第22話 覚悟は未来を切り開く
「……そろそろ行くか。」
段々と日差しがきつくなり始めたこの頃。
それでも若干バテ始めている俺とは違い、相も変わらず元気な様子のあの小僧共はいつも通り俺よりも先に運動場に来ては駆け回っているようで、どうにも愉快で笑ってしまう。
とはいえ今日は何か気に入らない事でもあったのか、それとも問題があったのか。喧嘩と言う程ではないが意見交換の類をしているようで、かなり白熱しているらしい。
ただ面倒なのは全員が肯定しているようなのでこの後俺がその話題に引き摺り込まれる事は最早決定事項だろう。
ったく、何々だ今度は……。
「元気だねぇ。」
「めんどくさそうじゃん……。」
「そんな事言ってティア、最近のティアは結構楽しそうだよ?」
「……まぁ、楽しんではいる。戦場の殺伐とした空気も良いが、たまにはこんなゆったりした平和も良い。」
「どっちが好き?」
……。
「……戦場。」
「じゃあやっぱりティアもそういう人だね。」
「そうだな。……あぁ、そうだ。」
俺はあいつらみたいに善人じゃない。
「あ、先生! 先生、聞いてくれ!!」
「先生聞いてぇやぁ!!」
「あ”ー何だ何だ、今度はどうした。」
「グレイブ先生以外の授業がつまんないんだ!!」
あぁそう、なんて軽く済ませてしまえればどれだけ良かったか。
実際問題俺は一度も学校になんて通った事はなく、陛下達から教えられる事や王城にある書籍の類を読み漁り、実力だけで物事を吸収し、成長してきた身分だ。
こいつらには俺がどう見えているのか分からないが、それでも俺は貴族でもなければそもそもとして生まれもこの国ではない事ですらも、きっと予想だにしていないのだろう。
ただ、だからこそ学校に行けていると言う事がどれだけの贅沢であるのかを個人的には自覚してほしいと、ただただ強くそう思う。
それがどれだけ贅沢な事なのかとか、そんな物を説いた所でそれが当たり前となっている彼らにはその価値や重みが分かる事はそうないだろう。
過去の話を色々とすれば多少は変わるんだろうが、今のこいつらにはまだまだ早いだろうな。
「……それはちゃんと受けた方が良いと思うが。」
「うん、大事だよ?」
「えぇ~そんな事言わんでぇさぁ……!」
「そうだぞ、ちょっとは味方してくれても良いだろ!」
「……。……せんせ?」
「……何だ?」
「……せんせ、怒ってる?」
「いいや? ……単に、当たり前がある人にとってはとてつもない程の贅沢だったりするのに慣れとは恐ろしいもんだなと思っただけだ。」
「「「……。」」」
「……先生。先生にとって授業って当たり前じゃないんですか?」
「あぁ、全く。ただまぁ面白くない授業と言うのは世界中に山程あるだろうが、それと同時に面白い授業も山程ある。……世の中楽しい事ばかりではないと、社会の箱庭の名に足る学園で社会の基盤を学べと言う事なんだから。」
「……でもつまんない物はつまんない。」
「……なら、俺の授業の予習タイムだとでも思えば良いんじゃないか。」
「「「予習タイム?」」」
学がある事とない事の意味の重さ。
それがどれだけ大切な物なのか、お前達はもう少し学ぶべきだ。
「勿論、やる事はやってからな。他の授業の課題もさっさと終わらせて、更に他の授業の勉強をしたりとか。かなり器用ではあるが今現在行われている授業内容をしっかりと行いつつ、他の授業内容も並行して行うとかな。何でもかんでも俺の授業で培った物を応用しろ。幾らつまらなくともやらなければならない戦争は幾らでもあるように、つまらなくともやらなければならない物は何としてもやらねばならん。なら、自分でそれをもっと有効活用しろ。自分でそれをもっと楽しくしろ。やる前から諦めるのは嫌だし、投げ出すのはもっと嫌だし、だからと言って嫌な事は嫌だからやりたくないんだろう? なら、仕方ねぇからやってやるよぐらいで居ろ。別に、学校上だけでの関係なんだからプライベートや人格にまで干渉する権利はないし、干渉されたら裁判でも起こしてぶん殴っても文句言う権利すらもないんだから。学校で授業をするのが効率が良い、ってだけで勉強自体は家でも出来るんだから教師なんてただの飾りでしかねぇよ。特に、教科書読んでるだけじゃないかって思えるくらいにやる気のない教師はな。」
