第19話 心の波が鳴り響く証明を求めて
「ねぇティア、やっぱり早く魔女にならない?」
「ならないって何度も言ってんだろ、後何回言わせる気だこの変態師匠が……!!」
相変わらずどうなってんだよこいつの筋力は……!!
半ば引き摺られるように、落ち着いて話が出来る場所に期待と言われて連れられてきたいつも俺達が使っている教室。の、教卓の傍にわざわざ魔法で小さくされたソファを展開し、そこに座らされる……と思いきや、押し倒されている。
何ならこいつお手製、というか魔女界では当たり前のように売買されている特殊な魔力絶縁ブレスレットとかいう魔封石よりも遥かに強力な魔封じのブレスレットを両手首に就けられて。何ならそれを外させない為、半ば恋人繋ぎをするような形で頭よりも上の所にある肘置き近くに抑えつけられて動けない。
足は膝を立てられた上で特殊なベルトのような物で拘束されている上、こいつが腹の上に乗っている所為で暴れるに暴れられない。せめてもの抵抗で唯一動かせる尻尾を鞭のようにしならせてこの変態婆の背中を叩き倒しても多少揺れるだけ。
おかしいだろお前……!!
「ジィ”ラ”。」
「無理だって、ミティアラ刀自様だよ? 僕ら七漣星の。それこそ、ジルディル長老に言いなよ。」
「そこのおしどり夫婦の片割れが自分の弟子よりも愛妻の意見を最優先する事は試さなくても分かってっからお前に言ってんだよ。」
「って、言われてるけど。ジルディル長老。」
「キャットファイトに口を出すのは野暮じゃろうて。」
「ほら、無理。」
「努力ぐらいしろやァっ!!」
「……あの先生が遊ばれてるんだが。」
「……マジで玩具やん。」
「せ、せんせ……。」
「はぁ………………。」
「あら、もう抵抗辞めちゃうの? 怒る貴方も可愛いのに。」
「茶化すな。……疲れたんだよ。ほら、どうせいつものだろ。さっさとやれ。」
「良い子ね、ティア。」
……。
いつもであれば「思ってもいない癖に」とは言うが、相手がこいつの場合は。……こいつらは、七漣星やネビュレイラハウロ帝国皇家には売り文句に買い言葉でもそんな事は言えない。こいつがそう思っていない事はわざわざ言わなくても分かってるからだ。
諦めて完全に力を抜き、溜息を吐きながら目を閉じて脱力すれば後はこいつが勝手にする。言動や見た目には全く見合わない、こいつの変な気遣いが。
軽く弾けるような音と共に手と足の拘束具が解放され、流石に腕を上げっぱなしにするのは嫌なので腹の上で手を重ねて指を組む。その傍にこいつが座っておらず、じっと見てくる視線さえなければ俺は安らかに眠れるはずなのに。
労わるように、宥めるように、溶けるように髪を撫でる細くて長い両手。しばらく髪を洗うかのように弄った後、そのまま掌で頬を覆って目の下を親指の腹で撫でたり。普段肩に手を置くように手を添えては鎖骨をなぞったり、下顎から首の根元までをマッサージするように触れたり。肘を覆うように手を添えて腕の肉付きを確認し、最後に脇腹に手を添えてしばらく硬直したかと思えば、今度は心臓に手を添えるように右手が重なって動かない。
「……動いてるよ、ちゃんと。」
「駄目。……私が安心するまでこうしてなさい。」
「はぁ……。」
「親愛なる帝国の守り人にご挨拶申し上げます。全ては敬愛なる女王陛下のご慈悲とご慧眼に心からの感謝を以て。」
「し、親愛なる帝国の守り人にご挨拶申し上げます。全ては敬愛なる女王陛下のご慈悲とご慧眼に心からの感謝を以て。」
「親愛なる帝国の血柱にご挨拶申し上げます。全ては敬愛なる女王陛下のご慈悲とご慧眼に心からの感謝を以て。随分と立派になったもんだなぁ、ディレラ嬢もリアナ嬢も。」
「親愛なる帝国の血柱にご挨拶申し上げます。全ては親愛なる愛妹のご慈悲とご慧眼に心からの感謝を以て。貴方達も、ほんっとうに綺麗になったわねぇ……。ふふ、殿方はそろそろ決まった?」
「と、との、とのが、そ、そんな、わ、私にはか、過分です!」
「興味ありませんわ、そんな物。わたくしは師匠と大師匠達のお役に立てればそれで良いので。」
「とは言っても、血を継ぐ事も貴方達の役目でもあるのよ~?」
「……せめて学生を卒業するまでは気にしなくて良いかと。」
「わ、わわ、私もそ、そう思います!」
「……いつまで人の心臓の上に手を添えて話すつもりだ、変態師匠。」
「私が安心出来るまでって言ったでしょ。」
「はぁ……。」
安心出来るまで、と言いながら俺の全身の魔力について干渉しようとしているのがよく分かる。そして、その悉くが阻まれている事も。
別に俺がそれを望んだ訳ではない。俺がそうする為に何らかの魔法を組んだ訳でもなく、ただ師匠の魔力が弾かれている。―――俺の魔力が師匠の魔力よりも多いからだ。
