第38話 目を逸らしていた物に時の流れに背を押され
「ティア、本当に良いの? 辛いんじゃない?」
「一応陛下から鍵は預かってっけど……辛いなら辛いって良いんだから。俺らは何があってもお前の味方だからさ。」
「……あぁ、分かってる。ただ心配してくれている所悪いが、生憎と俺がこの扉の先に入るのは……随分と久しぶりだ。今入ってどうなるのかは入ってみないと分からんさ。」
本当に、久しぶりだ。
王城の、俺の部屋からそう遠くもないが近くもない場所に存在するそれなりに巨大な倉庫。今では俺専用の資料室とも、俺の憎き故郷たる煌星の夜想曲の遺品が納められている場所。
俺がようやっとギルガ達に慣れて、陛下とも普通に話を出来るようになって直ぐに教えられたこの場所には俺の故郷だった煌星の夜想曲の土地にあった残骸をほぼ全てここに収容したらしい。とはいっても瓦礫の類は何もないらしいが。
幼い頃の俺は、この部屋が怖くて仕方なかった。あまりにも場違いなこの王城の中に、唯一存在するあまりにも場違いなこの倉庫の中を少しでも見ればあの里で俺の身に起こった記憶が一気に駆け抜けて立っていられなくなる。
それ故、それが分かって以来ギルガ達も俺がこの前を通らないように計らってくれたり。なるべくこの場所の事を思い出さないようにしてくれた事だって本当によく記憶に残っている。
それぐらい、嫌だったはずだったんだがな。
「開けてくれ、イルグ。」
「ん。」
大きな音と古臭い音と共に開いた大扉の先から更に漂ってく古臭い、既に死に絶えたはずなのに往生際の悪い滅んだはずの歴史の匂い。ここにある殆どの物が古い書籍が大半、その他は工芸品や置物が殆どで幼い頃の俺がこんな物を怖がっていたのかと呆れてしまう。
でも、その古臭い物に怖がってたんだがな。
視界の端でイルグとジーラが様子を伺っているのも気にせず、数百年ぶりに足を踏み入れた倉庫はあの時から時が凍り付いているように見える。何処をどう見ても古臭い物ばかりが立ち並び、あまり役に立ちそうな物はありそうに見えない。
それでも多少乱暴に扱った所で風化する事もなければ壊れるような事もないこれは全部、俺に気を遣ったギルガがそうあるように保存系の魔法を使ってくれているから。昔はさっさと壊れてほしくて仕方なかったが……まさか、これに感謝する時が来るとは。
「俺もガキだった……か。」
「ティア?」
「何も。……それで、ポーションに関する文献は何処にあったか知らないか。生憎、俺はここに入るのは人生で2回目だし、ここに荷物を運び込んだ訳じゃないから分からなくてな。」
「ポーション……ポーションか。俺、重い物が何処にあんのかは分かるけど本はさっぱり。ジーラ、分かるか?」
「うーん……。ポーションに関する文献があるかどうかは分かんないけど、錬金術関連の文献はあそこにあるよ。」
「あぁ、丁度良いな。出来れば他の錬金術に関する文献も見たいから案内してくれ。」
「ティアがそれを望むなら。」
それにしてもここにある物はもう世界の何処を探してもそうそうに見つかりはしない、今は滅亡したとされているあの煌星の夜想曲の遺物達。それがまるで納屋の中に閉じ込められてひたすら埃を被る事しか出来ないとは随分と皮肉な物だ。
その価値や意義を活かしきれない、ただその一族の血を引いているだけの俺がその手の学者にこれを渡すような事もないままに腐らせていく。これではまるで
あの2人に言った言葉がそのまま返ってきたみたいだな。
憎き血潮が遺した遺物。視界に入れる事も、存在している事も、それを認識する事ですらも不快だというのに今、血の繋がりも何もないあんなガキ共の為に使おうとしているのだから自分のご都合主義には呆れて物も言えない。あいつらにはあんな事を言っておきながら、自分も同じような状態にあるというあまりの情けなさにも。
しかし、考えてみれば何もかも随分とくだらない話ではある。頭では感情なんて物はあまりにもくだらない癖に力が強く、変に強制力がある所為で判断を鈍らせてしまう事が多い自分の中にある大きな壁。でも、それを乗り越えてしまえば一気に駆け抜けていけるのが人という物。
散々師匠に言われて馬鹿にしてたっけ。まぁ、俺も何度か実体験していつからか馬鹿に出来なくなった訳だけど。
「ティア、ここだよ。ここからあそこまでが全部そう。」
「ありがとう。ポーション……。ポーション……。……あぁ、これか。」
「でも、何でいきなり錬金術を? そもそもティア、あんまり錬金術興味なかっただろ。」
「確かに。どっちかって言うと魔法の方が好きそうだったけど、どうしたの?」
「……あのガキ共が錬金術に興味を持ったんだ。」
「あぁ~……。それで。」
「にしても、本当に変わったなぁティアは。学生の相手はそんなに楽しいか?」
「学生の、というよりはあいつらの、だな。……あいつらだからこそ、何とかしてやろうと思う。何でなのかは分かってないが。」
「……重ねてるんじゃない?」
「……重ねる?」
「うん。特にあの2人、書類上はティアの養子になってるあの子達はティアと近いんじゃないかな~と思うけど。」
「あのルシウスって坊主も、もしかしたら幼い時のティアの傍に居てほしかった存在なのかもな。ああやって、お前を支えてくれるような存在が。」
「……。」
「実際、ティアは……かなり劣悪なあの環境下で誰1人味方の居ない所で生きてきたから無意識に羨ましいって思ってるのかもしれないよ? まぁ、四大大公家の御息女様はあれだけどね~。」
否定しきれない辺り、自覚はあるんだろう。それを肯定したくないだけで。
何がどうしてそんなに肯定したくないのかは分からない。でも、感情なんてそんな物で理屈が通じれば最初から苦労しない物。
――― ただ、何となく気に入らなかった。
目的の文献を数冊取って脇に納めた後、全く関係ない本を取って即座に予備動作もなくイルグとジーラにぶん投げる。
完全に油断していたらしいこいつらは思わず避けそうになった所でふと、俺が乱雑に扱った本を律儀に受け止めるイルグとジーラ。それ幸いと追加でもっと多くの本を投げば流石にバランスを崩したようで、あまりにも簡単にひっくり返って思わず鼻で笑ってしまう。
「おま、何しやがる!?」
「ちょ、ティア!? 大事な書物を雑に扱わないで!?」
「俺が俺のもんをどうしようと勝手だ。」
というか、俺に物投げられるのは良いのかよ。