「……。」
「……何だ、ジーラ。」
「ううん、な~んにも。」
「先生! 先生も子供の頃、教師嫌いだったんですか?」
「あぁ、かなり。かなり大嫌いだった。……でも今は見ての通りだ。」
「み、見ての通り?」
「ど、どういう事だ……?」
「……もしかして、ルールゥ先生って。」
「うん、僕はグレイブ先生の先生だったよ。」
「「「えっ!!?」」」
「前に会ったイルグもな。……生憎と俺は学校なんて物には行かなかったし、行けなかったからな。まぁでも俺はそれでも良かったと思ってるし、それに対して不満はない。現にお前達は授業がつまらんやらどうやらと言っているし、所詮は卒業したら会わない相手なんだから人を雑に扱う事もここで学ぶんだ。……だからこそ俺は学校なんて行かず、陛下やギルガ達に育ててもらった事や色々と学ばせてもらった事も不平もなければ不安も文句もないさ。……まぁ、強いて言うなら怖かったぐらいか? 子供に人殺しの目で授業をしようとするなぐらいか。」
「も~悪かったってば~。」
「……え、ルールゥ先生って幾つなん?」
「な~いしょ。」
「いやでも、聞いている限りだとグレイブ先生よりも年上……って事、だよな?」
「まぁでも僕はそもそも君達と違って人間じゃないから。……ふふ。まぁでも人を年齢で判断しようとする辺り、実に人間らしいって思うけどね。」
「先生達は年齢を気にしないのか?」
「「しない。」」
「年齢なんてただの記号だからな。名前と一緒だ、呼び易いように定められただけの識別コードでしかない。人間はやたらと男女やら年齢やらに拘るが、非人間族の間では元から両性の奴も居れば無性の奴も居るし、好きになった相手の性別に合わせて性転換する奴も居る。見た目の話だってそうだ、相手を油断させる為に子供や老婆の類に化ける奴も居るし、女性に化けて通りがかった奴をその牙やら爪で切り刻んで噛み砕き、腹の中に収めるような残虐的な奴だって多い。……そんな中で見た目やら性別やら年齢やらと言ったなぁんの価値もない物で判断しようとするのはお前達人間だけだ。」
「……? 先生は人間じゃないんですか?」
「さぁ、どうだろうな。自由に妄想して良いぞ。……まぁでもしかし、今でこそそうは思わんが、昔はかなりギルガ達の事を嫌っていたな。陛下は日常的に外交やら何やらをする影響からそういう所はしっかりと配慮してくれていたんだが、ギルガ達は全くだからな。あんまりにも怖い上に厳しいから優しさの欠片もなく、それでも暴力はしてこないのが分かってたから枕やらボールやらを容赦なくぶん投げてたな。」
「せ、先生でもそんな事あるんだ……。」
「初めて魔法をちゃんと教えた時には火球投げられちゃったけどね。」
「……難なく相殺しやがった癖に。」
「子供の魔法すらも抑えられない軍人なんて存在してても邪魔なだけでしょ。何の価値もないんだから死んだ方が良いよ。」
「本職は言う事が違う。」
「グレイブ先生も本職なのに?」
「……うるさい。」
こいつらに暴力を揮われた事も、恐喝された事もなければ怒鳴られた事もない。
ただ無言の圧が強いだけの彼らはいつだって俺の話を聞いてくれたし、口では厳しい事を言いながらも結局は優しいのが彼らだったりする。
とはいえ、元々俺の警戒心が高い事も相まって彼らしか俺に授業をする事が出来なかった、と言うのが最も正しい話だったりする。
