第26話 真似てはいけない所まで真似ないでくれ
何となくではあるが、そんな予感はひしひしとしていた。
彼らの好奇心が非常に強いという点でもそうだが、何より彼らは俺が想像していた以上に、予想していた以上に俺への懐き方が異常だ。
だからこそ、遅かれ早かれこうなるのではないかと、それなりに嫌な予感はしていたのだ。
そして案の定、人生とは良い予感よりも悪い予感の方が当たる物。
そんな事はとうの昔から分かりきっており、今更そんな事に対して驚く事も、絶望する事も、焦る事もないのだがこれは正直言って、本当に気が滅入る。
……ったく。
「……お前ら、本当に言葉の意味が分かった上で言っているんだろうな、それは。」
「はいっ!」
「い、色々調べたんですけど……僕達の意思で、そうしたいなって。」
「ちゃんと覚悟は出来てるし、その内容も調べた上での発言だからな、先生。」
はぁ……。
「……なら答え合わせだ。とりあえず言ってみろ、魂結とは何の事だ?」
「一言で言えば契約者と契約獣がそれぞれ保有する魂を繋ぐ、契約者と契約獣の中にある特別な契約である誓約の一種。成功率は非常に低い上、何方かと言うとリスクの方が高い物の、それでもそれ相応の見返りを得られる事もある。」
「但し、それがデメリットとされる殆どの理由は元より長命な非人間族が彼らと魂結し、強制的に契約者の寿命が延びてしまう事から苦しむ時間が長くなる。生きなければ永くなるなどの最終的に、生涯に対して絶対的かつ絶望的な未来を患ってしまう事が多いから。」
「勿論、読んで字の如く魂を繋いでいるから契約獣の傷は契約者の傷。契約者の怪我は契約獣の怪我になります。お互いにとって良きも悪きも全部が共有され、何方かと言うと優れている方が優先されるから契約獣の寿命の方が長ければ契約者の寿命も長くなり、契約者の寿命の方が長ければ契約獣の寿命の方が長くなります。もし仮に契約者が何らかの病を患っていたとしても契約獣の方に引っ張られ、難病や不治の病と言われていた物が完治する事はあるけど、当然契約者と契約獣間の信頼度合いによって左右される為、その殆どは成功しないままに拒絶反応が死ぬ事もあります。」
やっぱり調べてきてやがる……。
「……それではまだ情報が浅いな。再度調べて」
「もし、もしも契約獣が体内で猛毒を作るような体質になれば契約者もそれに引っ張られ、そして本来は食事の要らない契約獣も契約者に引っ張られて食事が必要になる為、必然的に契約者が契約獣の分も食べるか。はたまた、契約獣が契約者の為に捕食しなければ生きていけない体になる。片方が死ねば勿論もう片方も死に、一度結んでしまえばそれが契約者と契約獣を分かつのは死だけ。……いや、物によっては死すらも彼らを分かつ事は出来ない。」
「……。……失敗した場合の死に方は。」
「「「時に腐敗し、時に血液化し、死に方は様々ですが必ず死に至る。」」」
……うーわ、マジで全部調べた上で言ってやがる。
「あはっ、彼ら結構グロ耐性あるね。あれなら戦場に連れて行ってもあっさりしてそう。」
「……いや、本物の死体と戦場を見てないと言うか、経験していないからこそ出てくる言葉だろう、あれは。」
「と言うと?」
「慣れてないか、後はまぁ生理的な嫌悪からまともな人間には悪臭と呼べうるであろう血と硝煙の匂いや火薬、死体の腐敗臭を知らんからって事だ。どうせ連れていったら胃の中を空にするのに忙しくてまともに動けんさ。」
「あ〜出た出た、経験するまでは大口を叩いてるタイプか。うん、確かに居る居る、そういう腰抜け。って言うか、まぬけ?」
「身の程知らずだよ、ただの。戦場を知らん癖に知った口で語る奴と一緒だ。」
「毎年多いもんね〜そこを認識間違えて、五体満足で退役しちゃう人。……ちゃんと学んでから来いっての。僕達の無駄な時間と金を返してほしいよ、全く。」
「全文に対し、深く同意する。」
「……遠回しに馬鹿にしてないか、先生。」
「残念、僕は呆れてる。」
「惜しいな、遠回しじゃなくて真正面から見下してる。」
「更に酷い!!」
