第62話 失われた夜煌の民の最期を
「うーわ、先生本当に寝るじゃん。」
「……じゃあ、僕も寝る。」
「どさくさに紛れて布団の中入ってんじゃねぇ!」
「大きい声出すと起きちゃうよー……。」
「楽しそうだな、お前ら。」
「全くだ。」
「煉掟……! 煉掟、先生は本当に疲れてるだけなのか? 実は体調崩してるとか言わないか?」
「別にその様子はないが。あくまで疲れて眠り込んでいるだけだ、何も心配しなくて良い。」
「……そうか。」
「あ、そーだ。煉掟、先生の話聞かせてくれない?」
「ティアの?」
「あぁ確かに。先生はどんな子供だったのかとか、ルールゥ先生とはどんな感じなのかとか。」
「……まぁ、たまには良いか。」
おっしゃ!
謎多き我らが先生はあまり自分の事を語らない。それどころか、少しでも詮索しよう物なら若干の距離を空けてくるぐらいには身の上話をしてくれない。
ただ、
「隠された方が気になる、か?」
「あ、あぁ。流石に怒る……か?」
「……。……まぁ、多少で良いのなら。ティアも調べようと思えばお前達の素性を知れる立場だからな、それこそこいつの言う “フェアじゃない” だろう。」
「え、聞きたい聞きたい!」
「聞かせてくれ、煉掟。」
「……僕も、聞きたい。」
「何から話した物か……。まず、先に言っておくがティアは戦争孤児だ。それなりに特殊な血筋の人間でな、ティアを残して血縁は勿論、部族全員を失った。」
「えっ……。」
「……ねら、われて?」
「いいや、本当に戦争に巻き込まれただけだ。戦争に巻き込まれ、偶然にも生き残ったのがティア。まだ幼かったティアはその特殊な血筋の関係もあって貴族の家庭に養子として迎えさせる訳にもいかず、あの小娘と部隊の人間が育てる事になった。」
「部隊の人間って……ルールゥ先生の事?」
「小娘は……ま、まさか、陛下の事?」
「あぁ。」
「え、じゃあルールゥ先生の年齢って本当に幾つなんだ……?」
「すっごく高そう……。し、しかも陛下の事を小娘って……。」
「い、今更かもしれないが……その話、本当に聞いて良いのか?」
「あぁ、良い。……ティアの一族は、ティアの一族が代々行っている儀式の後、軍事帝国同士の戦争に巻き込まれ、両国と共に消滅した。ティアの記憶の一部の欠損と、ティア以外の同族達の死と共に。当時は……幾つだったか。もう私も詳しい事は分からんが、ティアは初めて小娘共と会った時、あいつらを殺そうとした。」
「……軍服か。」
「あぁ。ある程度の年齢になっていればそんな事はないだろうが、当時のティアはまだ2桁にもならぬ童。軍服に種類がある事も知らず、軍服を着て、兵器を。武器を持って村に近付いてくる輩を片っ端らから殺してな。……ティアを助ける気だったとはいえ、あの小娘共にも牙を剥いた。」
村と言う事は、先生が俺達にとっては当たり前の街や国と言う単位ですら、陛下達に保護されてから知った物なんだろう。死に対する恐怖がない事も、独りに慣れている事も、何より戦争や闘争から目を逸らさないのもきっと、そういう事なんだろう。
殺す事に、躊躇いがないのでさえも。
「……未だにあの時、あやつを殺しておくべきかどうか悩んではいるが結局あの時はティアをあいつらに委ねた。怪我も酷く、錯乱し、泣きながら。叫びながら暴走するティアを見ておれなくてな。敵意もなければ害意もなく、嘘も吐いていない彼らにティアを任せた。」
「その結果が……例の隠密機動。」
「あぁ。だが勘違いはしてくれるな、その道を選んだのはティアだ。……あいつらはちゃんと、他にも道を提示した。」
「……何故、先生はそんな酷な道を。」
「さぁな、私にも分からん。……ただ、考えられるのは復讐か。はたまた、二度と大切な物を失わないようにする為にただ力が欲しかっただけなのかもしれん。何でも良いから力を集めて強くなり、少しでも自衛に尽くしたかったんだろうな。」
「今は……どうなんだ? 少なくとも今の先生は楽しそうに見えるが。」
「あぁ、楽しんでる。……魔法の研究を。あの一件から人が嫌いになったティアは学問に没頭し、他の事に目が行きにくくなった。城内にある本を読み漁り、立ち入りが許可されている研究室には顔を出し、憐れに思ったのかティアに大層甘いあの小娘達の計らいで手に入らない本や情報、研究用の物品は何1つなかった。」
「……煉掟。せんせって、何度も戦場に出た事……あるんだよね?」
「あぁ、ある。そして何もかもを壊し、何もかもを殺した。」
「……せんせは前回の一件で人間を辞めた。だったら、ルールゥ先生達は……? ルールゥ先生達も人間じゃない、んですか?」
「あぁ、人間じゃない。陛下を含め……な。」
「へ、陛下まで?」
「あの小娘の種族の話……をしようとすればティアの話もしなければならんな。そもそもな話、ティアの失われてしまった一族は煌星の夜想曲と言う古の一族でな。彼ら煌星の夜想曲の民は古来より燐獣や惑星との結びつきが強く、自然に愛されていた。」
「き、聞いた事があります! 確か……生まれながらに幾つもの魔導を扱えて、どんな燐獣とも縁を結ぶ事の出来る一族だって。」
「それで間違いないだろうな。そんな彼らは惑星の中を流れる魔流や龍脈のような意思なき命との結びつきが強く、自然に愛されて自然と共に生きていた。彼らにとって神聖な物である夜その物が訪れて讃美歌を歌う。そんな彼らを、夜煌炉と呼んだ。」
「え、普通の村人ですら特殊だったって事ですか……?」
「あぁ、そういう事だ。そもそもとして生まれた時から魔導を覚えられる状態にあるなど普通の人間ではありえない。そして、その中でも1人しか存在しない、巫女とも呼ばれる存在に当たるのが夜煌嶺悠と言う物。巫女であると同時に煌星の夜想曲の族長でもあるそれは常に私と契約を結ぶ運命にあり、あの時行われた儀式もその継承の儀だった。」
「ま、まだ2桁にもならならい子供を族長に!?」
「……前例、あったんですか?」
「いいや、ない。ティアがそれだけ優秀だったと言う事だ。」
「……そして先生は独りになった。」
「あぁ、独りになった。……と言うより、私が護ったのはティアだけだったと言う話だな。どうせ全ては救う事の出来ない命だからと、私は契約者であるティアだけを護った。ただ、それだけの話だ。」