聞いているのかもいないのかも分からないぐらいに反応を返さない俺に対し、元々陛下に仕える学者達も手を焼き、結果比較的懐いている隠密機動のメンバー達が選ばれた。
まぁ、教え方は良いが場の雰囲気が怖過ぎて逆に彼らの事を嫌いになる速度が促進しただけにはなったが。
それでも色んな事を学べたのは事実だ。
妙な縛りもなく、そもそもとして彼らも彼らで忙しいのだから授業の頻度も少ないので比較的自習や課題の類が多く、その殆どが何のヒントもないまま。しかして分からない事があれば人を頼るのではなく図書館に行って、時間を無駄にするようにとかなりアウェイな指示を貰ったのだが実際、それがどれだけ価値のある物なのかは今になって色々と身に染みている。
まぁ結局、自力でやると言うのがどれだけ大変なのかを身に染みてる者の方が成長するって事だ。
「あ、ティア! ルールゥさん!」
「あぁ、ディアルか。日中に見るなんて珍しいが……何だ、新しい仕事でも?」
「あぁいや、校内パトロールついでに幾つか勉強させてもらおうと思ってな。丁度良い機会だし、他の授業のアップグレードの良い参考になれば良いと思っててな。」
「……。」
「な、何だその目は。」
「……見るのは良いが、何があっても邪魔すんなよ。」
「私を何だと思ってるんだ、お前は……!」
言ってほしいなら言ってやるが、絶対後悔して終わりだとは思うがな。
まぁでも大人しくしてくれているならもう気にしなくて良いだろう。
どうせディアルの事だ、こいつはただの置物程度だと認識していれば良いし、此方が特に何かをしなくとも大人しく後ろで見ているままじっとしていてくれる事だろう。
「じゃあ」
「先生!」
「何だ。」
「先生に言われてた通り、ちゃんと予習してきたぞ!」
「あぁ確かそんな事言ってたな。宜しい、では説明してみたまえ。まずは召喚獣についてだ。」
「召喚獣と言うのは召喚した生物の事で、契約者が死ぬまでの半永続的な契約を契約獣に一時的な……それこそ数時間とかの制限を就けて、間に合わせの形で簡略的な契約をしたら使い魔になる。」
「宜しい。では次、具体的なその召喚魔法については?」
「その名の通り、召喚獣を召喚する為の魔法だ。召喚者の情報を提示する為に、召喚獣たちにとっての契約書である黒い紙に召喚獣の血で魔法陣を描き、それを煉獄の炎と呼ばれる召喚獣達にとって普通の炎である蒼い炎で燃やす。燃やした事で此方の世界と召喚獣達の世界を繋ぐ門を作り、情報に基づいて召喚者に興味を持った召喚獣が召喚される。まぁ、ただ召喚する為だけの魔法でもあり、魔術でもある魔法だ。かなり大掛かりな儀式的な準備も必要だが、必要な要素の1つに魔力が関係する事から魔法と一般的に呼ばれるが正しくは相の子のような物で何方でもあり、何方でもないと言うのが正しい。」
「注意として、召喚者に興味を持っただけで契約が完了した訳じゃないのも忘れたら駄目。」
「……契約も、ちゃんと出来るとは限らない。ただ興味で見に来てるだけの召喚獣も多いから、それをどうにかな、納得させて正規の契約をしてくれるようにするのは召喚者の技量と知能の高さ、次第だから。」
「そして、契約が完了するまでは決して仰々しい態度を取ってはならない。お互いにお互い敬わねばならない。召喚獣達は気紛れ故に、此方が下手に出て “わざわざ召喚に応じてここまできてくれてありがとう” と最大限の感謝を向けなければならない。契約が終了すればもう友達のような物だ、あまり踏み込み過ぎるのは良くないが、徐々に仲良くなっていく分には全く問題ない。むしろ、そうじゃないといけないぐらいだ。」
「どれだけ馬鹿にされても、どれだけ弄ばれても決して感情を表に出し過ぎるのも良くない。召喚獣は召喚者の鏡やから不敬を働けば不敬が返ってくるし、慈悲を返せば慈悲が返ってくるから。」
