第24話 誰も知らないはずなのに
最早3度目となる召喚魔法の行使。
向こうもこれだけ呼び出されれば何が起きているのかを仲間間で共有して良い頃合いだ、そういう意味でもそろそろ本当にやばい奴が現れてもおかしくない。
それは直ぐ傍に居るジーラも感じ取っているようで、丁度威厳のあるルシウスのお辞儀とも。模範に出来そうなトルニアのお辞儀とも違い、何処か優雅さを感じさせるふんわりとしたお辞儀を行っているセディルズにルシウス達が魅入って注意が逸れている事を利用し、そっと仕込み武器の類を直ぐに揮えるよう待機しているのが確認出来る。
此方としても今は教員としての身でここに居る訳だが、有事の際には当然軍人として国家を護る事。国民を護る事を優先しなければならない義務は何があろうと撤回される事はない。
……さぁ、何が来る。
何の変哲もなく、何の予兆もなく。
さも当然と言わんばかりにゴブレットから炎が発生するかのように発現したそれは、予想通りの大物だった。
先程トルニアが召喚し、見事契約してみせた4対の翼が可愛く見えてしまうような、8対の白骨化した翼を保有するその体躯。翼だけでなく全身が白骨化した、元はドラゴンと思われるそれは頭蓋骨の中にぽつん、とふらふら、ゆらゆらと亡霊のように左右にゆったりと反復する蒼い、目玉の役割をしていると思われる鬼火を携えた、影が生き物の形を成したかのような黒さを誇る、巨大なスケルトンドラゴンが現れる。
正直言って、本当に洒落になっていない。
先程の終命の軌嶺や盲罪の執行者など、比にもならない程に文献がなく、そして何よりそれが現れた頃には必ずや死傷者ならぬ死亡者が出るとされている、殆ど神話級と言っても過言でない存在。
そんな物がもし、此方側に来る為だけにセディルズを利用する目的で顔を出したのだとすれば。久しぶりに暴れたいと思いつつ、しかして目的を悟られないように今だけは大人しくしているのだとしたら。
その被害を正確に推測する事も、そもそもとしてここで俺達が食い止められるかも分からない。
じわり、と嫌な冷汗が背筋を撫でるのを感じる。
此方が妙な動きをすれば彼方も当然動かざるを得ないだろうし、そもそもとしてこの緊張をあいつが敵意や害意だと認識すればそれまでだ。
そんな俺の恐怖を感じ取ったのか、それとも偶然か。
セディルズが次の言葉を開く前にその鬼火の位置が此方を見るようにと傾き、しっかりと目が合ってしまうと共に全身に電撃が走るのを感じる。
最早これが、本当に攻撃なのかどうかも分からない。
やばい、殺される。眠らされて、起きれなくなって
【安心してくれ。……今の私に敵意も、害意もない。私はもう既に永い間独りだったんだ、その孤独で。空虚で。虚無な時間をただひたすらに過ごすくらいなのであれば此方の方から差し出させる物を喜んで差し出すぐらいに孤独から脱却したく思っている。……貴公はこの小僧共の師だろう。ならば私はこの小僧だけでなく、貴公にも誓ってこの幼き魂を護り、時には護る為に果てる事を宣言し、約束しよう。……私はもう十分過ぎる程に生きたと言うのに、それでもまだ生きねばならん。ならば少しでも友好的な命の使い方をするべきだと常々思っていたのだ。重ねて貴公の陰に潜む煉掟と全ての同胞達に誓ってその流れを乱さぬ事を誓おう。】
「おい、≪其れは永久の安らぎだった≫。……何故。何故お前は煉掟の事を知っている。」
俺が契約している契約獣はかなり特殊な類だ。
そういう意味では今回ルシウス達がこうもやばい奴と契約し続けているのはそんな俺が作ったゴブレットを使ったから、と言うのも多少なりに理由として挙げられるだろうが、それにしてもこれはあまりにも異常過ぎる。
そもそも俺が契約獣を保有している事はともかく、その中でも特にトリッキーな存在を言い当てて。更には「俺の契約獣は1体ではない」事まで言い当てた。
その存在ですら、知られていない程だと言うのに。
こいつは、一体何なんだ……?