「そんな酷い事言わんでぇさぁ〜先生〜!」
「うぐっ、容赦ない……。」
「……大体、何を酔っているのか知らんがそこまで危険性が分かっていて何故お前達はそれでも手を伸ばそうとするんだ。忘れたのか、俺達は確かに軍人だがお前達は国民なんだぞ?」
貴族であれど、平民であれど、それでも国民と言う括りである事に違いはない。
そんな彼らが好き好んで戦場へ出る必要などなく、そんな世界はない方が良いに決まっている。
だと言うのに子供達は戦場に妙な憧れの類を持っているのか、それとも軍人と言う職業に憧れを持っているのかどうか、最も重要なその点に関して正確な情報がないのはあまり好ましくないが、それでもその思想が健全な物でない事は確かだ。
そもそも、世界が本当に平和なら。差別なんてなければ。犯罪なんてなければ。虐殺なんてなければ。略奪なんてなければ軍隊は必要ない。
それでも軍隊と言う言葉その物が死語にならないうちは世界に平和なんて物は存在しないし、する事が出来ない。
なのに、人々は平穏ではなく平和を望む。
辞書で引けば平和と言う言葉は戦争や暴力で社会が乱れていない状態の事、平穏と言う言葉は変わった事は何も起こらず穏やかな様とある。
だと言うのに何故、人は平和を祈るのだろうか。
自分達で切り開く訳でもなく、誰かに切り開いてもらっている癖にな。
戦争がなければ戦争を行う手段である軍隊は必要ない。
でも、それが出来る程に世界が安全ではないから防衛の為の軍隊が存在しており、それは “断じて無条件で相手を信じる気は毛頭ありません” と言う、何よりの意思表明。
そんな事も知らずに平和主義や平等主義を謳いながらも無意識に、悪意の欠片もなしに死体を積み上げていく綺麗事主義ならぬ、虐殺主義の彼らには決して理解を得られない言葉だろう。
まぁそれも、自分が今営めている生活がどれほどの犠牲の上に成り立ち、どれほどの他人の努力によって支えられているのかを知らない薄情者共の戯言だがな。
理解しようとしない者に理解を促しても時間の無駄でしかない。
そもそもとして戦争の反対は平和ではなく対話だと言われる程だと言うのに、それすらも知らない平和惚け共は非常に多い。
しかし、我々軍人としては対話する事の出来ない対象は全て獣だ。
害獣を駆除する行為を戦争と呼ばれるのはかなり気持ちが悪く、ただの清掃だ。
人間が穀物を護る為に害獣を駆除したり、害虫を殺したり、場合によっては巣穴を潰す事と何ら変わらない。
その見た目がただ、鼠から人間に近い形になっただけ。
結局、どれだけ知的生命体だと言われようとも実際にそう呼ぶに相応しい知能を持っていなければ結局は獣に過ぎない。
だからこそ人間は同じ哺乳類であり、特徴のよく似ている猿を多少知能があっても家畜程度にしか思っていないのだから、文明を持っていなければそれは人間ではなく、規律にある程度従えないのならそれも人間ではなくなるだけの話。
まぁ、割り切れない臆病者の方が多いが。
そんな残酷な世界に自ら首を突っ込む必要もないのに、やたらと突っ込みたがる彼らの考えは全く以て理解に苦しむ。
折角平和惚けが許されているのだから平和惚けすれば良いのに、そしてそのまま何も知らない癖に好き勝手言って我々を困らせていれば良いのに、今更妙な知識を得て中途半端に慰めてこられても迷惑な話だ。
所詮、他を見下す事しか出来ん生き物に同情されても、憐れまれてもその全てが不快なだけだ。
少なくともお前らみたいに手網を無意識に握られている側の癖に人を見下す事しか出来ん奴に人権すらも嗜好品だと言うのに。
「今の俺は1教師だ、お前達を軍人として扱う事は法律上禁じられている。……少し頭を冷やすか、冷静になったらどうだ。何故お前達はそうも死にたがる。」
「死ぬと決まった訳じゃない。」
「ふん、青二才が。それでもし失敗し、お前が死んだらどうする。俺は軍人でもないのにお前の両親にどう言った理由で死に、どう言った理由でお前を見殺しにしたのかを手紙に書いて送らねばならんのに随分臭い台詞を吐きやがる。」
「……それでも。それでも俺は、俺達は全てを背負ってみたいんだ。」
