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夜に煌めく炉は蒼銀で  作者: 夜櫻 雅織
第一章:一年生第一学期 魔法の深淵と神髄に触れる資格は
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第17話 古きと新しきはいつも隣り合わせ

「……美味い。」


 かなり落ち着いた雰囲気を醸し出し、年齢層的には20~30歳ぐらいの客が多いこのカフェではアロマの類でも焚いているのか、見た目も小洒落ているが匂いも非常に落ち着いている。

 元々グルメなディアルはともかく、そんなディアルの妻であるシャルまでグルメだとは流石に想像も想定もしていなかった。

 カフェと言う物は経験上、ドリンクは美味しくともそれのお供である食べ物の方はそこまで美味しい物に当たった事がないので若干不安だったのだが、今回ばかりはまた来る価値ぐらいはありそうだ。

 そもそも、比較的ショートスリーパーでいつも周りを警戒しがちな俺としてはこういうゆったりとした時間は以前から非常に居心地が悪く、いつも特定の場所にしか近付かなかった。

 確かにこう言った場所は心地良いのだが、だからと言って髪の色や瞳の色がかなり珍しい事もあって彼方此方から視線を投げられては見世物にされるのが至極不快なだけだ。

 ただまぁたまにはこういう日も良いなと思う所はある。

 時折不愉快な視線を……まぁ、常に投げられると言う訳ではないのだが、だからと言ってそれを投げられるのが多少面倒ではある物の、それでも赤の他人だからと言う事も相まって声を掛けてこないのはまだ良いだろう。

 そして何より、意外にもここのケーキやハーブティの類が美味しくて機嫌は比較的良い方だ。


 ……まぁでも、この仕事をしてから色々と刺激は増えたな。疲れる事も多いが。


 勘定も済ませて後は目的もないまま、予定もないままに街を歩くだけだ。

 ただそのお陰で気付けた事実ではあるのだが、職務の関係から国の中よりも外の方が詳しい立場なのだが、本当にこの国の街並みの中で生きる人達は戦争と言う物を碌に知らず、知ろうともしないのだから呆れてしまう事の方が多い。

 だが、それはある意味この国が平和である象徴だ。

 平和故にそんな物は存在しないと言わんばかりに興味すらなく、それに対して過剰に興味を持とうとすらもしないのだろう。

 俺はこれからもそんなこの国を護らなければならない。


「……魔道具。」


 宛てもなく、半ば彷徨っているとも言えるこの状況下で偶然にも目に入ったのはかなりアンティークな雰囲気の魔道具店だ。

 今ではかなり数が減ったのだが、それでもちゃんと生き残りはあったらしい。


「……。」

「おや、このお時間に珍しい。いらっしゃいませお客様。本日は何をお求めでしょう。」

「いや、すまないが特に目的があった訳ではなくてだな。少し……興味があったので入っただけなんだ。すまない。」

「いえいえ……っと、おや? もしや、貴方はグレイブ・ブラッディル=ルティア様ですか?」

「……? 以前、何処かで?」

「ええ。私がまだ若い頃にあったあまり大きくない戦争に巻き込まれた街を救ってくださいました。……きっと、覚えていらっしゃらないでしょう。」

「……悪い、覚えてない。」

「構いませんとも。それでも私が貴方様に救って頂いたのは確かです。あの時はお伝え出来ませんでしたが……本当に、ありがとうございます。」

「……気にするな。俺は覚えてないんだから。」

「それでも私は覚えていますよ、ブラッディル様。」


 ……参ったもんだ。


 忘れてはならない、俺は軍人だ。

 人を殺すのが仕事であり、国家を護るのが務めだ。

 陛下の命令であり、陛下が望むのであれば相手が俺個人にとって如何なる存在であろうと、そいつと如何なる関係であろうとも俺個人の意思よりも命令の完遂を優先しなければならない。

 その為、こうして誰かに真っ直ぐ過ぎていて、純粋過ぎる行為よりも悪意や敵意の方が多い。

 なのに、時々こうして綺麗過ぎる言葉を聞くと、どうしても驚いてしまうし、見慣れた悪意の類を受けるよりもずっとずっと心が軽くなる。


「……。……じゃあ、まぁ俺が慣れてないから心の中で済ませるようにしてくれ。」

「畏まりました、ブラッディル様。」

「それはそれとして……大したもんだな。古い物から新しい物まで、本当によく揃えられてる。」

「光栄にございます。……ご要望とありましたら発注も受け付けておりますよ。」

「……成程。なら、また来る事があるかもしれん。」

「ふふ、それは楽しみです。」


 こんな生意気な小娘が来て何が楽しいのやら。


 ただそれを言ってしまえばまた、随分と小さな幸せとやらについて長々と話をされてしまう事ぐらいは俺だって分かっている。

 言った所で仕方がない事も、俺が一番分かっているのだから今更声に出す気もない。

 もう殆ど絶滅危惧種と言っても過言ではない程に見なくなった魔道具屋と言うのも非常に珍しく、詳しく聞けば外注してオリジナルの魔道具を作ってもらう事も可能らしい事。郵送の類なども受け付けているようで、客の中には完成品ではなくパーツを売ってほしいと頼んでくる者も居る為、ここには色んな客が来るらしい。


