第21話 問題なのは姿形ではなく、その心と魔力
「……じゃあ授業を始める。」
「せんせ、お疲れ……?」
「大丈夫なん?」
「……一応大丈夫だ、一応。眠いのには変わらんが……まぁ良い。今日は種族について学んでもらう。」
「種族?」
「エルフとか……そんなのか?」
「それはかなり細かい分類だが……まぁ良い。聞いとけ。」
あの阿呆夫婦め……。
何を思ったのかあの夫婦、起床後かなり寝惚けている俺にわざわざ意識を混濁させる魔法を微弱に掛けてかなり長い間俺の意識をはっきりさせる事を許さず、気が付いた時にはミティアラ達によって二度寝をさせられる所だった。あいつらの懐で。
ミティアラの膝枕の中、ジルディルに背中を撫でられている所で弾き飛ばさんばかりに飛び起きた。まぁ、あいつらに当たる訳がないのだが。
何とか何度も報復を行ったのに全て避けられた。……いつか絶対に一発返してやる。
そんな私情はともかく、今はこっちだ。
世界には無数にも近い種族がある。それを分類する為、一応大きな枠組みが幾つかある。その話をしておけばこいつらの事だ、俺が変に課題を用意せずとも帰り道やら窓から視える周りの光景から勝手に見る目を鍛えてくれる事だろう。
「大きな枠組みについてだが、世界の文明的知的生命体は術でこれで分類出来る。人間種、竜種、精霊種、天使種、悪魔種、魚人種、合成獣種、蛇種、昆虫種、妖種、超常種、神格種の12種類が居る。」
「け、結構居るんだが……。」
「す、凄い量やな……。」
「な、何個か知ってるけど……。」
「確か、人間種は人間のみの珍しい分類。竜種は竜人、ドラゴン、竜って結構色々だったよね?」
「まぁ、竜に関する種族は全て竜種に該当する。次の精霊種はエルフ、鬼、ドワーフなどの魔力に長けた者の殆どがここに該当される。天使種は天使に関する全てで、ここには翼のある鳥類の文明的知的使命体も含まれる。次の悪魔種は悪魔に関する全てと、悪魔の翼という特殊な形状や能力を持つ翼を保有する文明的知的生命体もこれに該当される。魚人種は人魚、海月などの海中生命体だ。」
「川は……?」
「……現状、淡水生命体は確認されていない。」
「え、そうなん!?」
「い、意外だな……。」
「仮に淡水生命体が確認出来ればその願いには添えるだろうよ。それで、他に質問は?」
「ない。」
「続き、聞きたい。」
「合成獣種はキマイラなどの合成生命体。蛇種はエキドナや蛇人。昆虫種はまぁ……。……うん。俺もあんまり好きな見た目ではないんだが、その異様な姿故に多種多様な種族から“悍ましい物”として迫害や差別を行われている傾向にはあるんだが、れっきとした種族分類でもある。妖種は妖狐、雪女などの古風な生命体。超常種は世界を壊す事の出来る生命体で、どの種族にも属さない前例のない生命体の総称だ。まぁ、さっき言ったように“世界を壊す事が出来るカテゴライズ不可の生命体”に限るがな。」
「先生だな。」
「師匠の事……?」
「まぁ……そうだな。俺もそれに該当する。」
「流石先生だな!」
「最強やもんなぁ、先生。」
ここで“じゃあ今から世界壊して良いか?”って言ったらどんな反応をするんだろうな、お前らは。
そう言ってしまいたいのは山々なのだが、生憎と俺は七漣星。世界が滅ぶ事は別に良いとして、この帝国が滅ぶ事だけは何が何でも未然に防がなければならない。それが俺達の役目なのだから。
その為、もし仮にその世界とやらの定義にこの帝国が含まれているのであれば俺はそんな軽口も叩けなくなる訳だ。俺自身もそれならいいやとはなるのだが。
この世の中は一切の例外なく、何かを得るにはそれ相応の等価の代償を支払う物。所謂等価交換の法則という物が適用されない物は存在しない。少なくとも、それが万物の1つとして存在している限りはその節理から。その条理から。その因果から外れる事は出来ない。
俺だって今でこそこんなにも力を持っているが、元々はそうではなかった。
そんな事をした所で何も変わらず、何も起きず、何にもならない事は分かり切っているのに廃墟となり。死体だらけの廃村の真ん中で全てに怯え、全てに絶望して泣き喚いて絶叫し、此方に近付かんとする全てを傷付けるだけの脅威その物だった。
それでも、偶然にも運の良かった俺は陛下に拾われた。陛下に、七漣星に拾われ、こんなにも聞き分けが悪い上に乱暴で狂暴な子供なんてさっさと殺した方が楽な事は明白なのに、それでもあいつらは私を育てて。私に知識を与えて。私に力を与えて。私に選択肢をくれた。
