第27話 奥底から燃え盛る焔に捲かれて
「……臆病者。卑怯者。腰抜け。未熟者。……根性なし。」
どんな言葉も俺自身の愚かさを示す事しか出来ない物ばかりで溜息ばかりが零れ落ちる。
何もかもが非常に情けなく、何もかもが恥ずかしい物なのだからこれでは陛下は勿論の事、顔を合わせられる相手など数える程も居ないだろう。
結論、俺はあそこから逃げ帰ってきた。
あまりの居心地の悪さに責務を全てジーラに投げ、自室に逃げてきた。
寝室のベッドに身を投げ、失敗してほしいとも、成功してほしいとも思えない心が迷いに迷って沈んでいる。
しかし、ここで失敗すれば彼らに待っている運命として死のみが残り、成功すれば成功したで、彼らは将来軍属される事が確実となってしまう。
しかもそれの見届け人が俺とジーラの2人なのだから、あいつらが軍部から一生離れられなくなるのは必然だ。
「……護られる側って、そのままの人生が許されるってどれだけ贅沢な事なのかをもっと早くに教えておくべきだった。」
そうすれば、彼らは望んで軍属になどなろうとしなかっただろうか。
それとも俺がもっと嫌われる努力をして、もっと残酷な軍人を演じていれば何か変わっていただろうか。
ただ単に俺は自分らしくあり続け、されども務めを果たしていただけだと言うのに、たったそれだけの事でもその結果がこれだ。
それら全てを否定するように目を閉じ、眠ろうかと思うもそうは許してくれないらしい。
「……ティア。」
「放っておいてくれ、煉掟。……今しばらくここで死んでいたい。」
「ティア、彼らは成功したようだ。契約時と同じく、何の危うさもなく成功したようだ。」
「……そう。」
聞きたくなかった。でも、聞きたかった。
となれば普段、何かと自慢してきたり、成果を見せつけてくる彼らはさぞこっちに来たい事だろう。しかしてジーラの鋭い眼光によって睨みつけられるのがオチか、はたまた牙を剥かれるのがオチだ。
その結果俺は何も出来ないままにここで転がっているだけ。
会いたいなら会いに行けば良いのに、興味があるなら顔を合わせに行けば良いのにそれを行う勇気すらもない。
出来ればこのまま嫌われてしまえば楽だと、そう分かりきっている癖に結局はそれを恐れるだけの愚か者だ。
そんな事実を受け入れる事すらも良しと出来ず、近くにある布団を抱き込んで眠りこけるだけだ。
いっその事、この事実がディアルにバレて、シャルにバレて怒られる方がマシだ。
でもそれなら自分から顔を出してくれば良いだけなのに、それすらもしないのだから本当に救えない。
何も喋りたくなくて、何も見たくなくて。けれど頭ではしっかりとそうしなければならないのを理解していて。
でも結局、俺はただの子供なんだろう。だからこそギルガ達には、陛下達にとってはいつまで経っても俺は子供なんだろう。
そっと頭を浮かせられたかと思うとそのまま煉掟の膝の上に乗せられ、膝枕されるかのような体勢のままに優しく、毛並みに逆らう事なくそっと頭を撫でられて。後頭部を撫でられて、あまりの優しさに泣いてしまいそうになる。
その資格は、俺にないと言うのに。
「……責めてくれ。」
「断る。あれは彼らの選択で、彼らの覚悟だ。……時間は掛けても良い、でも受け入れてやるべきだ。」
「……俺が彼らの将来を縛った。」
「違う。あれは彼らが望んだ物で、彼らが成し遂げた物。……確かに君が彼らに影響を及ぼし、君が関わった事で彼らは軍人としての道に光を当てただろう。でもそれはあくまで選択肢であり、選択肢に罪はなく、そして君は彼らにその道を強制した訳じゃない。……それに、自分がどれだけ嫌でも彼らの為に小僧を残してきた。それだけでも君は教師としての役目を果たしているさ。本当の無能は代わりを立てる事すらも出来んし、仮に身を実らせる事が出来なかったとしても努力すらしようとしない。……それが君との違いだ、ティア。」
「……詳しい事は俺も知らないし、知る事は今の所出来ない。でも、ルシウスはとにかくトルニアとセディルズに関しては何か重い物を、黒い物を、深い物を背負ってるのは知ってる。」
だからこそ彼らはあの時、俺の何気ない言葉で泣いてしまった。
泣かせるつもりなんてなかったのに、悲しませるつもりなんてなかったのに苦しめてしまい、傷付けてしまい、向き合わせてしまった。
でも、それでも彼らは今日まで俺に心を許してくれていた。
今はもう分からないが、一応は許されていたはずだ。許されていて、信じられていて、認められていて、関わる事を許されていたはずだ。
そんなに知りたいなら聞けば良い。でも、それが出来ないから俺は俺が嫌いだ。
「……俺の所為で、あいつらも危険な目に?また、またディアルの時のように俺が引き金になってしまうと思うか?」
「ならない。確かに彼らは弱いが、それでも今の彼らには力がある。……そう簡単にくたばりはせん。」
「……お前の保護者が関与しているからか。」
「まぁそうとも言えるだろうな。君が信じられずとも、私は彼らを信じている。君がどう望もうと、彼らはあの子らを護り、救い、寄り添うだろう。」
「……私は、間違ったか?」
「いいや、何も間違っちゃいない。君はいつだって自分にも、周りにも厳しく孤立していて、でも関わると決めれば必ず責務を果たす人だ。……当然、今回のように直接力を貸さない事はあれど、それでも物事を途絶えさせない誠実な人だ。」
あぁ、駄目だ。……全て、おべっかにしか聴こえない。
分かっている、そんな事は断じてない。
幼い頃から俺を知っている煉掟がそんな事をするはずがないと、感情論や精神論だけでなく、結果やこれまでの経験上大丈夫である事は分かっている。
なのに、なの、に。
「ティア? ティア、しっかりするんだ、ティア!」
これはきっと、何かの罰なんだろう。
散々好き勝手を重ねた結果に執行された罰であり、このまま苦しんで学べと言う事なんだろう。これまでお前がしてきた事を理解しろと、その重みを学べと、その全ての鉄槌がきっとこれなんだ。
そう思うと、不思議と気分は悪くない。
薄くなっていく呼吸も、高まっていく温度も、速くなる鼓動も、目眩と共に襲い来る吐き気も、どんどん水音のようにぼやけゆく煉掟の声も、全部俺への罰。
いつもこうだ。
痛い目に遭うまで学習出来ない大馬鹿者で、極度の人間不信故に自ら墓穴を掘り、器用にも棺桶まで作る筋金入りの救えない存在。
それこそ本当に、何処かで死んでしまった方が良いのかもしれない。
出来れば……最後は戦場で果てたい。
嫌われ者の死に場所は、誰にも望まれない場所で、怨恨と悲しみだけが生まれる寂しい場所で十分だ。
遠くで叩き付けるような声を聞きながら。数名が部屋に駆け込んできたのをぼやけた世界と共に意識の外へと溶かした。