第14話 当たり前に価値なんてない
「せ、せんせ!」
「ん、どうしたセディルズ。」
“出来ました” って顔だな。
「炎魔法、習得しました!」
「おー。流石だな。」
「ぐぬぬ、今に見てろ俺も直ぐに追い着いてやるからな!!」
「うっわ悔し。直ぐ追い着くから待っとけよ。」
「次は複合魔法をやってみようか。」
「複合魔法ってあれですか? 2つの異なる魔法を合成する、って言う。」
「ああそうだ。それだけ精度が良ければ授業で習ってた複合魔法よりも何倍以上にも強い複合魔法が出来上がる。」
「っ、やります!!」
「「くっそ、羨ましい。」」
磨けば輝く原石と言うのはいつ見ても綺麗な物で、元々筋が良いであろうセディルズの手元はただ話をしただけだと言うのに、それでもその完成度は全く以て初めてとは言い難い。
日差しが温かい事も相まって、少しばかり眠く、ふわぁと欠伸をしている間に湯気が出過ぎて一見、霧のようにも見えなくもない熱水の球が幾つも出来上がっている。
あー……熱そう。あれは触りたくない。
「せんせ、出来ました!!」
「「狡い!!」」
「えー?」
「「顔笑ってんじゃねぇか!!」」
「ちょ、トルニア。じゅ、授業……。」
「くくっ、」
「せんせ、せんせ。複合魔法は習得しました。次、次の課題をください。」
「随分と興奮してるようだが……そんなに楽しかったか?」
「せんせの授業以上に楽しい事なんてないです。」
「じゃ、あ……そうだなぁ。今から水魔法の高みを目指してもらおう。」
「水魔法の、高み?」
「ああ。」
ぱちん、と指を鳴らせば少量の保有魔力を消費し、上手く大気中の水分を集めてそれと魔力を混ぜ合わせ、より効率良く。より多く、そしてより硬度に25mプール深度15mはありそうな大量の水を生成する。
ん~……やっぱり流石は魔法学園。ここには結構な魔力が霧散してるな。
「……? これが高み、ですか?」
「いやいや。これくらいはお前でも出来るだろう。今からお前にさせたいのは」
「え、」
「あの水を制してみろ。」
「わっ!?」
少々手荒だが、だからと言って速度と効率を優先したいのでセディルズの服を軽く掴み、思いっきりついさっき作った空中水槽へとぶん投げてやる。
上手く着陸したあいつは少し此方を恨めしそうに睨んではいる物の、それでも実際に何かをしてこない辺り、ある程度の信用は勝ち取れたと言う事で良いのだろうか。
ただあいつもようやっと状況に気付いたようで、魔法を起動させようといつも通り何度も心の中で詠唱しているようだが、一向に魔法は発動しない。何の反応もなく、酸素もなくて慌てているのがよく分かる。
まぁしかし、あの反応をすると言う事はやっぱり呼吸と魔力の流れの関係を誰も教えていなかったと言う事だ。
ただ焦っている事も相まって頭に酸素が回らず、大気中に居る時とは違って体制を立て直す事も出来ないようだ。
ま、初回って事で甘やかしてやるか。
再度パチン、と指を鳴らして空中水槽を爆散して雨へと変えてやる。
幾ら暖かくとも風邪を引いてしまう可能性がある為、勿論風魔法で服を乾燥させてやる事も忘れない。
仮にも教師だからな。親の目は多少なりとも気にしなければ……。あぁ、面倒なもんだ。
「ッ、げほっ、こほっ、ぅ、こはっ、」
「ふふ、出来なかったろう?」
「せ、せんせ。な、何で、何で水中だと魔法が使えないんですか。」
「魔力の流れが違うからだよ。」
「魔力の……流れ?」
「あぁ。そもそも魔力と言う物は人間が呼吸している際に、血液や酸素と同じような原理で共に体中を巡っている。だが、その同じ原理であるそれが少しでも環境が変われば全てが大きく変わる。息を止めながら魔法を行使しようとした場合。水の中を泳ぎながら魔法を行使しようとした場合。空を飛びながら魔法を行使した場合。……当然、どれもこれも呼吸法が変わるし、呼吸をしたとしても体と外を出入りする酸素の量が変わって体内の中の酸素の循環速度やペースが大きく変わるように、魔力の流れもそれに比例して動きを変える。」
「だ、だから変わるんですか……?」
