない。そして、それぐらいの火力を持つ爆弾を、こうも簡単に出来てしまうのも事実。
こいつらに手っ取り早く危険性を。危険度を分からせてやる為にもつい先程まで咥えていた煙管を魔法で宙に浮かせている灰皿に置き、手袋を外せば魔法では隠し切れなかった鱗が大気に晒される。
まだまだ研究段階のこの体ではある物の、とにかく今一番の問題として認識しているのは変身魔法や変形魔法、又は擬態魔法が一切使えない事。元々得意な魔法ではなかったが、この体はそれらと相性がかなり悪いらしい。
本当、自分の体が一番の研究対象なんてマッドサイエンティストにでもなった気分だな。
「え、う、うろ、こ?」
「さぁ早く。お前の魔力不足で大惨事を起こすまで待つつもりか?」
「ッ、ど、どうなっても知らんからな!!」
言いつけ通り、ぱっ、と手放し、本気で走ってくるルシウス。ただどうにも魔法への興味関心努力が過ぎたる所為か、最も魔法師や魔導士がやってはならない体力の衰え。体力への無関心が今になって牙を剥く。
一見魔力さえ突出していれば良いように見えてしまうそれだがそれでは俺の傍には居られない。それでは、戦場で生き残れない。
まぁ新しい課題が出来ただけで十分か。
兎にも角にもこのままではルシウスまで吹き飛んでしまいかねない。それでは俺がわざわざ自分の時間を削ってまでこいつを鍛えている意味がない。
姿が変わった影響もあり、以前よりも遥かに優秀なこの身体能力を利用して。自分でも瞬時、と称するに相応しい程の速度でルシウスの肩を掴めるほどの距離にまで迎えに来た辺りで複合魔法が地面にバウンドし、“弾ける”。
まるでガラスコップが高い所から落ちて落下するように。雫が落ちて弾けるように。
衝撃を受けた事で調律が崩れたそれはただ失敗した時とは違い、プラスチック爆弾でも爆発したかのような爆風と熱を放ち、ルシウスの魔力の質が形となった竜の形状をした炎が唯一破壊可能物である此方へ、唸ってから向かってくる。
竜、か。何ともまぁ綺麗なものだ。
「ちょ、せ、先生!? 大丈夫なん!?」
「……綺麗。凄い、凄いよ、ルシウス! ま、魔力の、魔力の性質が具現化されてる!」
「言ってる場合かっ!! 先生、本当に大丈夫なんだよな!? 先生!?」
「る、ルーベル先生! これは」
「あーうるさいうるさい。俺の後ろに居る限りは大丈夫だ。」
一度、誰かが意図した訳でもないのに形を得た魔力というのは非常に不安定で瞬間的な魔法生命体となる事がある。当然ながらそれにはかなりの魔力量を要求される者の、たったあれだけの魔力でそれが出来ると言う事はルシウスの魔法師としての将来はそれなりに有望である事だろう。
例に倣い、飛んできた竜型の焔を右手で受け留める。流石はルシウスと言うべきか、膨大な魔法式としっかりした魔法式で構成されたそれはたかが相殺するだけでもかなり此方の頭を使わせてくれる。
原石でこのレベルか。……全く、本当に羨ましくて仕方ない奴らよ。
事実、本当に羨ましい。まぁでも言った所で本気になってくれないんだろう。
右手に触れた所から順々に全ての魔法式を分解していき、相殺していく。やがてはある程度その硬度。純度。密度が揺らいだ所で握りつぶすように拳を握れば魔法が完全に相殺され、消滅する。
まぁこんなもんか。
「魔法は便利だが畏怖と尊敬を以って扱え。……くく、なかなか良いスリルと体験だったなぁ……ぁっはは!」
んふ、びっくりし過ぎて全員鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してやがる。すっごい面白れぇ。