そして、その数ある選択肢から今居るこの道を選んだのは他でもない俺だ。だから、その責任を俺が負うのは道理であり、責務であり、必然である。それに俺は背いてはならないし、それに恥じる行いをしてはならない。……少なくとも、怠惰や恣意的に因る物では。
俺だって、最初は踏み潰せば簡単に潰れるような虫みたいな存在だった。でも、俺が悲しんでいる暇がないくらいにあいつらは俺に寄ってきた。
無論、俺だって最初こそはあいつらを殺したいぐらいに憎かった。元よりあの村を滅ぼした戦争の1対はこの国、ネビュレイラハウロ帝国だ。この国が他の何ヵ国かと同時に戦争を行い、その戦争に巻き込まれて俺は独りになった。だから、俺には彼らが恨む権利があった。
そしてそれは、紛れもない陛下に言われた事でもあった。
俺に、彼らを殺す権利があると。彼らを殺す資格があると、陛下はわざわざ膝を折ってまで俺にそう言った。
「貴方には、私達を殺す権利がある。貴方には、私達を殺す資格がある。……でも、ごめんね? それでも私は簡単に死んであげられないの。私にだって、大切な物があるから。」
陛下達は、七漣星は決して優しくはない。優しくはないが、冷たくもない。
それでもあの時の俺にはその言葉を正しく理解する事が出来ず、何度も陛下を殺そうとしては周りに抑えられて。部屋に戻されてはいつものように、怒る訳でもなければ注意する訳でもなく一応は貴賓としての扱いなのだからゆっくり休めと。怪我人である事に違いはないのだから療養に専念しろと、それだけの事を言ってあいつらに飼われるような日常へ戻した。
それを辛く思う事もあった。
一度悪いループに嵌り、そのまま精神を病んだ事もあるにはある。あまりにもこいつらに敵わなくて、あんまりにも簡単にあしらわれてしまって、でも常に何故か自由にされているその状況がとてつもなく気持ち悪かった。だから、気が狂いそうだった。
ある時から俺は部屋から出なくなり、朝食はまだしも昼食の頃に食堂へ顔を出さない俺を心配したのか。それとも脱走を疑ったのかは知らないが、とにかく俺の様子を見に部屋までやってきた陛下がベッドの上で布団に包まって座り込み、はらはらと涙を流しながら怯えている俺を見て全員を部屋に集めた。
その頃には最早全てがどうでも良くなってしまっていて、あいつらに触れられても。近寄られても抵抗する気にはならなかった。声を掛けられても反応する気はなかったし、抱きしめられても。頭を撫でられても何にも響かなかった。
でも、それでも俺が泣き止むまで。俺の声が嗄れても、俺が何を言わずとも、俺が何をせずとも、ずっとはらはらと涙を流すだけの無意味な肉体を持つ人形と化していたのにそれでもあいつらは俺の傍から離れる事はなかった。
それどころか、俺が食事を摂らないからと。俺が泣き止まないからというくだらない理由だけで仕事も全て放棄した。ずっと寄り添って……ずっと温もりを感じさせてくれた。
確か、あれから数週間は高熱と悪夢に蝕まれてベッドから起きれなくなったんだったか。……毎日、交代で常に誰かが居たな。
だから、俺は決して最強ではない。俺は俺よりも強い奴を何人も知っている。それが敵である事も、それが恩人である事も。
俺が何度も死んだ人間である事も。そして何より、俺の動力の根源は好奇心とあいつらを永久に見返し続ける事である事も。
「お前らが知らんだけでこの世界の最強なんて物はもっと居るさ。」
「と言われてもなぁ……。」
「今朝までおったジルディルさんとミティアラさんぐらいやない?」
「あれはただの異常者だっつってんだろ。」
「し、師匠! し、神格種っていうのは……?」
「神格種は神々に使えた、又は仕えているとされる特殊な生命体の事だ。」
「神……? 先生、神とやらは本当に存在するのか?」
ほう?
「では逆に問う、ルシウス。お前は何を以てそれを神と定義する?」
「そ、れは……。全知全能とか?」
「ありきたりだな。」
「うっ。」
「まぁでも神のような力を持つ者は多数居るが、自らを神と自称する者の大半が早死にする。」
それに。
「本当に神とやらが居るなら是非とも戦ってみたいもんだな。」
「「「うわぁ……。」」」 「……言うと思ったわよ。」 「し、師匠ならそう……い、言いますよね。」