「ご利用ありがとうございました。またのお利用を心よりお待ちしております。」

「ああ。また近いうちに」

「あ、先生! 聞いてくれ先生、ちゃんと召喚魔法の予習してるからな! 何なら今ここで召喚獣と召喚魔法の違いを語ってやれるぞ!」

「あぁ、先生! 先生、俺も勉強してますよ! 聞いてきます?」


 ……チッ。良い隠れ家を見つけたと思ったのに。


「あー馬鹿馬鹿。店で騒ぐんじゃない、ここは学校じゃないんだぞ。」

「ブラッディル様、此方の方々は……?」

「あぁ、実は今、仕事をしながら教員の真似事をしていてな。旧友からの頼みで断れずに了承してしまった。こいつらはその教え子達だ。」

「だからあの時よりもお優しいお顔をされているのですね。」

「……え、」

「あの時は、とてもお厳しいお顔をされていらっしゃいましたので少し心配でしたので。」


 むず痒さを伴った居心地の悪さを耐える事がどうにも難しく、思わず頬を掻きながらも目を逸らすのが限界だ。


「……。」

「なぁ先生! 先生ってば!」

「早く明日ならないかな~。早く先生の授業受けたいです!」

「あーあー分かった分かった。ほら、あんまり騒がしくするんじゃない、店の雰囲気を壊すな、折角良い所なのに。……ったく。また来るよ、お元気で。」

「ええ。ブラッディル様もどうかお元気で。」

「なぁ先生、今日は何してたんだ?」

「そうですよ、急にシャルロット先生からグレイブ先生が休みだって聞いてびっくりしたんですから!」

「阿呆、ルーベルと呼べって言っただろうが。」

「お休みだから良いでしょう? それに、人目はありますけど学校外ですし。」

「ならそのまま俺に休みをくれ……。休日まで元気のあり余ったお前らの相手をするのは気が進まんのだが。」

「えぇえ~!? なぁんで先生、そんな酷い事言うん?」

「俺は先生の休日の過ごし方を見てみたい!」

「チョイスが変態の域なんだが? 何だ、そんなに訴えられたいのかお前は。……そもそも、俺だって今日の朝、初めて休みだってディアル達に聞かされたんだよ。こっちだって色々驚いてるっての。」

「先生、ディアル……は、人の名前か?」

「あぁ、お前らのとこの校長先生だよ、校長先生。」

「今は先生の校長先生でもあるだろ!」

「言わずとも分かる事を言わんでよろし。」

「そんな事より先生! 予定ないなら俺らと一緒に遊びません?」

「あ~……今ちょっと予定が」

「先生!」

「今から予定を作ろうとするんじゃない!」

「……せんせ。せんせは僕達と買い物行くの、嫌ですか……?」


 ……お前にさえ言われなければすんなりと嫌って言ってやるんだけどな。絶対お前ら分かっててセディルズに言わせただろ。


「さぁ先生、俺達と買い物に行くぞ!」

「こっちこっち!」

「引っ張らんでも構ってやるからお行儀良くしろ馬鹿め。それで? 俺を何処に連れていくつもりだ。」

「「書店!!」」


 書店……?


「……せんせ、嫌な顔。」

「めんどくせぇからな。かなりめんどくせぇわ。」

「先生おすすめの本を選んでほしいんだ!」

「何故俺に。」

「先生は今まで授業をしてくれた先生達の中で、1番楽しい授業してくれるからに決まってるだろ!」

「いやいやいや、理由になってないだろそれ。つか、単にお前らが興味持ってないだけだろ。」

「そうだってルシェル。先生大好きぐらい言わないと無理だって。」

「成程。先生、大好きだからな!」

「俺も大好きです先生!!」

「……まぁ、俺も好きですせんせ。」

「「おぉ、セイズがデレた。」」

「何が悲しくてこんなガキ共に告白されにゃあならんのや……。」


 まぁでも俺のように目的がなければ外出せず、場合によっては日頃自分が利用する所以外は殆ど通らないが為に大した土地勘もない俺に比べれば、街の探索だと思ってこの元気のあり余った小僧共に振り回されるのも一理あるのかもしれない。

