第39話 土足で、入ってくるな
あぁ、本当に。本当にやりやがった、こいつら。
しかし、今言った所で全てが遅い。
何に痛みを覚えたのか、何に刺激を受けたのか、先程から留めどなく溢れ続ける涙が何よりも鬱陶しい。
止まれと念じても、押し付けるように布団に顔を埋めても、それでも涙は止まらない。
俺の味方をある気があるのか、それとも涙を止める事は諦めてただ、俺を安心させる方面に特化しようと思っているのか、優しく甘えてきてくれるアルシュやリュートが。俺の背中を優しく撫で、慰めようとしてくれる煉掟の手が。徐に俺の懐に忍ばせた尾を自由にさせてくれる≪深淵からの呼び声≫が酷く、痛い。
直ぐ近くであいつらが起きてきている感覚もすると言うのに、段々と状況を理解して戸惑っている気配ですらも伝わってきていると言うのに、それでも溢れに溢れ続ける感情は収まらない。
あぁ、くそったれ。
「……先生。」
「来るな。……今は、俺の傍に寄るな。」
「……すみません、先生。俺が入らせてもらえるよう頼みました。罰するのであれば俺だけにお願いします。」
「いや、同情したって意味では俺らも有罪です。先生、煮るなり焼くなりご自由に。」
「……せんせの、お好きなように。」
「大丈夫だよ、ティア。……例えその姿でも僕達はティアの味方だから。ティアがどんな姿になろうとも、どんな声になろうとも、どんな魂になろうとも、それでも僕達はティアを裏切らないし、ティアを手放さないし、捨て置いたりなんてしないから。」
「ルールゥ先生の言う通りです、グレディルア先生。俺達は先生だからこそ好きなんです。見た目とか、そんな簡単な物じゃなくて先生の性格が、先生の優しさが大好きでなんです。……例え先生が人間でなかろうと何だろうと、俺達は何があっても先生の味方です。先生の支えでありたい。だから、何も怖がらなくて良いんです。」
「先生、グレディルア先生。俺らは先生の中身が好きなんです。先生の目に見えない所が、何気ない所が好きなんです。やから、そんな見た目に拘らんでください。俺らは先生と言う個人が好きなんです。」
「せんせ、見た目なんて何の宛てにもなりませんよ。いつだって見た目で判断するのは愚者だけです、だからこそせんせが最初に俺達へ言ってのけたように、誰かから貰った物を食べているだけで成長したと思っている者。周りが褒めてくれてるからって出来てると思ってるような単細胞の脳みそしか持っていない奴は結局何かの代わりでしかないんです。社会の歯車で、それ以上の価値なんてないんです。……だから、せんせ。僕達はせんせの見た目が好きなんじゃなくて、せんせの性格が好きなんです。でも今まではせんせが男性だと思ってたから、慕ってたんです。」
「そうそう、セディルズの言う通りですよ、先生。ただ俺らが先生に抱いとった気持ちが、親愛から恋愛にだけの変わっただけの話ですって。何方にせよ、俺らは先生の事を大事やと思ってますし、先生が凄い人やってちゃんと分かってますから。」
優しさは、甘言は毒だ。
蝕む事しか出来ず、全てを悪い事に持っていく事しか出来ず、最終的には破綻する。
その先に良い事なんてなくて、破滅ばかりが訪れて結局は酷く後悔する事になる。
俺はこれまでの人生でそう学んで、そう理解して、そう納得して、その中で生きてきた。
なのに、彼らはまだ俺に毒を流し込む。
その所為でこれまでは一度も出てこなかったはずの信じたい自分と言う物が、騙されてみたい自分と言う物が芽生え始めてどうにも、恐怖が収まらない。
……くる、しい。いた、い。
「……諸君、今日はティアを休ませてやってくれ。これ以上は辛そうだ。」
【まだ貴方に優しさと甘さは辛いものね、主様。……だから少しずつで良いの。少しずつ、ちょっとずつ慣らしていきましょう?】
【ご主人様、僕達の事をフィルターだと思ってくれたら良いんだよ。僕達が、ご主人様が受け留めきれない優しさと甘さを受け取って、それを少しずつ小さな飴玉にしてご主人様にあげるから。】
【ご主人様と魂が繋がってる俺達なら絶対にご主人様にとって都合の良い感覚で、都合の良い量を調整する事が出来る。……俺達を利用して、俺達を使ってくれ、ご主人様。】
「……いま、は。……今は、誰にも干渉されない眠りが欲しいんだ。夢、なんて要らない。ただ、ただただ休みたい。何も考えたくないんだ、何も見たくない、何も、何も聞きたくなんか」
【うん、任せて、煉掟卿。……今、私が楽にしてあげるから。】
優しさに沈むのが、人を信じるのが怖い。