第51話 仮面の下の芸術は周りの呼吸をも止めてしまうようで
「良し、完成! こんなに美しいジャック・ザ・リッパーは見た事ないわ!」
「お~。見違えたな。」
「……色々おかしいだろ。美しいジャック・ザ・リッパーって、斬り裂きジャックだろ? 何で綺麗なんだよ。後、元々ジャック・ザ・リッパーは男だろ。」
「細かい事は気にしな~いの。ほら! 文化祭楽しんできて!」
「え”、これで!?」
冗談だろ……。
ディアルが何も言わない辺り、本気で丸1日俺をこの姿で過ごさせるつもりらしい、とんだ恥晒しだと思うのだが彼らはそうでもないようで、涼しい顔だ。お前らもこの格好をすれば良いのに。
変な所だけ気を回してくれたようで、尻尾に関しては服に邪魔されずに出す事が出来ている。いやまぁ本当、これだけ出来ても困るのだが。
だが尻尾を晒せて本当に良かったのか、と問われるとそうでもない。どの尻尾を持つ生物にも共有して言える事だが、尻尾が生えているとどうしても自分の意思に関係なく尾が此方の感情を諸に表現している為、どれだけポーカーフェイスを維持していようと。どれだけ感情を隠そうとしてもこれの所為で全て明るみに出てしまうのだから。
大体、尻尾をさも当然と言わんばかりに晒している所為で幾ら見た目を怖く着飾ったとて感情が諸に見えてしまう以上何も怖くないんじゃないだろうか。いや、そもそもとして俺がそこまで気にしてやる必要なんてあるんだろうか。
何となくこんな姿で文化祭を回る気にもなれず、適当な木陰のベンチに腰掛けて頬杖を突きながら様子を見ていればそりゃあ……そうなるだろう。誰もが此方を見てぎょっとしては何処かへ足速に消えていく。
それに若干呆れつつ、多少の倦怠感を感じていれば唯一俺を見ても物怖じしない喧しいのが走ってくる。
ほーん……。
「お前らは本当に変態みたいな奴らだな。これがお前らの教師とは限らん訳だが?」
「既に肯定してるような物なんだが。」
「おぉ~……。先生、めっちゃ自然やで。」
「褒められてる気がしないな。」
「まぁでも先生、暇なら是非俺達のクラスに来てくれ。話してた喫茶店でな、甘い物も沢山あるぞ。」
「俺は別に甘い物が好きという訳ではないんだが。」
「先生が好きな魚料理とか、あっさりしたご飯もあるで?」
「……少しだけだからな。」
待ちきれない様子のルシウスが先を急がせる中、執事らしい服装にも伴ってエスコートを提案するように差し出されたトルニアに手を取られて廊下を歩いていく。
流石にこいつらが居ると周りも俺が誰なのか分かったようで、先程までの警戒は感じない。これで判断しているあいつらもどうかとは思うが、それもこいつらのクラスに行けばもっと態度が変わる事だろう。
「あ、せんせ……! せんせ、こっち! せんせの席、用意してるから!」
「……ったく、揃いも揃ってお前達は。」
誰もが此方を見る中、俺の正体が分かった時にはもういつも通り。見た目も相まってちらちらと此方を確認する気配はある物の、そこまで酷い訳ではないのが現状だ。
導かれるままに窓際の席へと座れば、窓から見えるのはこの学園に存在する庭園。それなりに緑が多い学園ではあるが、それでもここまでしっかりと庭らしい庭があるのはあの庭だけだ。
……はぁ。
とはいえ、このまま仮面を着けたままでは食事を摂れない為、そっと仮面を外せば案の定。またしても周りが静まり返る。
シャルの奴、相当酷い化粧をしたんだろう。誰もがその手を止め、顔を赤らめてこちらを見る様はあまり気分が良い物とは言えず。あろう事か、あのガキ共ですらも耳まで真っ赤にするレベルだ、一体なんて事をしてくれたんだ。
「……文句ならシャルに言ってくれ。」
「……先生、もう1回プロポーズして良いか。」
「却下。そんな事は良いから早くメニューをくれ。……あまり見世物になるのは好きじゃない。」
「そ、そうだな。直ぐにパーテーションを持ってくるから安心してくれ。」
「ルシウス、お、俺がパーテーション取ってくるから……ちゅ、注文聞いといて。」
「あ、あぁ。」
「……せんせ、綺麗です。」
「綺麗……? 見るに堪えんからこの状況になっているんじゃないのか?」
「ち、違うっ! ……せんせが美人だから、み、皆見惚れてる、だけだから。」
普通だと思うんだが。
喫茶店らしくセイズが水を持ってきてくれる中、ルシウスに渡されたメニューに目を通す。どうやらあまりジャンルを気にせず色んな料理があるそうで、さぞ厨房は大変か。料理好きが居るんだろう。
「……これで。後、アイスコーヒーも付けてくれ。」
「あぁ。待っててくれ、直ぐに持ってくるから。」
「あぁ。……それで、セディルズ。」
「な、何、せんせ。」
「なかなか似合ってはいるが襟、乱れてるぞ。……ほら、直してやるからこっちに。」
「う、うん!」
ちょっと抜けてる所は相変わらずか。