「あぁ。仮に空だと地上から数㎝ならともかく、100mも変われば酸素濃度が下がって呼吸が遅くなる上に酸素の供給量と循環量が大きく変わる。もうその時点で自分が思っていた魔法発動タイムよりも少し遅れが発生する。……その一瞬が命取りになる事もある。……所でセディルズ、お前、水泳は出来るな?」
「馬鹿にしてるんですか? 俺達3人はこの学園のトップ3ですよ。」
「たかが1年坊の学年トップってだけの癖に生意気な。」
「うぐっ、……。」
「まぁでもそんな減らず口が叩けている間は問題ないだろうな。回数重ねて上手く感覚を掴め。そして、物にしろ。流石に魔力消費が激しいだろうから空中水槽は出したままにしておいてやる。……今身に染みたとは思うが水魔法が得意だからと言って幾ら何でも水中に閉じ込められてしまえば終わりだろう? 次のお前の課題は完全に水魔法を、水を掌握する事だ。やるからには完璧を目指せ。」
「は、はい!」
「先生、先生!」
今度はトルニアか。
「何だ。」
「もう1回、確認試合お願いします!」
「ジーラに見てもらったらどうだ。」
「もうしました!」
「早いな……。」
「結構良い出来だと思うけど。」
「くく、新人教育すらした事のないお前が何処まで出来るようになったのか見るのが楽しみだな。」
「だ、だって……話すの、苦手なんだもん。」
「まぁ良い。トルニア、好きに打ち込んできなさい。」
「はい、先生!!」
子供って言うのは本当に元気な物だ。
無邪気にもたたたっ、と軽やかな速度で走ってきたトルニアの目は爛々としており、ここで俺が何をどう言った所で上がりきったこいつのテンションをどうにかする事はさぞ難しい事だろう。
それはともかく、さぁどうなったかと思ってどっしり構えていたが、驚いた事に油断も隙も許さず、10なんて数字は優に超えた大量の火球が不規則に。敢えて何も意識せずにばらばらと出現したそれらが同じく何のパターンもなく、何の法則性もないままに飛んでくるそれらについ驚き、一切の手加減をしないままに全てを水球で打ち消してしまった。
……おっと。運動場に水をやってしまった。
「チッ、これでも駄目かぁ!」
「……素晴らしい。素晴らしいな、トルニア。驚いて全部打ちのめしてしまった。」
「それ驚いてないじゃないですか!!」
「いや、驚いてたよ。グレイブ先生は驚くと反射で攻撃しちゃう人だから。」
「お前も同類だろうが。」
しかし、トルニアにとって俺を脅かせたと言う事は非常に嬉しい出来事のようで、緩みに緩んだ頬が朱を帯び、心の中に留めるだけでは満足出来ないと言わんばかりに両掌を天へと開け出す。
ほんと、ガキだな。
「ッ、やったぁ~!! 先生驚かしてやったぞ~!!」
「狡い、お前も出来てるじゃないかッ!!」
「……負けない、から。」
「えぇ~? そんな事言って2人も第2段階やってるじゃないですかやだぁ~。」
「うん。俺もどっちもどっちだと思う。」
「グレイブ先生が言うか。」
「で、先生! 次、次の課題俺にも下さい!」
「あー分かった分かった。ちょっと考えるから待ってろ。」
「難しいので!」
「「そのまま爆死してしまえ。」」
ほんっと仲良いな、お前ら。
とはいえ元々あんまり期待していなかった、と言うのも酷い話かもしれないが、それでもここまで早く習得出来ると思っていなかった関係から酷く驚いているのは事実だ。
それは言い訳にはなれども理由にはなりえない。
時代がゆったりとした形であれど、分かり易い形であれども変化するように。戦況が激しく速くに変化し、一瞬の迷いや予断も油断も許さない程に臨機応変性を過剰に求められるように、彼らがペースを上げると言うのであれば我々大人の役目はその速度を落とさせる事ではなく、自由に走らせながらも危ないと思われる事。気を付けなければならない事はその度に予測速度を変換して随時対応し、すくすくと伸ばしてやらなければならない。
……同時に、必要に応じて止めなければならない事もある。
まぁでも今回は栄養を吸わせていく事を優先すべきだろうな、一応は命の危険もなく、俺だけでなくジーラも居るなら止める事は容易だからな。
となればここは慣れている魔法を学ばせるより、ここは出来るだけトルニアが体験していない事を体験させてやるのが学校と言う物だろう。