世の中には魔法耐性という物が存在する。それを高める為には自らの保有する魔力を向上させ、此方に干渉せんとする相手よりも多い魔力量を保有する事で相手はその対象に干渉する事が出来なくなり。逆に、これまで干渉されていた側が相手に干渉し返す事が出来る。
つまり、師匠が安心出来る時はいつまで経っても訪れないという事。
仮にも、俺の魔力は龍脈から無尽蔵に流れてまた龍脈に還っていく。循環を繰り返して俺という器に溜められる魔力量を順調に増やしつつ、常に最大量の魔力を俺の意思で自由に行使する事が出来る。
もうあんたが魔力を介して俺の健康状態やら体の状態を把握出来る時代は終わったんだよ。
「……何となく察してんだろ、ミティアラ師匠。」
「…………貴方も、大きくなったわねぇ。」
「俺は体の成長は止めても心と自分磨きの成長を止めたつもりはないし、これからも絶対にしない。」
「……そう。そっか。なら、もう“あんな事”はしないわね?」
「……………………その必要性がなければ。」
「……。」
「……そう。腑に落ちないけど、今はそれで納得してあげるわ。」
そっと上から退いてくれたのを良い事に、すっ、と体を起こしてもこいつが俺を逃がすなんてありえない。今度は俺を隣に座らせて人の肩を抱きながら頭を撫でて。近くにずっと立っていたジルディルですらも俺の隣に座り、そっと剣士らしい傷だらけの手で握っては優しく手の甲を撫でてくるのだから本当に調子が狂う。
それに安らぎを覚えてしまう自分が、本当に嫌だ。
「……お2人は先生のお母様とお父様なんですか?」
「違う。」
「えぇ、残念ならそうではないのよねぇ。改めまして、私はミティアラ・ポラリス。こっちは私の素晴らしい自慢の旦那様、ジルディル・ポラリス。私はジルディルと結婚する為に皇族から除名された身なのよぉ~。」
「じょ、除名って……え、皇族って事!?」
「……旧名ミティアラ・メルギア=シェルティア。た、確か現女王陛下の姉君に当たる人なん、じゃ……?」
「えぇ、よく勉強してるわねぇ。普段は妹のアルディエに国を任せつつ、私はジルディルと共に世界中を旅しては遠征外交補佐を務めているのよねぇ。……どうしても当時、第3貴族だったジルディルと結婚したくて身分を捨てたの。そんな物よりもこの人が欲しくて、でもただ手に入れるだけじゃ気に入らなくて旦那様にしたの。」
「その強欲はしっかり皇族その物だろうが。」
「わしはジルディル・ポラリス。まぁ愛妻が言った通り、元々第3貴族だったんだが……身分を落としてまでわしを愛してくれた愛妻に。そして、わしらの仲を快く受け入れてくださった皇家にこれまで以上の忠誠と服従を近い、七漣星に入り、入籍後も国家に尽くす事でその慈悲深さと寛大さに報いる事にした。」
「入籍まですんなら子供も作っちまえば良かったのに。」
「やぁねぇ、私達七漣星からしてみればティア以上に愛しい愛娘は居ないわよぉ。」
「そうそう。わざわざこさえんでもお前がおるから。」
「……求めてねぇっつ~の。」
「いっつも危なっかしいし、帰ってくる度に大怪我ばっかりしてるこの子がついぞ完全に人を辞めたって聞いた時には肝を冷やしたけど……前より元気そうで安心したのよぉ~?」
「……それは勝手にしてろ。」
「またお前の話をわしらに聞かせてくれ、ティア。」
「最後に会ったのは随分と前だし……。これでもたっくさんのお土産話を持ってきたのよぉ? ティアの地元話も聞かせてちょうだいな。」
「んだよ地元話って。そんな言葉はねぇっての。」
……………………………………………………………………………………………………。
「………………俺と話す前に血縁のとこ行ってこい。陛下と、他の七漣星のとこに。」
「じゃあ、終わったらティアと一緒に過ごしても良いって事ねぇ?」
「今日は仲良く酒でも飲みながら朝まで喋らんか?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ちょっとだけだからな。」
〔……見れば見る程親子なんだが。〕
〔あの先生がて、照れてる……! うわ、心臓が……!〕
〔……僕、鼻血出そう。〕
〔はぁ~……。これだから男って。貴方達の所為で空気が台無しよ。〕
〔で、でもでも、師匠……幸せそうで良かったね。〕
〔……そうね。今日ぐらいはゆっくりしてほしいわね。〕
〔うん!〕
「僕がとことん空気なんだよな~……。というか、2人の事散々言ってるけどティアも当事者だからね?」
俺だって300年ぶりに帰ってきたらそれなりに嬉しいに決まってんだろ、俺を何だと思ってんだ。