「……まぁ、駄目な事も勿論あるけど。」
「……驚いたな。これも授業で?」
はぁ……。
「お前、この程度で驚いていたら何も出来なくなるが?」
「う”っ。」
まぁでもしかしてそれはそれとして、ここまで早くに。これだけの規模の情報を集める事に関しては俺個人としてもそこまで期待していなかったのは事実だ。
何がそこまで彼らを突き動かすのかは知らないが、それでも手間が省けるのであれば此方としては非常に都合が良い。
まぁその分適切なペースが分からなくて困りはするんだがな。
「良し、では実践を始めよう。必要ないとは思うがしっかりと手順を憶えるように。」
「……? 必要ない、と言うのは?」
「本来契約獣と言う物は1人に対し1体が主流だ。その理由は分かるか?」
「か、管理が大変……だとか?」
「違う。」
「喧嘩してしまうから?」
「喧嘩を宥められんようでは契約者の器じゃないな。そして何より、あいつらはそう簡単に喧嘩もせん。」
「あ、じゃ、じゃあ、魔力の関係……?」
「そうだ。契約獣と言うのは召喚していようとしていまいと契約者の魔力を消費する。だから人によって契約出来る契約獣が異なる上、数で勝るか質で勝るかの話になる。……まぁでも1体も契約獣を保有していないと言うのも珍しい話ではあるがな。」
この時の為に用意しておいた、魔法陣の描かれた召喚魔法の契約書を燃やす為の蒼い炎を燃やし続ける俺よりも高さのあるゴブレットを収納用の異空間から取り出して運動場の真ん中に置く。
ここから俺が出来る事なんて召喚獣の暴走を止めるぐらいの物ではあるのだが、まぁ細かい所は後で良い。
「おぉ~……。凄い、雰囲気出てますね。」
「まぁ、万が一にでも被害がないようにと多種多様な呪文やら何やらを刻み込んだからな。見た目はあんな感じだが性能に関しては信頼してくれて構わない。……まず最初にルシウス、準備の方は。」
「……あぁ。ちゃんと魔法陣も用意出来てる。全部、先生に教わった通りに。」
「教わった、と言うよりは学んだだがな。とにかく緊張するな、ルシウス。これは誰しもが通る道であり、逆に言えばこれを乗り越えられないようでは魔導士は愚か、魔法師にもなれない。……まぁ良い風に考えればこれでようやっとお前達も社会的な観点から見ても立派な魔法師として見てもらえる。大人の階段を登る。……子供なら誰しもが憧れたその階段を登れる訳だ。これをこなすだけで大人の仲間入り。年齢や見た目で判断しがちな人間と言う種族に、実力で相手を黙らせる術を手に入れられる。……そう考えればかなり気持ちも楽になるんじゃないか?」
「……大丈夫、なんだよな。」
「大丈夫だよ。何かあれば僕とグレイブ先生で対処するから。」
「あぁ、その為にジーラを呼んだからな。……大丈夫、俺達が必ず護ってやる。だからお前達は自分の事だけを考えていれば良い。何も、未だ年端も行かぬ子供に全てを背負わせるような真似はせん。」
「すぅ……はぁ……。……おし。」
まぁ、初めては緊張するだろうな。
深呼吸を行い、ようやっと覚悟が決まったらしいルシウスがゴブレットのある此方へと歩いてくる。
それに合わせて此方もジーラと共にゴブレットの傍を離れ、必要ないとは思うが最後の励ましとしてジーラは軽くルシウスの肩に手を添えてぽんぽんと叩き、逆に俺は敢えて喝を入れるように背を叩いてやればその衝撃で迷いは吹っ切れたようだ。
目的地を目指して歩くルシウスの足に迷いはない。
ここからはかなり儀式的な物になるそれを、本当にしっかりと予習してきたようで、此方に何か確認しなければならない事も。そして何より、知識的な面で不安になる事はないようで、何の確認のないままにゴブレットの射程範囲へと踏み入れる。
ただ、召喚獣を呼び出す事自体は結構簡単だったりする。
