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夜に煌めく炉は蒼銀で  作者: 夜櫻 雅織
第一章:一年生第一学期 魔法の深淵と神髄に触れる資格は
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第19話 傷だらけの足は、何処にでも

「うし、もう動いて大丈夫ですよ先生。」

「……とりあえず、礼は言っておく。」

「えへへ。」


 あれよあれよと引き摺られ、まるで当たり前と言わんばかりにルシウスの家へとお邪魔する事になった。

 俺としては非常に都合が良い事に、しかして年齢や関係。立場的な観点からは厄介な事に、偶然にも本日は不在だったルシウスのご両親に挨拶する機会にも見舞われる事なく、この家に努めているらしい数多くのメイド達や執事長を少しばかり驚かすだけで話が収まった。

 まぁしかして折角用意した手土産の類は勿論渡しつつ、それはそれとしてやっぱり貴族様の子供の部屋は大きいようで、明らかに子供が与えられる物ではない程に大きなこの部屋のソファに座らされ、近くのテーブルには沢山の医療道具が拡げられている状態だ。


 ったく、大袈裟な……。こんな長くて分厚い包帯、何処から持ってきたんだよ。


「先生、他に痛い所ないですか? 何か、してほしい事とか。」

「その過保護を辞めてくれ。」

「過保護って、結構深かったですよ足の傷。」

「そう心配しなくても俺は人間じゃないんだよ。そもそも、特殊部隊に所属してる奴らは皆純人間じゃぁない。見た感じは酷く見えるが中身の方は大分修復されてる。痛覚とかもなかったし、(けん)も最初は切れてた。」

「け、腱も切れて痛覚なかったって……。」

「人間じゃないってのはそういう事だ。時間の流れも、怪我の捉え方も、全てが違う。人間にとっては寝たきりになるような大怪我でも、人外にとっては大した怪我じゃない事は多い。」

「……先生。先生は、何年生きてるんだ。」

「答える必要性を感じられないな。」

「じゃあ、質問を変える。後何年生きていられるんだ。」


 後何年生きていられるか?


「……そらお前、戦争で死ぬまでだ。」

「他殺以外で死ぬ事はありえないのか?」

「いや? 別に自殺くらいしようと思えば出来る。別に不死ではないからな。寿命的な話をするなら……そうだなぁ。少なくとも12世紀くらいは生きられるだろうさ。」

「……その間、先生はずっと独りなのか。」

「俺には同僚達が居るが?」

「それでも、先生よりは早くに居なくなってしまうんだろう?」

「まぁそうだな。そういう魔法か、魔導か。ぅんや、この場合は魔導か。そういう、寿命を延ばす魔導か、寿命を縮める魔導があれば独りではなくなるかもな。でもまぁ、別に自害すれば共に消える事は出来る。それに、元々独りは嫌いじゃない。俺はお前達人間と違って、死が恐ろしいとは思わない。孤独が恐ろしいとは思わない。」


 そもそも、死を恐れるのは未熟者の証拠だ。

 如何なる生き物であろうと、それこそ宗教論者共が崇め奉る神様とやらにでも死と言う概念がしかと存在しており、生物には生命活動が止まると言う意味合いでの死が。無機物には存在その物がなくなると言う抹消や消滅、はたまた消失と言う概念的な意味合いでの死が存在する。

 この世界に、期限のない生など存在しえはしない。

 死の間際は皆の傍が良い。

 それさえ叶うのであれば戦場であろうと、陛下の懐だろうと、ギルガ達の腕の中であろうと、何なら敵国の断頭台の上でも構わない。

 どれだけの苦痛が伴おうと、どれだけの死や視線が伴おうとどうでも良い。

 あいつらの傍で、可能であればあいつらと共に死ぬ事が出来るのであれば俺はそれだけで満足だ。

 それが、俺の中で最も幸せな死の形だ。


「……って、何でこんなどうでも良い話をしてるんだ、お前は。」

「なぁ、先生。命は、命と言う物は1度失くしたら二度と戻らない物なんだ。」

「それはお前達よりも俺の方がよく知っているさ。喪った事も、奪った事もある俺の方が。それに伴い発生する悲しみも、怒りも、恐怖も、悔しさも、後悔すらも。」

「幾ら人間よりは治りが早いとは言え、幾ら人間よりも治る物が多いとは言え、痛いには痛いし、辛いには辛いんだろ。」

「ああ、そうだな。だが、もうなれっこだ。この体と長く付き合ってきてるからな。」

「……それでも、俺達は人間だ。いつか、先生を置いて先に死んでしまう。」

「そうだな。だからこそ、人間はいつも(みにく)く足掻く。時に自分ではない何かの為に、時に自分の為に。何かの為を想って動ける人間は、他の生物をよく凌駕する。弱者故に、愚者故に、脆弱故にその足枷を物ともせずに他を驚かせる。とても儚く、とても美しい生き物だ。」

