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夜に煌めく炉は蒼銀で  作者: 夜櫻 雅織
第二章:一年生第二学期 ご無沙汰、我が家
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第30話 形の見えない答えを探して

「ジルディル。話が……したい。」

「大歓迎じゃ。……さぁ、近くに。」


 どうやってここまで帰ってきたのか分からない。少なくとも今の精神状態で魔法なんて使える訳がないのだから、恐らく歩いて帰ってきたんだろう。

 幸いにもジルディルしか居ないあの師匠夫婦の部屋に、何故か俺は直行した。……その理由も分からない。何故、何故ジルディルを逃げ場に選んだのかも分からない。

 何かの魔法にでも掛かったようにふらふらと、わざわざベッドに移動してくれたジルディルの元へ歩み寄る。近くまで来たら手を引かれて隣に座り、促されるままジルディルの膝に上体を倒す。

 何も言わないまま、何も強いらないまま優しく頭を撫でられて。両手を包み込まれてあんなにもざわめいていた心が大分落ち着いた気がする。


 ……やっぱり、俺はもう駄目なのかもしれない。


「……考えが……纏まらないんだ。次から次へと色んな事を考えて、思い付いてるのに次から次へと怒涛に情報が増えてどれが俺の声か分からない。無数の声が……反復してもっと増えるんだ。こう、やって話してる間にもどんどん増えて、自分の声も周りの声も聴こえない。自分の声すら聴こえなくて……何を喋ってたのか、憶えておけない。皆の、声を……認識、しに、くい。」


 今だってそうだ。自分の中で反復して反響しているはずなのに俺は自分の声がどれか分からない。反響し過ぎてどれがどの声なのかの判別すら難しくなった声はまた強く大きくなり、やっぱりどれがどれなのか分からない。

 まるでバラバラになった無数のジグソーパズルに囲まれているようで。自分自身のピースも無数に乱れて自分が確立していないような眩暈すら覚える感覚に包まれて自分が今、起きているのか寝てるのか。まだジルディルの所に居るのか居ないのかすらも区別がつかない。


 ……俺はもう、駄目なんだろうな。


 幾ら肉体は何度も交換出来ても精神と魂はそれが出来ない。それこそが個人の核なのだから、これを交換してしまったら自分ではなくなる。

 でも、何度も繋ぎ直す度にあんなトラウマから生成された悪夢に苦しめられるのだから精神は順調にすり減っていく。……俺はきっと、1番調律チューニング回数が少ない癖に限界を迎えたに違いない。

 そうでなければこんな


「それはティアがオーバーヒートしとる証拠じゃな。」

「おーばー……ひーと。」

「ティアはようけ頑張っとるって事。この所、新しい事だらけじゃったろ? わしら以外と交流して、わしら以外の誰かに勉強教えて、わしら以外の誰かを大事にして、わしら以外の誰かの為にスケジュールを組んで、わしら以外の誰かを護って、わしら以外の誰かの為を考えて、わしら以外の誰かからこんな立派な屋敷を貰って、処理しきれんで。あまりにも慣れなさ過ぎてキャパオーバーしとるだけじゃ。なーんもおかしい事じゃない。」

「……疲れてるのか、俺は。」

「そうじゃ。ようけ頑張ったから、ようけ疲れとる。……極自然な事じゃ。ティア、疲れるのはようけ頑張った証拠。上手くいってるいっとらんは関係ない、ちゃんとティアが頑張っちょる証拠じゃ。こういう時は自分に優しくしたったらええ。」


 自分に……優しく。


 そう言われても、俺には分からない。俺は誰かにも自分にも優しくした事なんてない。ただ嘘を言わず、常に本音で喋るのが俺だ。何も我慢していないはずで、あいつらとの日常も不思議と不快ではないので苦痛でもない。

 大抵の事は原因さえ分かれば何とでも出来るのに、これはどうすれば良いのか碌に分からない。具体的にどうすれば


「……どうしたらええんか分からんのじゃったら、ひたすら眠りゃぁ良い。」

「そんな事で……楽に、なれる?」

「勿論じゃ。そもそも頭が過労でこうなっとるんじゃから、頭の処理能力とその速度が落ち着くまでひたすら休みゃぁええ。……ティアが休むだけの時間ぐらい、わしらが幾らでも覚悟しちゃる。」

「……どう、休めば良い。」


 優しく微笑んだ気配を合図に軽々と抱え上げられ、ベッドの奥に座らせられたかと思えばいつの間にか目の前にミティアラが居る。……そこからは、一切抵抗出来なかった。

 とぷん、と音を立てた薬品らしき液体の入った瓶に口に宛てがわれ、嚥下した後には意識が限界だった。

 吸血鬼にでも血を吸われたように意識が急速に細くなり、全ての感覚を失って勢い良く倒れればさっきまではなかったはずの色んな肌触りの毛布がクッション代わりとなって俺を受け留める。


 ……静かだ。


 いつぶりかも分からない、静けさが内側からも外側からも手を取り合って更に気が緩む。五感ごと意識と記憶が薄れて目を開けられず、まるで病院のベッドの上でモニターに映る心電図が少しずつ、着実に弱くなっているような感覚に近い。

 そのまま最後まで静かに、安らかに白飛びした。

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