あくまで難関はその準備と言うだけであり、本来であれば学校で授業の一環として呼び出すか。はたまた何らかの事情で学校に通えない子供達は親が高い金を払ってゴブレットを作ってもらったり、はたまた兄弟や親が利用していた物を受け継いで使うのが主流だ。
しかし、生憎と俺は陛下が保有する王家のゴブレットを利用して召喚魔法を行使した。
俺も元々特別な境遇・出身であった関係から、俺を拾って育ててくださった陛下のご厚意によってそうなっただけであり、子供の頃の俺がそこまで計算していたと言う訳では断じてない。
何もかも、陛下とギルガ達の厚意のお陰だ。
まぁ、俺は契約なんてせずとも。ゴブレットなんてなくとも色々出来る身ではあったが。
召喚魔法で用いるゴブレットと言うのはある意味彼らにとっては門だ。
ここを通って彼らは本来彼らが生きている世界からこの人間界にまでわざわざやってきて、礼儀正しくも門をノックして彼らを呼ぶ人間を面白がって一目見に来ようとやってくる。
だが逆に、ゴブレットを用いずに簡易的な方法で呼び出せると言う事はそれこそ俺のような特殊で異質な存在か、はたまた彼らに好かれてもいないのに命を捨てようとするただの大馬鹿者に限る。
定められたやり方の通り、ゴブレットを中心として半径10m圏内にまでやってきたルシウス。
丁度その範囲は門であるゴブレットから召喚獣達が此方側を様子見出来る範囲だ。その範囲内で深々とお辞儀を行い、ゴブレットから此方を覗き込んでいる彼らに見せつけるようにして魔法陣の描かれた召喚魔法の契約書を両手で掲げてから更に距離を縮め、ゴブレットの近くに立ち止まる。
今回、あのゴブレットは専門の業者に委託するのではなく、僭越ながら俺が自らの手で作った物だ。
あまりゴブレットを手ずから作る者は少ないのでこんな事まで知っている者は少ないだろうが、当然ながらゴブレットを作るのにも幾つかのルールが存在する。
それが、必ずゴブレットの射程範囲を10mジャストにする事と、最も重要である使用者が礼儀を果たしてから起動させる事。
そもそも、ゴブレット内に入っただけでは門が開かないようにするよう制作する上での注意が存在している。
そうする事で断じて礼儀も果たさずに召喚魔法を行えないようにし、召喚獣達としても不快な輩に無理矢理従わせられたりしないようにと言う配慮を行う。
そうする事で比較的、お互いに心地良く。礼節と気品を学び、馴染ませ、成長する。真の人徳者として名を馳せる。
割とこれが出来ない奴が多いからこそ、とうとう魔法法典にまで登録されたんだけどな。
一概に法律と言ってもその種類はかなり多い。
その中でも世界人口の約6割を占める魔法や錬金術やらなどの、一切の特殊能力や魔法を持たない者達に適用される基本法典。
医学関係に特化している者に適用される医学法典。
錬金術関係に特化している者に適用される錬金術法典。
軍事関連に特化している者に適用される軍事法典、などなど一応は名前で直ぐに分かる法律が別途で定められ、それに応じて実力主義でこの世界は全てが決まる。
基本法典に準じず、他の何かに準じる物は全て許可証が必要であり、許可証があるからこそそれらを仕事として行使する事が可能であり、意外にもその許可証を取得する事は割と簡単だったりする。
当然、実力が出来てからでなければならないが、しっかりとした基礎が出来ていれば誰でもそれを得る事が出来る。
しかし、世の中には愚かにもその程度の基準を満たせず、規定を遵守出来ない愚者は吐き捨てる程に居る。
そして皮肉にもそれをこれまで色んな形で処理し、色んな形で罰してきたのも我々軍人だ。
結果、その気がなくとも法律に特化してしまうと言う悲しい現実だってある。
まぁでもルールはルール、それを守れん奴には人権ですらも贅沢であり、場合によっては命ですらも贅沢だ。