「ほら出た。“みたい” だ、“みたい”。そういう事を言う奴は本当に失敗した時の事を考えておらず、後に大失態をやらかす。」
「……先生の言いたい事は分かってる。それでも俺は、俺達は全てを背負ってみたいんだ。世界を見てみたい。そしていつかは、全てを変えたいんだ。……その為に必要な事、その為に得られる物は全て手に入れる。これはその為の1歩なんだ、先生。……頼む、挑戦するだけ挑戦させてくれないか。」
「……失敗した場合の惨劇を知っている癖に “挑戦するだけ挑戦させてくれ” とは随分とお前の言動が先の言動と矛盾している事に気付けていないようだなぁ、お前は。失敗した先にあるのは死、ただ1つだ。まだ若い癖に命を散らそうとするのは感心せん。」
「……お願いします、先生。どうせ、どうせ……俺らにはなくす物よりもなくした物の方が多いですから。ここで果てるって事は結局、それまでの存在だったって事なんだと思います。」
「ぼ、僕もルシウスとトルニアに同意します、せんせ。……特に、僕とトルニアにはせんせが思ってるような、明るい未来なんて元よりありませんから。」
ルシウスはともかく、何となくそんな面影が見えるトルニアとセディルズに関してはそれを否定する事が出来ない。
彼らは本当にそこまで脅かされる程に苦しめられ、何らかの理由でルシウスの家に、家庭に匿われているであろう事は予測している。
しかし、それだけの事が分かっていても当然彼らにも人権がしっかりとある関係から緊急性を伴う必要性が発生するまでは此方から情報を開示する事も法律で禁じられており、此方が今出来る事と言うのは話してもらうように頼むのが限界だ。
ここで俺がどれだけ概要を理解したがったとしても、当人達が同意してくれないうちは法律上、何かを行使する事は出来ない。
正直、気は乗らない。
むしろ、何としてでも力づくで止めてしまいたいぐらいだ。
だと言うのに目の前の彼らの目にはしっかりと意思が宿り、傍に居るジーラもそれを止めようとはしない。
これで彼らが失敗したら、俺はどんな顔をするのだろうか。
……ほんと。そんな事を考えてしまう自分が嫌で仕方ない。
どうでも良いはずだ。
多少話が通じるだけで、これまでよりは多少仲が良いだけのガキ。
もしこれが本当にこいつらを殺さなければならないような状況であれば躊躇しない癖に、そういう訳ではない時に限って心がそれを拒絶する。そんな想いはしたくないと、絶対に後悔するから辞めておけと。
でも、それでも試してみたいと言う自分も居てその葛藤が酷く鬱陶しい。
さっさと決めてしまえば良いと言うのに、やらなくて後悔するよりも失敗して後悔する方がまだ良いと言うのに、それが人命になった途端に甘ったれるのだから何とも呆れてしまう。
「ジーラ。」
「君の好きにして良いよ、グレイブ先生。少なくとも彼らは君に惹かれて、君を信じて、君に委ねてるんだ。それに対して僕は何か口出しするつもりはないし、仮に失敗したとしても僕は君を責めない。二度と城下に関わらないって言うならそれを尊重するし、その為の支援は幾らでもしてあげる。……忘れちゃ駄目だよ、グレイブ先生。僕達はいつだって、グレイブ生の味方だし、君がいつでも僕達に依存して良いんだよ。」
「……。……お前ら、遺書の類の準備は。」
「そんな物は要らん、必ず成功させる。」
「……。」
「君のご自由に。我らが姫君の御心のまま、求めるがままに。」
……。
「……ジーラ、俺はその最悪のシナリオがあるかもしれない展開を見届けたいとは思えない。」
「なら、許さない?」
「……ジーラ、俺はそれでも彼らから強制して断ろうとは思えない。」
「じゃあ、許しちゃう?」
「……頼みがある、ジーラ。」
「うん、良いよ。なぁに?」
「俺の代わりに見届けてくれ、ジーラ。……俺は部屋に戻る。」
「うん、分かった。じゃあ皆、ここからは僕が引き継ぐよ。僕はグレイブ先生程スパルタじゃないけど、優しくはないから覚悟してね?……それだけ君達は危険な事をしようとしてるって、しっかり自覚してもらわなきゃ。」