第37話 ただ役目を果たす為だけにここに居るの
幸い、道はそう入り組んでいないらしい。
時折妖精とも、鳥とも思えるような多種多様。多色の小さな者達が不思議そうに此方を観察したり、物珍しそうに近くまでは来るも傍には来ないのを確認しつつ、ルールゥ先生の背中を追う。
偶然にもルールゥ先生の契約獣である深叡の銀眼は先生によって半ば強制的に呼び出されたようだが、残念ながら俺達の契約獣は呼び出されなかったらしい。
まぁでも深叡の銀眼の話を聞く限り、ここは生まれる前から先生に馴染んでいた思い出の場所を再現した夢の世界。
もしかすると、また会って間もない俺達とは違ってルールゥ先生達のように先生の幼い頃を知っている者達のみしか信じられないのかもしれない。
元々、先生は簡単に誰かを懐に入れようとしないから。
そもそも論として先生はそういう人だ。
信じられない、と言うよりはそもそもとして誰かを信じると言う行為を恐れ、誰かを懐に入れる行為を恐れている。
でもだからこそ、懐に居ない人にとっては先生の言葉がどれだけ重く、どれだけ鋭利であるかを分からせてしまってしまえる。
本当は、その言葉を受けて一番傷付いているのは先生であるはずなのに。
誰かを信じられないからこそ、先生は誰かの痛みに深くは突っ込まない。
でも、正しくないと思ったら。一度手を出したら必ず最後まで、一切の手抜きもなく関わって、しっかりとアフターフォローだってしてくれる。必要以上に誰かを傷付けようとしない。
だから先生、先生は誰かを信じようと努力しなくて良いんだ。俺達が頑張って、いつの間にか。気付いたら信じてしまっていたって言う環境を作ってみせるから。
こういう人達は大抵、周りを変えられても自分を変えられない。
世間には悪い意味でそれが出来る人やそうなるように悪行を重ねる人が多いが、先生はそうじゃない。
先生はしっかりとした正義と信条を以て、それに従って生きてるだけ。何も誰かを変えようとしているんじゃなくて、あくまで現状を改善しようとしているだけ。
それを理解する気もない癖に、それが気に入らないだけの癖に、どうにかして先生を騙したい奴らが無駄な努力を重ねているだけだ。
あんなに沢山傷付いて、沢山傷付いているのにその傷を自覚しようとせず、必死に生きようとしている先生の足を掴んで邪魔する連中ガ居るだけ。
俺達はただ、そんな奴らから先生を護りたいだけなんだ。そこで先生が笑ってくれれば、そこで先生が息をしてくれていればそれで良いんだ。時々俺達を気にしてくれたら、先生が傍で幸せそうにしてくれていたらそれだけで良いんだから。
「す、凄い蔵書量だな……。」
「……うん。こんな状況じゃなかったら読みたいぐらい。これ、全部先生の頭の中にあるのかな……?」
「いや、そもそもとしてここは一応夢の中。中身まで読めたら先生がそれだけ正確に覚えていると言う事になるんじゃないか?」
「まぁ、あの先生ならありそうだけど。」
「うん、ありそう。」
「あ、ティア!」
高く聳え立つ本棚の海を越えた先、談話スペースになっているのか幾つかの広くゆったりとしたソファと、本棚から引っ張り出してきて積み上げたと思われる本の山がある談話スペース。そこに、ルールゥ先生が言うにはグレディルア先生だと認識する人が居る。
しかし、生憎と俺達から見て取れるその人はまだ子供だ。
でも確かにグレディルア先生の面影は存在しており、まるで俺達が普段見慣れているグレディルア先生がそのまま小さくなったような、そのまま子供の姿に巻き戻ったような姿でそこに居る。
ただ、グレディルア先生に俺達の記憶はないらしい。
何ならルールゥ先生にすらも恐れを成している程で、普段あんなにも強くてかっこいい先生は何処へやら、驚きのあまり兎のようにソファのクッションを蹴り飛ばして背面に回り。興味はあるのか少しだけ此方を観察しているご様子だ。
……うわ、すっごい可愛んだが。
「わ、だ、だ、誰! な、なん、何で、何で、何でここに、人間が……!!」
「……ティア、落ち着いて。僕達はティアを傷付けたりもしないし、何かを強制したりもしないよ。ただ、僕達とお話してほしいだけなんだ。」
「お、お話……?」
「そう、お話。僕達はね、ティアの怖い物を取り除きに来ただけなんだよ。絶対に傷付けたりしない、約束するよ。」
どうやら駄目らしい。
一向に距離は縮まらず、いつも以上に気を許していない様子でずっと距離を空けられ続けるのは正直言って辛い。
だからと言ってここで距離を詰めれば逃げられるか、はたまた怖がられるかの何方かなのが分かっている所為で、余計に手を出し辛いのが本音だ。
それでも最初よりは興味を持ってくれているようで、何処からともなく現れたアルシュやリュート。そして俺達をここに送り込んでくれた≪深淵からの呼び声≫までもが現れ、彼らが俺達に警戒していない事でようやっと気を許してくれたらしい。
おずおずと近付いては今の先生にとって無害に見えたらしいセイズの傍に近寄り、セイズの方から触れてこない分には傍に居続けてくれる事に。セイズ限定で手を繋いでくれる事にしたらしい。
くっ、何でお前なんだッ……!!
「……狡い。」
「……うん、これは僕も狡いと思う。」
「ルールゥ先生もそう思うよな!? あれ、狡いよな!?」
「うん、狡い。僕の方が懐かれてるはずなのに。」
「んふふ、せ~んせ♪」
「せ、先生……? 私が先生なの……?」
「うん、僕達のせんせ。……ねぇ、せんせ。もっと楽しい事しよう? そしたら怖いの居なくなってくれるよ。」
「私が楽しいと怖いの、居なくなってくれるの?」
「うん。怖いのはね、寂しそうにしてるから近寄ってきちゃうんだ。だからさ、怖いのが居なくなれるような楽しい事、一緒にやろう? せんせ、何して遊びたい?」
「……遊び。」
「そう、遊び。」
「……駄目。私、勉強しなくちゃ駄目だから。」
……先生は昔からこうだったのか。
元から真面目な人だとは思ったが、それは昔からだったらしい。
目の前に居る先生はどうにも遊ぼうとはせず、相も変わらず懐に抱え込んだ本を大事そうに抱き込んだまま、未だにそれを手放そうとしない。
読めないんだよなぁ、そのタイトル。な、何の本なんだ……?
「勉強も大事だけど、子供は遊ぶのも仕事だから。」
「……。……じゃあ、クイズ。」
「「「「えっ。」」」」
「クイズして遊ぼ、お兄さん。そしたらお勉強も遊びも出来るよ!」
くっ、そう来たか……!!