守らないと言う意思の元で破っている者に慈悲など無意味。
だからこそ、お前達には是非とも道を間違えないでもらいたいもんだ。……流石に俺も、教え子を自ら殺すような真似はしたくないんでな。
しかし、それが命令とあらば従うのみ。
ルシウスの礼儀を受け取り、見届けたゴブレットはようやっと目を覚ます。
大きく篝火の如く、活火山のマグマが噴火と共に|雄叫びを挙げるが如く、激しく速く着火した大きな蒼い炎は|蝋燭の灯火のような小さな火の玉を幾つも発生させ、円を描くよう綺麗に並んだまま回転し、やがてはルシウスの目前へと近寄る。
それに伴って手放された契約書は彼らの中心へと受け取られ、それを軸にするかのように回りながらも今度はゴブレットの中へと戻っていく。
これであの契約書を鍵とし、閉じられていた門がようやっと開門されてルシウスに興味を持った彼らが此方側へと渡ってくる。
さぁ問題はここからだ。
幾ら召喚が成功しようとも此方側に渡ってきてくれた召喚獣が必ずしも友好的とは限らない。
むしろ、敵対的な事の方が多く、召喚に成功したからと言って調子に乗る阿呆共を見慣れていたり。はたまたそういう奴が来る事を楽しみにし、それらを殺したり。喰ったり。はたまた魔力濃度が濃過ぎるあまり、逆に人の身には生きる事すらも許さない向こう側の世界へ引き摺り込まれた例ですらも過去には存在する。
何が来る。何がルシウスに惹かれる?
ふっ、と神秘的に輝いていた炎が突如としてゴブレットの盃から消え、何か不味い事でもあったのかと焦った束の間。
あくまで力を貯めていたと言わんばかりに、活火山の噴火の如く幾つもの火花が舞い上がってから降り注ぐ。
それでも、ルシウスはその場から動こうとしない。
本来あの歳ぐらいの子供であれば身震いぐらいしてもおかしくないと言うのに、それですらもないままに周囲に落ちてくる火球に怯えた様子もなく、ただその場に佇むルシウスは大層そのお眼鏡に適ったらしく。
それも、かなり厄介な奴に。
炎の中から生まれたと言わんばかりに顕現した、黒曜石のように黒い鱗に瞳を持ち、ぽつんと夜の中に浮かぶ月のように浮かび、睨み付けんばかりに瞳孔ですらも黒い、赤い縦長の瞳を持つ仰々しい黒い大型のドラゴンが獲物であるルシウスを大きく見下ろしている。
こいつは、まずい。
直感通り、流石に動揺した様子のルシウスの足がふるり、と震えているのが確認出来る。
それでも目前のそれから目を逸らすような事はせず、その視線には一切の恐怖心を乗せず、堂々と立っている。
「……そうだ、それで良い。動揺するな、ルシウス。……お前の目の前に居るのは少しでも隙を見せれば惨殺するような存在だ、断じて気を抜くな。」
「……はい、先生。」
【構わん構わん、好きにするが良い。貴様ら人間に我々の道理や価値観など理解出来んだろう?】
「いいえ。……先生が、俺達の自慢の先生がわざわざ忠告までしてくださいました。それなら俺は余計な事は何も考えず、先生の言葉を信じて前を進むだけです。今までやってこれたんです、今になって先生を信じられないような痴れ者にはなりたくありません。」
【くく、肝も据わっている。だが、怖いのだろう?】
「えぇ、少し。ですが、俺は貴方その物よりも後ろに居る人達が傷付く方が恐ろしい。俺が大切にしている物、大切な人が傷付く方が、俺自身が傷付くよりもずっとずっと恐ろしいのです。……ですのでお生憎様、この程度で引く訳には参りません。」
薄ら笑いを浮かべていたそれはどうやら満足したようで、若干の嘲笑が見えていたそれはくつくつと改めて楽しそうに笑い、そっとルシウスに対して頭を垂れる。
呼び出す側がゴブレットの起動の為に礼儀を尽くすように、当然ながら呼び出された側である彼らが召喚者を気に入った場合、彼らから受けた礼儀を彼らに返還する。