こいつらが日常的に生活していて、勝手に自力で見つけられるような物を教えるだけの学校に、学校としての存在価値はないはずだ。
再度パチンッ、と指を鳴らして。
相手は未だ未成年の学生だ、普段は戦場でしか使わないこの魔法をまさか学生相手に使うとは思っていなかったが、日頃は直撃させる事が多かったそれを、いつもとは逆に直撃しないように気を付けながらも行使する。
結果、ぼこぼことトルニアの周りを数m程の深い谷へと変化し、されどジャンプをすれば容易に飛び越えられる幅1mくらいの穴しかないのでトルニア程の身長であれば容易に飛び越えられるだろうし、一応は谷の下も土を柔らかくしておいたので多少受け身を失敗してもそこまで大きな怪我をしないはずだ。
まぁ、怪我しても骨折ぐらいなら治療魔法で何とでもなるがな。
「え、ぇ? 先生、これは?」
「トルニア、次のお前の課題は地雷式魔法だ。」
「地雷式。」
「お前のその速度なら、地雷式の魔法も良いだろう。今私がやったような誰にも気付かれずに相手の慢心を陰から崩せるような事をやってのけろ。それならば隙も突けてもし魔法構築に時間がかかったとしても役に立つ上に時間を短縮出来ない極大魔法構築の為に時間を稼ぐ事も出来る。お前の魔力保有量なら地雷魔法を構築しながらさっきの確認試合のようにバンバン魔法を撃ちこんでカモフラージュしたり、逆に追い込み漁をするのも容易だろう。」
「追い込み漁って。」
〔……ほんっと、ティアって卑怯者だよね。〕
今出来る一番の笑顔を称えたままに振り返れば薄らと開いた瞼の合間から見えるジーラの表情は実に好ましい。
またもやその白銀の髪と同じように……否、それよりももっと白くなったその白雪の如く白いその顔は非常に、これ以上ないくらいに愛らしい。
……ん、んふふっ。辞めろって、ジーラ。子供の前なのに暴れたくなんじゃねぇか。
あぁ、口角が上がる。
「……ご、ごめん。い、言い過ぎたかな? ちょ、ちょっとふざけすぎちゃったかも。は、話し合おう、話し合おうよ、ね? ね!?」
「そうだな、話し合おう。けど、言語って1つじゃないよな?」
相手はジーラだ、加減する必要など欠片もない。
俺が一歩足を踏み出すと共に、先程は諦めた相手の周りの足場を崩すのではなく、周りの足場ごとこいつの足場も全て崩して上から覗き込んでやる。
まぁでもやっぱり流石は同職であり、在籍年数的には俺の先輩に当たるだけもあって、受け身は綺麗過ぎる程に成功しているらしい。
折角俺が20mも落としてやったって言うのに、余計にそそられてしまう。
「ぎぃやぁっ!!」
「くふ、くひっ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!! 僕が悪かったから壊れないで!! 戦争中みたいな理性全部吹っ飛ばしたような笑い方しないでっ!!」
「キャハハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……! ヒキャヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ……!!」
「首ガクン、って動かないでっ!! スタッカート効かせた笑いしないでっ!! 怖い、怖いんだってばぁっ!!」
「ふはっ、きひひひ……!」
「辞めて、ほんと、本当に辞めて!! 愉悦で塗り固められたみたいなそんな顔辞めてぇ!! 興奮しないでっ!! 本気で愉しまないでってばぁぁあああああああああ!!」
「せ、先生。」
「ん、どうしたルシウス。」
「う、うわ、一瞬でスイッチ切り替わった。」
「……こわ。」
聴こえてるぞ、お前ら。後な、こっちが素だっての。
「先生って、ちゃんと加減してくれてたんですね。」
「まぁ、こいつと違って殺す訳にはいかんからな。」
「僕にも優しくしてぇ!!」
「お前、俺と張り合えるくらいに強いからもう良いだろ。」
「もう、もうって何!!? お願い、見捨てな、いやああああああああああぁぁっぁああああああああ!!」
うるせぇ。女子かお前は。それとも犬か、はたまた猿か?