第36話 結果の分かっている失敗はなるべく経験しなくて良いように
ルシウス達はかなり遠くまで行ったらしい。まぁ、この建物内に居てくれれば別に構わないし、もっと言えばこの国の何処かに居てさえくれれば幾らでもあいつらの事は追える。もう、あいつらの魔力の性質は覚えたのだから。
いつかはこの方法もあいつらに覚えさなければならないが……今はまだ早いだろう。少なくとも今のあいつらには……。特にトルニアとセディルズにはこれまで出来なかった事を体験させる事の方が先だ。
「せんせ。」
「何だ今度は。」
「……せんせは家族と仲、良かったの?」
……。
「……いいや、殺したい程に憎んでた。」
「え。」
「殺したい程に憎んで、気が付いたら殺してたと言うのが正しいか。お前達が俺の過去をどう認識しているのか知らないが……俺も家庭崩壊した環境に生まれ落ちて全てを憎しみながら生きてきた身だった。」
だから、俺は親という生き物が嫌いだ。心底、どうしようもなく。
勿論、全ての親が悪ではないだろう。でも俺は職業柄もあり、適当に歩いていれば何故生きる事が許されているのか分からないような屑や死に損ないとぶつかる事の方が多く、そいつらを処理する事が仕事の身だ。それ故、余計に俺にはこの世界が腐って見える。
「……ジーラ達が集めてくれているどの資料にも、煉掟は当時最も優れた者がそれを継承するのが常となっていた。そして、俺の記憶でも本来は兄がそれを担うはずだった。」
そう、はずだった。でも現実は違った。
「その重荷は俺が背負う事になった。その為の教育を受けていない俺が失敗する事を望み、それを馬鹿にしたくてな。」
「それは……本人から?」
「あぁ、村全員からだ。」
「ぜ、全員から?」
「あぁ。……本当によく憶えているもんだ、もう数千年も前の話なのに。ただ、報いというのはちゃんと存在しているらしくてな。俺と同じように本当の事は何も知らない、近くの欲深いとある帝国が世界を統べる事が出来るかもしれない強大な力とやらを求めて襲ってきたんだ。」
「それが……この国?」
「いいや? 当時、ここと敵対してた国だ。力も、この国の領土でもあったあの村を欲してきた欲深くも頭の悪い帝国。そんな彼の国の牙を退ける為、務めを果たせを村の奴らに言われて……俺の中で何かが切れたんだ。そして、魔力が俺の手を離れて暴走した。」
あの時の事はあまり憶えていない。確実に何かが俺の中で切れるような音がして、次の瞬間には紅い雷を纏う黒い靄のような物が視界の全てを覆い、村全体を覆い、一切の区別なく傷付けているようであちこちから悲鳴が響いていた。
中にはその嵐の中を乗り越えて俺に助けを求めてきた奴も居たが、その全てを本来の姿を一時的に取り戻した煉掟がずたずたにして遺体を遠ざけて。俺に返り血が就こうものならひれのような何かが優しく拭われ、その度に夢の中に居るかのように意識がぼんやりしたのも憶えている。
時々は煉掟ではなく、もう1体の燐獣らしき何かが俺に近付く全てをタールのように黒いがそれと同時に鞭のように凹凸がなく長い何かで弾き飛ばしていたのも。中には近付いてきた奴の首にぐるぐると巻き付いて窒息させて殺していたのも見た事がある。俺が何かしらの恐怖を覚えると妙に頭がぼーっとして直ぐに恐怖心が消えたのも、恐らく全てあいつがやったはずだ。
あいつは……何処に行ったんだろうな。確実に、煉掟と一緒に……俺が継いだはずなのに。名前すら知らない、あいつは。
「次に目が覚めた……と言うより、自我がはっきりしたと言うべきか。その時、初めて陛下達を知覚したんだ。不思議にも……煉掟たちは陛下達をそこまで敵だと認識してなくてな。気付いた時には俺の肩に手を置いて……訴えかけるように声を掛けられて、周りの惨状を認識して直ぐに意識が飛んだ。でもな、セディルズ。俺はあの時、酷く幸せだったんだ。」
「……解放されたから?」
「……あぁ。あの屑共がバラバラになって、ぐしゃぐしゃになって、最早物以下として扱われている様が酷く心地良かった。煉掟達にも自我があったはずなのに……それでも俺に味方してくれた事も。俺が言葉にしなくても、俺がやりたかった事を全てやってくれて嬉しかったんだ。今まで誰にも味方された事すら一度もなく、護られた事もなく、支援された事もなく、包まれた事も肯定された事もなかったのに、あいつらは全てを許して全てを合わせてくれた。……その事実がこの上なく幸福で仕方なかったんだ。まぁでも、あれは陛下達だからこそ止められたんだ。お前達は魔力を暴走させる事がどれだけ危険か、契約者と燐獣の上下関係がひっくり返ったらどれだけ危険かは……身を以て体験しなくて良い。」
「……うん。」