【……すまない、言ってはならぬ事だったか?】
「いいや、続けてくれ。そして俺の質問に答えてくれ。……お前は何故煉掟の名を知っている。何故俺の契約獣が煉掟だと言い当て、更には他にも契約している存在が居ると言い当てた。何処からその情報を得た。」
「……ティア。」
「止めてくれるな、ジーラ。……お前も分かってるだろ、これは洩れてはならない情報であり、洩れるはずのない情報であるはずだ。なのにこいつはそれを知っている、ならば何としてでも情報源を絶たなければならない。……さぁ答えろ。何故、煉掟を知っている。」
こうなればやる事は決まっている。
折角魔法師としての第一歩を踏み出そうとしたセディルズには悪いが、こうも危険な不穏分子を放っておく事は断じてならない。
国家の為、国民の為、何より陛下の為に危険な芽は摘める時に摘んでおかなければならない。
半ば強引にセディルズを下がらせるように前へと踊り出し、いつでも魔法を行使出来るよう魔力を掌に集中させ続けながらもその眼前へと対峙する。
ここで仮に俺が果てる事になろうとも、それでもこいつだけは何としても色々と問い質さなければならない。
目撃者はこいつらだけ。
生きていてさえくれればそれで良い、後は記憶を消し、怪我を感知させていつも通りの生活に戻せば良い。
そうすればこいつらの事は護れる、こんな事は俺だけが。俺達だけが憶えていればそれで良いんだ。
【私は煉掟の古い友人だ。それこそ幾ら言葉を並べようとも足りぬ程、本当に古過ぎる程の旧友だ。……否、友人と言う定義は少し語弊を生む。そうだな、正確には煉掟の誕生に関わった存在だ。それ故に煉掟のみには限る物の、それでも自身が作り出した存在と契約している相手ぐらいは見分ける事が出来る。……どうやら貴公は煉掟を呼び出したのではなく、一方的に煉掟に魅入られたようだな。煉掟が貴公に惚れ込み、煉掟が貴公を愛した。ならばそんな煉掟を受け入れた貴公の言葉は我々にとって煉掟の言葉と同義、時に貴公の言葉は煉掟の言葉よりもその重さを増す事だろう。……私が貴公の言葉を盲目的に信じる理由としては十分過ぎる程の物だ。】
【む、煉掟だと? 今、煉掟と言ったか?】
「言ったね。私も、しかと聞いた。……そこの魔導に最も近い者。君は……煉掟の契約者なのかい? 生憎、私達は彼程契約の絆をはっきりと見る事が出来なくてね。可能であれば是非ともお答え願いたい。」
「……一応、向こうから魂結も強請られて完遂した身だ。」
「魂結まで。……へぇ、あの子が魂結を強請るとは。随分成長したものだ。」
あいつを、あの子呼ばわりだと……?
【……へぇ。あいつが、ねぇ。なぁんか懐かしい匂いがするとは思ったが、まさかこの世界にではなく、目の前に……か。それにしてはあまりにも匂いが薄いが、それもこれもあいつの策略に因る物か? ……まぁ良い。ならば貴様は煉掟卿と呼んだ方が良いのかもしれんな。】
「れ、煉掟卿……?」
「ふむ、そうだね。では私もそう呼ぶ事にしよう。時に、煉掟卿。何度も質問を重ねて申し訳ないが……最後にあの子を、煉掟を呼んだのはいつだろうか。」
「……少なくとも10年以上は呼び出していない。」
【【「10年も?」】】
【うぅ~ん……。あいつ、流石にそれは拗ねてるんじゃないか? 懐に入れられた場合はそっぽを向くだろうが、懐に入れたのであれば溺愛するはずだ。】
「私もその推論を支持するよ。あの子、結構寂しがり屋の節もあれば、かなりの独占欲を持っていたりもするからね。煉掟卿、近いうちにあの子を呼んであげて。」
「わ、分かった……。」
「それと、もう1つ。さっきまでの態度を全て心より謝罪し、全て改める事をここに宣言するよ、煉掟卿。≪其れは永久の安らぎだった≫の言う通り、煉掟卿の言葉は煉掟の言葉よりもずっとずっと、計り知れない程に重たい物だ。私も煉掟卿の言葉には何があろうと逆らわない事を今、この時を以て誓う。」
【我もだ。他の奴なのであればこのような事はせんが、相手が煉掟卿ならばそれは天命だ。我々にとって、煉掟卿程愛おしい存在など存在するはずもない。】
全く以て、非常に理解に苦しむ事ばかりだ。
まさかの殆ど未知数と言っても過言でない存在を呼び出したかと思えばそれに俺の契約獣を見破られ、更にはそのまま他の契約獣ですらもそれに理解を示し、俺を煉掟卿などと言う一度も聞いた覚えも、見た覚えもない言葉で敬うかのような仕草へと変わった。
極めつけは、この酷い頭痛だ。
まるで内側から何かを訴えるように、何かを叫ぶようにじわじわとその範囲と強さを増していくそれは酷く耐え難い。
……けい、やくを。やるこ、と。やら、なければならない事……を、はた、さなければ。
そう心では思うも足に力が入らない。
ずきずきと主張を続ける頭痛は未だ収まる事も、落ち着く事も、和らぐ事すらも知らないままに牙を剥き、やがては何かに吸い上げられたかのように力が揺らぎ、
蒼い灯を視た。
言うならばそれは、静かな湖の真ん中にぽつりと浮かぶ美しい満月のようで。
意識が朦朧としている影響か、見えるはずのない月面が見えてしまいそうなその灯は此方の意識が沈めば沈む程に大きくなり、それに伴って苦痛が全て日光に温められて溶けていく白雪のように消えていく。
そう、か。……これが、≪其れは永久の安らぎだった≫の能力か。
「せ、せんせ!!」
「ッ、終命の軌嶺、お前まで何を……!!」
「盲罪の執行者、今直ぐ先生を≪其れは永久の安らぎだった≫から離して!!」
【何を言う、若き主人。本当に煉掟卿を大切に思うのであればこのまま負荷を掛けるのではなく、一度休ませて楽にしてやる方が良いに決まっているだろう。】
「ご安心を、若き主。≪其れは永久の安らぎだった≫は煉掟卿に危害を加えようとしている訳でも、永眠させようとしている訳でもない。……ただ苦痛を軽減する為にも、緊張を続けようとする神経を解そうとしているだけの事。」
【そうだ、それで良い。……そのまま力を抜いて、数時間程休むと良い。その為の切符は此方で用意しよう。】
崩れた体は終命の軌嶺にもたれるようにして支え、万が一にでも俺が体を起こさないようにと肩に手が添えられているのが分かる。
それでも目の前の月は大きくなり続け、どんどん俺から力を吸い上げていく事も。
それはまるで穏やかに川を流れていく落ち葉のように。深海へと沈んでいくように、静かで何処か温かい闇の中へと正体なくずり落ちていった。