「先生、俺には多分幾ら生きても人間じゃない者達の気持ちは分からない。いや、下手をすると同じ人間の気持ちだって全部は分からない。でも、先生なら人間の気持ちは分かるだろう?」

「流石に限度はあるがな。」

「……なら、先生なら人間の尺度まで落とせるだろ。俺達の土俵にまでレベルを落とす事なんて容易だろう。」

「まぁ、先も言った通り限度はあるがな。」

「……頼む、先生。俺達の土俵まで、俺達人間の尺度まで落としてくれ。俺達の気持ちを、感覚を理解しようとしてくれ。お願いだ、分かってくれ。」


 こいつは俺の何を知っているんだろう。

 普通ならばそう考えるのが平凡と呼べるのだろうが、生憎と俺はそうではない。

 そもそもとして経験上、こんな風に熱が入った上に必死さを含んだこの手の物は相手を思う気持ちよりも相手に理解してほしい気持ちの方が強い。

 何らかの記憶やトラウマから、二度とあの光景を起こしてほしくないと思わんばかりに。あの時は何も出来なかったが、今の自分なら。あるいは、あの時は様々な要因から何かをする事も叶わなかったが、ある程度大きくなった今であれば何とか出来ると、そう思ったからこそ色々と決断した心理状況が多い。


 ……嫌なもんだな、軍人ってのは。


「……はぁ。まぁ良い、努力はしてやるが確約はしない。これで満足しろ。」

「……分かった。」

「聞き分けが良くて宜しい。……それにしても、整理整頓が出来そうには見えなかったんだがな。」

「あぁ、俺がやってますよ。俺と、ルシェルの部屋の両方。」

「うん。俺は……自分でやるけど。」

「ん、2人もこの家に……ってそういや “俺達の家” って言ってたな。」

「色々あって2人は実家に居られないし、居たくないんだ。だから」

「良い。詳しく説明しなくて良い。」

「……良いのか?」

「聞いた所で俺にはどうしようもないし、俺が見なきゃいけないのはお前ら3人だけ。お家の事なんかどーでも良い。お前らが何処の家のご子息だろうが、何処の家の子供だろうが俺には関係ない。お前らはお前らで良い。俺の生意気だけど優秀で手のかかる生徒達で十分な証明だ。それ以上の説明なん、て……。……何泣いてんだ。」

「ぁ、れ。俺……な、泣いてます?」

「……とまん、ない。」


 どうやら踏んではならない所、触れてはならない所に触れてしまったらしい。

 突然はらはらと、声もなく涙を流し始めてしまったトルニアとセディルズの涙は留まる事を知らず、思わず慌てて近寄っても落ち着きそうにない。


「お、おい……?」

「ぅ、……、……。」

「せん……せ。」

「な、何だ。どうした、トルニア。俺に何が出来る。俺に何してほしいんだ。」

「もう1回……もう1回、言ってください。“お前らはお前らで良い” って。その下り、もう1回だけで良いから言ってください。」

「あ、あぁ……。別に、それだけで良いなら幾らでも言ってやる。お前らはお前らで良い。俺の生意気だけど優秀で手のかかる生徒達で十分な証明だ。それ以上の説明なんて、俺達の間に必要ない。」

「「ぅ……。」」

「な、何で2人してまた泣くんだ……。」


 やはり、色々と抉ってはならない何かを刺激してしまったんだろう。

 感情が溢れて収まらないらしい2人を戸惑いながらもそっと抱き込んで頭を撫でてやれば、それで余計に何かを(くすぐ)ってしまったようで、(すが)り付くように。甘えるようにそれを受け入れてくれたかと思うと、先程までとは比べ物にならない程に泣き始めてしまう。

 しかし、生憎と俺はこの手の類は初めてだ。

 子供の相手なんてこれまで1度もした事がないし、泣いている人間をあやそうとしたのだって今回が初めてだ。

 俺が軍人だと言う立場的な関係上、苦しめる事は何度も行ってきたがそれを宥めるような事をした覚えは一度もない。

 戸惑いつつ、あれ以来彼らと同じように口を開かないルシウスに目をやろうとするも、そのルシウスですらも目に膜を張りながら。悲痛な哀愁漂う年齢とはとてもかけ離れた、何とも言えない表情で泣き続けるトルニアとセディルズの背を摩っているのを眺めながら俺も彼らの頭を撫で続ける事しか出来ない、何とも情けない大人になってしまった事を実感する他なかった。

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