プロローグ【中】 やっぱり2人は似た物同士
「―――……ルーベルさん?」
いつの間に寝てしまったのか。どうやら本当に眠ってしまっていたらしい。寝惚けながらも、俺の顔を覗き込む女の姿を視界に収め、まずは状況の把握を優先する。
室内を目だけでざっと見渡す限り家具の配置や部屋の形状は記憶の通りで、俺が何処かに攫われた訳でも、目の前の女が俺に何かした形跡もなさそうだ。
……いや、待て。こいつがよく見えるって事はフード外してるって事か。
「……失礼。ここへはディアルのみが来ると思っていたのだが。」
「あ、ごめんなさい。私はシャルロット・ルーカス、ここの学校長をしているクレディアル・ルーカスの妻です。えっと……今は“グレディルア・ルーベル”さんとお呼びした方が良いんですよね?」
「……そうしていただけると助かります、ルーカス婦人。」
何だあいつ、結婚してたのか。
むくり、と体を起こして先よりもしっかりと見えるようになった視界から察するに、どうやら思ったよりも長く眠ってしまっていたらしい。置いてなかったはずの毛布が肩まで掛けられていた事に気付かなかった辺り、かなり深く眠っていたようだ。
扉もきちんと閉められているまま。簡易ベッドとして利用していたソファの近くにあるテーブルには綺麗にファイリングされた資料に。食欲を少しばかり刺激する匂いを漂わせているバスケットが置いている。
まだあいつらからの連絡はない……か。様子見か?
とりあえず、今は目の前に居るルーカス夫人だ。腰まである淡く薄いピンク色の長い三つ編みに、同系色の落ち着いた瞳。ディアルが忙しいからと、何かと頼まれてきたんだろうが……どうにもこの人、1人にはしてくれそうにない。
これでも対人スキルはあんまり高くないんだがなぁ。
「俺の事、旦那の方から?」
「えぇ、よく聞いています。私も最初は男性の方かと思っていたんですが……成程、女性の方だったんですね。夫の方から諸々を頼むと言われておりますので、ディアルに言いにくい事も好きなだけ頼ってくださいね。」
「……いつ、俺が女性であると?」
「ディアルから聞いてましたから。あぁでも、“見た目は男性に見えるし、本人もそれを望んでるからなるべく性別に関してはあまり話題にしように”って。」
「……根回しが早くて大変結構です。」
「あ、そうだ。ルーベルさん、良かったらお食事どうですか? ディアルからルーベルさんはよく食事を抜いたり、簡易用で済ませるって聞いたのでなるべく軽めの物を用意したんですが……如何です?」
「有難く頂戴します、ルーカス婦人。」
「……会って早々なのでご不快かもしれませんが、宜しければ私とも仲良くしていただけませんか? これからは同じ教員になりますし。」
同じ教員。一般人ならともかく、掛け持ちでこの場に居る俺にその表現が適切かどうかは疑問だ。
だが、この敷地内では俺も一般人と言う扱いになる。そうするように、遅かれ早かれ陛下からも指摘されるだろう。
「……では、その通りに。ただ、少し敬語を外すのは少し待っていただけますか。……何分、口がかなり悪い物でして。」
「勿論構いませんけど……私はそこまで行儀や礼儀を過剰に気にするような性格でもありませんのでお気軽にしていただけると。じゃあ……うん、そうですね。少し持ってくるのを忘れてしまった書類があるので、また後で。」
「えぇ、また後で。」
本当に俺の情報が細部まで伝わっているのか、疑いたくなる程の無防備さだ。警戒せず、敵意もなく、何処までもほんわかとして雰囲気を漂わせているルーカス婦人は少し戸惑う事がある。
まぁそれもこれも、俺が人を率先して避けていたのも問題なんだろうがな。
適当に珈琲でも淹れ、折角なので持ってきてくれたサンドイッチの類を胃に入れようかと重い腰を溜息と共に持ち上げた頃。
つい先程ここを発ったはずの足音が突如として大きくなり、半ば焦るような速度で此方へ戻ってくるのが分かる。
何か忘れ物でもしたのかとテーブルの上やソファを見渡すもそれらしき物はない。直立して待っていれば扉がいとも簡単に開け放たれ、速度も落とさないままに飛びつかれた。
一瞬、俺としては避けてしまおうかとも思ったが、まぁいきなりの印象でそれが良くない事ぐらいは俺も一応弁えてはいる。
そのままずっと抱き着かれているのも何とも言えないのだが。
「あぁあぁあもう、駄目! やっぱりさっきのなし! 私も貴方の事、ティアって呼んで良いですか!」
「え、あ、あぁ……。か、構いませんが。」
「それと、私もこれからは敬語使わないからティアも敬語使うのなし! ティアの口悪い所、私だって見てみたいもん!」
え”。
「……初めて言われたんですが、それは。」
「敬語禁止!」
「ぐ、うぐ……。」
こういうタイプは正直、扱いに困る。
されどあのディアルの妻と聞いた際に「意外に大人しいな」と思ったのも事実だ。
そしてその予測はどうにも想像通りだったようで、人懐っこいと言うか。ふんわりとした雰囲気の強いこの人はやっぱりそういう事らしい。
「わ、分かった、ルーカスふじ」
「シャル!」
「……わ、分かった、シャル。」
「それで良し!」
夫婦揃ってお転婆も大概にしてくれ。