第23話 嘘偽りに救いはない
「次、トルニア。丁度そんじゃそこらの教科書よりもずっと良い手本が見れたんだ、同じようにやれば失敗する事はない。」
「……照れる。」
「たまには褒めてやらんとな。ほれ、トルニア。」
「……良し。やりますよ、先生。」
「あぁ、健闘を祈る。」
今思えばこいつらは3人揃って1年生の癖に全学年でかなりの高ランクを保つ生徒達だ。
その中でも全体的によく目立つタイプであるルシウスがこれなのだから、もしかすると更にやばい奴が出てくる可能性は大いにある。
とはいえ、元より業の生き物である人間の才能に関してはその原理が非常に面白い。
本当に神様とやらを信じているか否かも一切考慮せず、ただがむしゃらに「神は二物を与えず」と言う言葉を信じる様は実に滑稽だ。
そんな有象無象を信じて救いを乞うぐらいなら努力すれば良いのに。
ただ、目の前の者達は違う。
口先だけの臆病者とは違ってしかと努力を行う彼らは幼いながらに前を向く。
ルシウスよりも少々高く、広い背中を真っ直ぐに伸ばしてゴブレットの有効範囲に入ったトルニアはルシウスのような優雅なお辞儀とは異なり、礼儀正しい。又は、生真面目と言った印象が最も正しく当て嵌まるであろうお辞儀を済ます。
昔何処かで聞いたのか、それとも陛下達が教えてくれたのか、はたまた王城にある本を勝手に読んで知識として身に着いたのか。それのどれに該当するのかも分からないままに何処かで学んだ話、人の性格は礼儀に出ると言う。
常日頃より杜撰な物は全てが杜撰となり、面倒臭がりな物は面倒臭がるまま一生を終える。
それが変わる事は人間と言う短命な種族には非常に少なく、その前例はほぼないと言っても過言ではない。
礼儀は親から譲り受ける物ではなく、個人の努力によって生まれる物。……どれだけ小さい事だとしても、たったそれだけで未来が変わる事だってあるのだから。
例に倣い、再度魔法陣の描かれた召喚魔法の契約書がゴブレットに晒される。
その礼儀を受け取ったゴブレットは先程と同じようにその小さな手の中から契約書を受け取り、再び妙な反応を示す。
ふつ、ふつと数個の小さな灯を幾つも吐き出したゴブレットはトルニアの周囲を少し待った後に集まり合わって大きな炎となり、右回りで渦を描いたかと思うとその炎は段々体積を縮め、完全に消え失せそうなその一瞬で大気に溶けるよう、形なく放散した時空の亀裂からその異形な姿が露わとなる。
右翼は漆黒の暗闇を閉じ込めたような、他の追従を許さぬ黒。左翼は大地を染め上げる積雪のように穢れなき白の、計4対の翼。目には赤い魔法陣の描かれた黒い目隠しが施されており、左手には赤が貴重となった聖書のような古書を。右手には死神が持っていそうな黒い大鎌を持っている盲目と思われる堕天使の類が顔を出す。
……あぁ、やっぱり。
「……気配が。魔力がまだまだ若い。しかし、子供とは思えない程に真っ直ぐと真の通った魔力。君が……私を呼び出したのか。」
「はい。突然の呼び出しに応じてくださり、誠にありがとうございます。改めまして、初めまして。今回は貴方様にお願いがあって、是非ともお話がしたくて応答願いました。」
「……そう。君は私に、何を望む?」
「俺と契約してくださいませんか、堕天使様。俺が死ぬまでで良いんです。俺の血統を代々守り続けるように願う事も、永久に従属し続けるような事も望みませんし、致しません。ただ、俺の生命活動が完全停止するその時まで俺と共に歩んでいただきたいんです。あなた方召喚獣にとって、俺のような人間の寿命なんてあっけない程に短い物でしょう?」
「……君は、他を殺した事はあるか。」
「いえ、ありません。」
「これから殺す予定は?」
「今の所はありません。……しかし、そうしなければ誰かを救えないと言うのであれば。そうしなければ道が開けないと言うのであれば殺すやもしれません。」
「……まだ若いのに、随分と物騒な事を言い出すんだね、君は。」
「未来は分かりませんから。俺が望もうと、望むまいと、やらなければならない時はやらなければなりません。それが俺の私情なのか、私怨なのか、何かを護る為なのか。それすらも分かりませんが、選べるのであれば何かを護る為に殺しましょう。何かを救う為に殺しましょう。それに、これは分かり切った事やもしれませんが命を奪う事、その物は珍しくも何でもないですよ、人間にとっては。……人間は他の命を奪い、殺し、食べて自分の物にしますから。」
「それに関しては私も同意する。人間に限らず全ての生き物が他の命を殺め、食し、消化し、己の一部とする事で命を繋ぐ。」
「護る事も、また然り。……そうは思われませんか?」
「……すまない、君を試した。非礼を心の底から詫びよう、若き主。」
「……いえ、俺もちょっと意地を張りました。すみません。」
「私は盲罪の執行者。戒律と粛清を司る堕天使だ。……若き主よ、名を伺っても?」
「トルカ・シュエル=ケリューカです。改めまして、俺の命が尽きるその時までどうか宜しくお願い致します。」
「えぇ。此方こそ宜しくお願いします、若き主よ。」
類は友を呼ぶとはこの事だろう。
ルシウスが呼び出し、無事に契約を終えた終命の軌嶺とは異なり、此方は厳格な類。本来であれば終命の軌嶺と殺し合っても一切何もおかしい事はなく、何1つとして違和感すらもない間柄だ。
それでも今の彼らは契約に縛られ、少なくとも場の空気を読んである程度は理解しているはずだ。
それが例え、向こう側の世界で会おうものなら殺し合うのが普通である関係だとしても。
そんな事も梅雨知らず、無知とは何たる恐ろしい事かを無意識に体現し続けてくれているトルニアの表情の明るさは何とも言い難い。
正直言って、眩し過ぎて目が潰されそうな勢いだ。
「先生、先生! おれ、俺やり切りましたよ!」
「ほんっと何なんだお前らは……。」
片や性格的にやばい奴だし、片や能力的にやばい奴持ってきやがって……。どいつもこいつも厄介なガキ共だよ、全く。
だがしかし、忘れてはならない。
問題児は後1人居る上、ここまで流れがしっかりしていると最後の鳳となったセディルズに一番の爆弾が来る可能性の方が非常に高く、フラグと言う物は実に恐ろしいのだから。
「……セディルズ。」
「せんせ、何か呆れてる?」
「当たり前だろ……。ただでさえ色々と伝説並みの伝承やら記録が残ってるんだぞ、こいつらは。そんな奴らを当たり前のように出されれば呆れるに決まってるだろうが……。」
「優秀だろ? ふふん、先生の生徒なんだから当然だがな!」
「そうそう、先生が良いから生徒も良いんだって。」
「お前達の授業を持って未だ一週間もしてないはずである上に、何かをまともに教えた記憶がないんだが何を過大評価してるんだろうな、こいつらは。……まぁ良い、とりあえず次はお前の番だ、セディルズ。今出せる全力を出してこい。」
「うん、僕もせんせのド肝抜きたい。」
「その時はこの国が亡ぶ時だな。」
「じゃあやっぱり良い。」
「あぁ、そう思い続けてくれ。」