 なんて言い訳染みた事を考えながらもやってきたのは学校からも見える大型商業施設だ。

 中には日用品や雑貨を始めとしてスーパーの類も存在しており、服屋や靴屋の他にも色々と店があるらしい。

 そんな中でも今回やってきたのはかなり大きな書店だ。

 そもそもとして店によって大きさが異なるのが普通ではあるのだが、ここの書店は1階にあるスーパーと同等か。それ以上の広さを誇っているようで、面白いかどうかは別として数はありそうだ。


 おぉー……。


「……へぇ。ここ、こんなに大きな書店があるのか。」

「む、先生来た事ないのか?」

「王宮と戦場は歩いた事ぐらいあるが街はない。同僚達が過保護だし、俺もあんまり人と関わるのは好きじゃないからな。いつも彼らが好き勝手に色々用意してくれたし、頼んだら頼んだ物をしっかり持ってきてくれるし。」

「先生って意外と引き籠りだったりするんですか?」

「あんまり人と関わるのが嫌い、同僚達が過保護だと言っただろうが……。」

「……ティア?」

「ん、あぁ何だ。イルグか。」

「珍しいな! どうした、ようやっと気分転換する気になったか?」

「別に。ディアルに休暇をやるから遊んでこいって言われただけだ。」

「そういやジーラが今日はティアが1日休みだから絶対邪魔しちゃ駄目って言ってたな。」

「子供扱いしやがって……。」


 ここは王城内じゃないってのにそれすらも気にした様子のないイルグの、鬼特有の大きな手が俺の頭に着陸する。

 そのまま優しく撫でてくれるのはまぁ良いとして、一応端から見れば何方も良い大人だと言うのにこれは何たる仕打ちだ。

 どうにか外そうと手首を掴んで力んでみるも一切効果はなく、目の前に立ってずっと頭を撫でているイルグの手が頑なに離れようとしないので、仕方なく此方が諦めてやれば満足らしい。


 俺よりも年上の癖に……。つーか、ガキが見えねぇのかお前は。


「……それで? ティアがガキと一緒なんて珍しいじゃねぇか、そいつらは親戚か?」

「俺の出自を知ってる人間の台詞とは思えないな。」

「ふふ、それもそうか。」

「先生の、友達か?」

「初めまして!」

「……初めまして。」

「くく、元気な奴らだなぁ。初めまして~お前らはティアとどんな関係なんだぁ?」

「……人の事を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀だって父上と母上から習いました。」

「んふふ、確かにそうだな。俺はイルグ。イルグ・ベク。ティアの……って、話して良いのか?」

「こいつは俺の仕事の同僚だ。ほら、ジーラと一緒の。」

「あぁ、ルールゥ先生と一緒なのか!」

「ルールゥ先生?」

「ほら、この前陛下に言われてジーラと一緒に授業したって聞いてないか?」

「あぁ~あれの事か。」

「俺はる……。……先生、どっちで名乗れば良いんだ?」

「別に、本名で良いよ。こいつは味方だから大丈夫だ。」

「くく、嬉しい事を言ってくれる。」

「俺はルシェル・シルジェ=グランゲールだ!」

「トルカ・シュエル=ケリューカです!先生がお世話になってます!」

「おい。」

「んふふ……。うん、お世話してます。」

「おい、お前まで。」

「まぁまぁ良いじゃねぇか、相手は子供なんだからよ。」

「……セイズ。セイズ・ブレイル=リューンジュ、です。」

「宜しくなぁ♪」

「ベクさんも強いんですか?」

「さぁどうだろうなぁ。世界には沢山凄い人が居るからなぁ。」

「……先生。」

「イルグは割と脳筋だぞ。任務中も大抵タンクだからな。」

「きゅ、急にひでぇな。」

「じゃあベク先生になってくれ! 体術の授業とかしてほしい!!」

「はぁ……。」

「んふふ。ティア、必要になったら呼んでくれよ。」

「こいつら結構面倒だぞ……。」

「なら猶更呼んでくれや。助手としてこき使ってくれて良いからさ。教科書でも道具でも何でも取り揃えますよぉ?」

「キャラじゃねぇだろ……。」

「ふふ。」

「それで? お前の読書ってキャラじゃないだろ。こんなとこで何してたんだ。」

「ちょっと気になった事があってな。調べたくて本を探しに来たんだ。」

「……お前、読書したんだ。」

「最近な。じゃあ俺はこの後予定あるからここらへんで。」

「……何か手伝おうか。」

「いーいー。お前はたまには自分の為に時間を使う事を覚えろって。」

「……俺は、何が自分の為になんのか分からん。何をすれば、俺の為になるんだ。」

「それはお前にしか分からんさ。まぁ安心しなさいな、ティアの事は俺達がちゃんと国ごと守ってやっから。何かあった時は遠慮なくお兄さんを頼りなさい。」

「……ん。」

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