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夜に煌めく炉は蒼銀で  作者: 夜櫻 雅織
第一章:一年生第一学期 魔法の深淵と神髄に触れる資格は
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第49話 未熟さに覚える恐怖

「……せんせ、帰ってこないね。」

「やっぱり、何かあったんじゃ……。ルシェル。」

「いや、早まるな。……こういう時は冷静に、落ち着いた方が良い。そう、父上もいつも呪文のように唱えておられた。」


 とはいえ、心配な物は心配だ。

 今日は朝から先生が屋敷に居ない。先生が本来行うべき職務である軍事関連の任務がある為、女王陛下に呼び出されて出掛けたっきり帰ってこないのだ。

 それでもやっぱり心配にはなる。何だかんだ言って軍人らしく報連相がしっかりとしている先生は早めの段階で連絡をくれるし、逆を言えば外出している日に連絡が1度もない日なんてない。それは無論、俺達が出掛けている場合でも「いつ帰ってくるか」などの心配や、「危ない所は通るな」などの小言をメールで貰う事もある。



 なのに、それすらもない。



 確かに、今回は俺達が屋敷に居て、ここで先生を待っている形ではある。

 でも先生なら18時になる頃には「どれくらいに帰ってくる」とか、あまりにも遅くなると分かっている場合は「先に寝ていてくれ」とかの一言もくれる。……なのに、何もないと言う事は。

 生憎な事に今日は大雨だ。バケツを引っ繰り返したような音の所為で酷く暗く、酷く寒い。

 季節はもうそろそろ夏だと言うのに太陽すらも押し流したような濁流の雨が降り注ぎ、屋敷の前にある道路を車が1台も通らないぐらいだ。


 先生。先生、大丈夫なんだよな……?


 玄関近くのリビングで明かりを点け、読書をしながら待っていた俺達。いや、今も待ち続けている俺達。

 正直言ってここまで不安にさせておいて「先に寝ていてくれ」、なんて言われたら怒る自信がある。と言うか怒る。

 でもまずはそれもこれも先生が帰ってこなければ何も出来ない。

 だから早く、早くと念じている所で大雨の音と玄関扉が乱暴に閉められる音がした。


「っ、今の……!」

「玄関に行くぞ!」


 幸い、リビングが玄関の真横にあるので扉を開ければもう玄関だ。偶然だとしても、今程この間取りに感謝する事はないだろう。

 トルカ、セイズと共にリビングから飛び出し、玄関に倒れる先生を見た時は血液が凍っていっているのかと思った。

 体力限界で倒れたかのような体勢でぴくりともしない先生は全身ぐっしょりと濡れており、傘を持っていなかったか。いやでも先生は凄腕の魔導士だ、傘なんて物がなくても魔法で防殻を傘代わりにする事が出来るだろう。

 しかし、そんな事もしていなかったと思われる先生はどれだけトルカとセイズが体を揺らそうと、慌ててトルカが風呂場にお湯を張ってくると走り出しても意識が戻った様子はない。

 とりあえず閉められているだけの扉に鍵を掛け、セイズと力を合わせて肩を貸して体を起こさせた辺りでようやっと意識が戻ったらしい。


「せんせ、せんせ! せんせ、意識も、戻った?」

「先生、しっかりするんだ! 先生!」

「……ぅ。こ、こは……?」

「せんせ、分かる? 家に着いてるよ、せんせ。僕達が護るから、僕達が護るからもう大丈夫だよ、せんせ!」

「……そう、か。直ぐ……気合い、いれ……直す、か……ら。」

「何を言ってるんだ先生、少しくらい休んでろ……!!」


 玄関の明かりを点けていなかったのは失敗だった。

 その所為で先生の右足と左腕からの出血に気付かず、どうやらかなり深いのか玄関の絨毯にぽたぽたと赤黒い物が落ちている。それほどに傷を見つける事が遅くなってしまった。

 しかし、そうなれば話は色々と変わる。

 雨に洗い流されて傷口が大きくない事は分かるが、逆を言えば出血しながら雨の中を移動してきたと言う事。傘も差さず、無理をしてここまで来たと言う事はもう殆ど海の中を歩いてきたと言う事と変わらない。

 ならば目に見える出血量が少なくとも全体としてはかなりの血を流しているはずだ。

 とりあえず予定を変更して壁にもたれさせるようにして座らせ、セイズ共々苦手な回復魔法を唱えるが治りはかなり悪い。あまりにも焦り過ぎて、回復魔法の行使を途中で辞める気にもなれず、回復魔法を行使している間だけは仄かに辺りを照らしてくれる黄緑色の光源を頼りに止血を優先するが、気休めにしかならない。



 俺達はまだ、本格的な魔法の授業を受けていないから。



 事実、今現在俺達が先生に教わっているのは魔力のコントロール。魔法を行使しているのはただの練習に丁度良いからであって、魔法を唱える方がメインではない。

 しかも、それぞれが得意な魔法属性の習得を優先している所為でこう言った生活魔法については何の進歩もない。

 その所為で回復が遅くなり、魔法の効果も薄くなり、これまで長く余裕をぶっこいていた過去の自分を殴りたくて仕方ない。


 くそ、もっと早くから勉強していればもっと……!!


「ッ……! ルシェル、せんせ、せんせの傷、広くないだけで深いみたい。奥まで、奥まで僕達の回復魔法が届いてないから全然塞がんない……!!」

「分かってる、分かってる……!!」

「風呂湧いたって、その怪我……!! ちょ、回復魔法は!?」

「唱えてる、唱えてるが一向に塞がら、煉掟、煉掟も居るんだろう!? 力を貸してくれ、煉掟! 先生を助けてくれ!!」

「私が居るだけで魔力消費が激しいが……まぁ、致し方ない。」


 最早、先生の意識はない。

 血の気のない顔がフード越しでも分かる程に垣間見え、その肌は蒼褪めて水死体のようになってしまっている。こんな状態の先生に幾ら声を掛けても目を開けられる訳がない事ぐらい、俺達でも分かる。分かって、しまう。

 そんな先生を今は煉掟が優しく抱え上げ、トルカの案内で風呂場へと向かっている。

 元はこんな状態の先生に、更に負担を掛けまいと成りを潜めてくれていたようだが……それでもあっさり顔を出してくれて本当に良かった。


「煉掟」

「私が此方に居られるのは風呂の間だけだ。傷口も此方で塞いでおくからある程度は其方で何とかするように。」

「あぁ、分かった。」

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