そうする事で互いが互いを認め、互いが互いに心を許したと言う事になる。
まぁ実際、心を許したと言うよりは心を開いたが近いがな。
【非礼を詫びよう、若き主人よ。貴様は信用に足る主人として見て構わん器だ。……我は終命の軌嶺。若き主人は我とどのような契約を望む?】
「け、契約獣になってほしい! 俺が死ぬまでで構わない、その時まで俺と共にあってくれ!!」
【了解した。今この時より我は若き主人の契約獣、若き主人が病に。戦いに。寿命に穿たれ死に絶えるその時まで、我は片時もその傍を離れず、矮小で脆弱ながらも立派なその身を護ろう。若き主人よ、名を。】
「る、ルシェル・シルジェ=グランゲール、だ。」
【ふふ、そう怯えないでくれ、ルシェルよ。何も取って食いやしないさ。】
「体もでかいし、牙も大きい上に数が多いと結構怖いんだぞ!?」
あぁほんと、やりやがった。
俺も全ての万物に精通している訳ではないのでそう詳しい訳ではないのだが、それでも終命の軌嶺と言えば虐殺を好む生き物として有名だったはずだ。
それが目の前でぎらぎらと瞳を輝かせているとなれば非常に恐ろしい印象ばかりが顔を出す。
だがしかし、今それほどに恐れられている程の存在がとうとう主人を決めた。
あんなにも残酷で、残虐的で、恐ろしく非情なあいつがとうとう腰を落ち着ける事を決めたらしい。
しかも、まさかの子供の隣に。
前例を見ない、最年少でありながらも更には殆ど洗練されていない状態の原石に目を付けたらしい終命の軌嶺が懐いた事もそうだが、一切召喚者を傷付ける事なく事が済んだ事自体もかなり初めてなので思わず緊張から胸を撫で下ろすように溜息を吐いたジーラが居て。
掻く言う俺も気が大きく緩み、少しふらりとした所をジーラに背中を支えられる。
ほんと、お前もお前でぶっ飛んでやがる。
「てぃ、ティア! ルールゥさん! だ、大丈夫か!?」
「先生!!」
「だ、大丈夫……!?」
「先生、何があった。な、何かまずい事でも……?」
「……あぁ、大丈夫だ。ちょっと今さっき当たり前のように実現された現実がどうにも受け入れがたいだけだ。」
「はぁ……。君はそれの事を知らないから話に着いてこれないんだろうけど、本当に危険な奴なんだからね、そいつ。」
「そ、そんなにやばい奴なのか!?」
【我は破壊と叡智を司る。それ故に魔力消費量がかなり激しいのだが……まぁ、気に入らない者は存在価値がないのでな。せめて役に立たせてやろうと、腹の足し程度の役目をやるだけだ。】
「は、腹の足し……。せ、先生! 召喚獣って人間を喰うのか!?」
「人間だけなら可愛いんだがな。」
「え!?」
【大して美味い訳ではないが、腹を満たす為には必要な事だからな。】
「お前達の世界は食糧難なのか……?」
【いいや、ただ単に丁度良い場所へ獲物が来たから食うだけだ。他に食べる物は幾らでもある。】
「幾らでもあるのにこっちを喰うのか……。」
【一度査定した者に再度呼び出され、再度契約を乞われるのは不快だからな。】
「あぁ、成程……。」
法律と言う物は一切通用しない存在である彼らは時々、こうして力業に出る事がある。
ただそれもこれも少しばかり歪んだ弱肉強食が当たり前となっている此方側がおかしいのであって、古くから一切何も変わらないままに自然の摂理で生きている彼らには当然の道理であり、絶対の原理。
本来であればどの世界もそうであるべきだ。
しかし、此方側は常に戦争を行う時代を終えた。
彼らのように野性的ではなく、文明と言う物を取る代わりにその自然の摂理と似た道理を作ろうとした結果、そもそもとして不完全である癖に不完全なままある事を拒んだ此方側のある種の業。
結局、自分達の偽りの文明を継続させる為に元々あった物を拒んだだけの侵略者でしかないと言うのに。