第22話 今の俺には、それが出来るから
「てぃ~あちゃぁ~ん♪」
「……………………どけ、サキュバス。」
「そんな事言わないのぉ。貴方の愛しい子達は旦那様が相手してるのぉ、だからティアは私の相手をする義務があるのぉ。」
「そんな物はない。」
その本音とは裏腹に、主導権はどんどんこいつに奪われていく。着実に、確実に。
少し視線を窓の外へやればミティアラの発言通り、中庭では生徒達がジルディルにしごかれているのが見える。別に厳しい訳でもないが優しい訳でもない、俺が何度も屠られてきたそのスタンスで。
でも幸い、俺の教育方法はそこまで問題ではなかったらしい。
どの生徒もジルディルを何度か驚かせる事、感心させる事は叶っているようなのであれはあのままジルディルに任せても問題ないだろう。
元より俺の得意分野は魔法。それこそ今目の前に居るサキュバス師匠はともかく、大半の相手は魔法で黙らせる事が出来る。
「……良いって。」
「ほらぁ、ティアちゃん。こっちも食べて。」
俺達七漣星はほぼ不死身。それ故、先日ここはディアルと陛下の手によって俺達七漣星が“生徒に特別授業を行う為だけの校舎と敷地である”と言う事を公的に認めた。認めさせた。
それに伴い、この敷地内の幾つかには七漣星の軽いリラックス部屋というか。第2の私室のような物が設けられる事も認められる事となり、今現在俺が居るのはこのサキュバス師匠の部屋。……何かとちぐはぐなこの部屋だ。
しばらくここに居るらしいこいつはそれなりに大きな部屋を宛がってもらい、その部屋をパーテーションと結界で区切って2つに分けた。
片方は実験室。無数の棚には所狭しと薬品が納められ、薬品をより効率的に。安全に。大量に量産出来るようにと全て気遣われた上で全ての必要物を配置した。
もう片方は私室。流石に風呂とトイレ、キッチンは共有なのだがデスクだったり。本棚だったり。談話スペースにまぁまぁでかいベッドと突っ込みどころはかなり多い。
一応は俺に気を遣ってくれたのか、少し目線を逸らせば中庭が見える位置のソファに座らせつつ、決して俺の傍から離れようとはしないままに自作のお菓子を食べさせようとするミティアラ。
……うぅ。
「……好きじゃないんだって。」
「そんなに甘くはないようにしたわよぉ?」
「それは……そう、だけど。そもそも、何の為に呼び出したんだよ。」
「誰にも聞かれたくない、内緒の話がしたくて♪ ……ねぇ、ティア。私達の愛しいティア。どうしてティアは……あの子達の先生を引き受けたのぉ?」
……?
「前に話したと思うんだが。」
「私が聞いてるのはぁ~、ティアちゃんの心境のは~な~し! 子供が苦手なのに引き受けたティアの心境が聞きたいのぉ。……貴方の義務感の強さと責任感はちゃぁ~んと知ってるのよぉ。」
優しく頬を撫でる感覚が今日は随分と鬱陶しい。こういう時は大抵、俺も自分で気付かないぐらいにこの話題をされるのが嫌な時だ。別に減る物でもなければ、どうせこいつらなら俺がどれだけ嫌がっても幾らでも自分達が望む情報を得られると分かっているのに。それでも、抵抗してしまう。
現に、あれだけ俺に菓子を進めてきていたミティアラは大人しい。いつまで経っても言葉を出そうとしない俺を怒る訳でもなく、何かを強制する訳でもない。ただ寄り添って、ただ様子を見ているだけだ。
時々はそっと肌を撫でてきているが別にだからといって何かを企んでいる訳ではないのも十分に分かっている。ただ、こいつは俺が精神的に落ち着いたり、俺の中で俺がちゃんと答えを出せるのを待っているだけだ。
現に、こいつは優しく人の頭を撫でたり。ぽん、ぽん、と優しいリズムを刻むだけで突っ込んでは来ない。
「……重ねただけだ。」
「重ねた?」
「……俺の幼い時と、重ねた。自分がやりたい事が出来ないのを環境の所為にしたり、実際に環境の所為だったりして“負けて悔しい”とか、“敵わなくて悔しい”とか、そういう……対抗心じゃなくて“こうしないと自分の命が危ない”って思いながら勉強する環境で生きてるのが、何となく伝わってきたんだよ。」
「…………どうしてそう思ったの?」
「嘘っぽかった。……緊張が伝わってきた。後、期待も。」
「最初にあの子達と会った、貴方の初授業の事?」
「あぁ。……初授業というよりはあの教室に居た生徒全員のやる気を振るいにかけたっていうのが一番正しいだろうけど、その時は羨望と感動、期待みたいな感情が。俺に質問する時には好奇心と探求心が。」
……そして。
「……俺に直談判してきた時は、異常な程の緊張と熱量が。あいつらは本気だって分かった。だから、そのやる気を摘むのは哀れだと思った。」
「……自分はしてもらえなかった事だから、してあげたくなった?」
「………………かもしれないな。まぁでもとにかく、チャンスは平等に与えられるべきだとは思った。俺が今、その立場に居る事も分かってたからそれなら今、あいつらにそれが叶えられるだけの環境を用意出来るのは俺だ。だからしっかりと環境を用意してやって、“後はお前らのやる気次第だ、ちゃんと本気を見せてみるんだな”って。」
「ティアちゃんが思ってるより、それは本当に凄い事なのよぉ?少なくとも、やろうと思って出来る事じゃないのぉ。」
「でも、出来るならそれは義務だ。……しかも、相手は子供だ。大人である以上、子供に正しいあり方を。その背中を見せるのは義務だ。その分、その子供が自分達の思い描く大人の理想像を“それが正しい大人なんだな”と理解してくれれば勝手にあいつらもそういう大人になってくれる。……そしたら、多少世界は綺麗になる。」
「そうねぇ。今の世の中は汚い大人が多いけどぉ、だからといって今の大人が適当に過ごして良い理由にはならないのよぉ。それをちゃんと理解して、改善を試みて、努力してるティアちゃんは本当に凄いのよぉ?」
「……息を吸うように褒めてくるお前らの言葉はあてにならない。」
「もぉ、照れちゃって。」
「それだけは本当にない。」