第17話 極地に佇む事実は真実の鱗片
「今日は燐獣と異種族の違いについて学んでもらう。」
「燐獣と異種族の違いぃ?」
「あぁ。」
「でも……確かに、言われてみればちょっと難しいかも。」
「まぁ……何となく直感で分からなくはないが難しいと言えば難しいな。」
「前に会った、ルールゥ先生のとこの深影の銀眼とかは割と怪しいけど。」
「う、うん……。」
「そういえば、私達も習った事なかったわね。」
「う、うん。な、ないよ。」
そりゃそうだろ、お前らは四大大公家なんだから。
悲しいと表現してそれが正しいのかどうかは危ういが、そもそもとしてディールとリシェラは四大大公家の御息女。そして、次期当主候補でもある。
元より彼女らの属する四大大公家というのは俺達七漣星と同じくここ、ネビュレイラハウロ帝国に心血を注ぎ。その血統を捧げ。何らかの事情で跡継ぎが居なくなって家門が没落するまで永久に続く忠誠と服従をネビュレイラハウロ帝国皇家たるメルギア=シェルティア家に捧げた身。彼らは全霊を懸け、この帝国と皇家に尽くさなければならない。
それ故、幼い頃から彼女らに自由はあまりなかった。
無論、それが勉学に関係のある事。又はいつか当主になるかもしれない、当主になれずともこれからの大公家を支え、護っていく身なのだからとそれに少しでも役立てる物であれば一族全てがそれを許容し、支援し、支えてきた事だろう。
でもそれは逆に言えば、自分達のアプローチ次第では“これからに必要な事”と理解してもらえ、自分達の為に自分達のやりたい事を出来たという事でもある。
幼い頃から相手を騙す事に、その気にさせる事に慣れてるお前らにそろそろ見抜く力をやらんとなぁ。
「結論から言えば、精霊達にとって異種族や人間達の存在する世界、魔法界と呼ばれるこの世界の出身か否か。そして、人としての権利があるかどうかだ。」
「……え、極論過ぎん?」
「法律の条文と見比べたらどうだ?」
「はい、確かに元から極論でした。」
「でも先生、それだとあんまり分からないんだが。」
「そうね。もっと分かり易いのはないの?」
「……魔力がなければ姿を、それこそ質量を持つ事が出来ないとか。食事や睡眠が必要か否か。アンデッド種なども食事や睡眠が不要ではあるがあれも食べられない訳ではないからな。」
「余計に分からなくなったんだが。」
「じゃあ先生、燐獣達はどうなん?」
「口にする事も叶わんな、大半は。」
「大半は?」
「まぁ、厳密には燐獣も食事をする事は出来る。不要ではあるが……あいつらの食事は特殊でな。お前ら人間が喰う食事とあいつらの食事は魔力濃度が違う。」
「魔力濃度が変わると、そんなに違うんですか……?」
「違う。お前らが普段口にする物はそれなりに平均的というか、体に害のない範囲での魔力が含まれている。」
「野菜とかやと成長過程で大地の魔力を吸って、魚とかやとプランクトンとか自分よりも弱い生き物が持つ魔力を喰うからって事やんな?」
「あぁ。但し、元が魔力で出来てる燐獣という生物は体の9割が魔力。そして彼らの心臓に当たる燐核と呼ばれる場所はそれこそ膨大な魔力量が含まれており、仮に肉体が滅びる前に燐核が外気に触れると爆発する。」
「「「「「え。」」」」」
「個体差にもよるが……まぁ、ルシウスの終命の軌嶺とかだとこの国の都市1つを吹っ飛ばす事は出来るだろうな。帝都は無理だが。」
「あまりにも火力があり過ぎないか!?」
「自覚しろ、お前らはそういう存在と契約をしたんだ。だから言っただろう、とんでもない事をしやがったと。」
素晴らしい成果ではあるんだがなぁ。
今回は教育の為、とこんな言い方をしたが実際の話をすれば燐獣が爆発するなんて事態はそう簡単に起きる物ではない。当たり前だろう、普通に考えて何をどうやれば心臓が止まる前にその心臓を覆う肉体が消える事がどれだけ難しいのか。
実際、俺がこの国に属して半永久的な命を得てからというもの、そういう事態が起きたという話は勿論の事。そんな現場に立ち会った事もない。
まぁ、都市ごと吹っ飛んでるんだから目撃者もさよならしてるだろと言われてしまえば返す言葉もないのだが。
それでも物が吹っ飛ぶのだから吹っ飛んだ痕跡ぐらいは目に見える。勿論その報告は七漣星にまで上がってくるし、事後だった……というか事後しかないだろうが、その場合は本当に燐獣が爆発した事による爆発なのかそれとも別の要因による物なのかの確認を取らなければならない。
されて困る事は多少誇張した方が良いだろう。特に、こいつらみたいな好奇心旺盛なガキが相手なら。
「話を戻すが、燐獣ってのは食材に含まれる魔力保有量が多くなければならなくてな。今俺達が居る世界で燐獣の健康状態を崩さない程度に、燐核に被害を及ぼさない程度に丁度良い食材を用意するのはかなりの手間がかかる。それでもまぁやる奴も居るには居るがかなり限られている上、非常に高価な物ばかりでな。その上数も少ない。……お前らが何を想像してるのか知らんが、ペットみたいに毎食あいつらの食事を用意する事は物理的に不可能だ。」
「そん、な言い方……。……っ。」
「……先生。先生の事だから元の性格もあるんだろうが、なるべく非道な言い方をして俺達の記憶に焼き付けてようとしているであろう事は分かってる。元々先生は俺達の先生をしたがらなかったのに俺達が無理を言ったぐらいだ、多少の……。いや、かなり嫌味を含めてはいると思う。」
「はは、分かってるじゃねぇか。」
「実際、良い思い出よりも嫌な思い出の方が記憶に残り易いといった話も聞いた事がある。先生ならそれぐらい知ってておかしくないとは思うが……それでも先生、これだけは言わせてくれ。」
「ほう、何だ?」
「俺達は先生が思ってる程、物分かりが悪い訳じゃないぞ。」
……言うようになったもんだなぁ。
確かに、平常時の話をするのであればその通りだろう。こいつらはまだまだ子供の癖に1を教えれば3か5ぐらいは平気で学ぶ。
そんなこいつらをガキと呼ぶには優秀過ぎるぐらいではあるが、如何せん性格面がガキ過ぎる。
お前らの場合、正しくは物分かりじゃなくて理解が早いだけだがな。お前ら、俺の忠告を無視して突っ走る事多い癖によくもまぁ物分かりが良いなどと見栄を張れたもんだな、このクソガキ共が。
「生意気。」
「言いたい事は言いたい性分なんだ。」
「なら不相応だな。身の程を弁えるべきだ。」
「……ちゃんと言い分を聞いてくれる相手にしかしないさ。」
「へぇ、そうかい。」
そう言って馬鹿な方向に走る阿呆を見飽きてるんだよ、俺は。
人に期待する事はとうの昔に疲れ切ってしまった。どうせ、どいつもこいつも吐き出すのは噓の言葉ばかりだ。
それか、無神経な言葉のみ。
実のある言葉を全く他人の口から聞く事なんてそう多くない。大半が感情に任せて吐き出した言葉や考えなしに吐き出された言葉ばかりでそれが我が身を救う事なんて滅多になく、あるのは理不尽に突き立てては満足していくまともなふりをした屑共の言葉ばかり。
期待すれば期待した分だけ絶望し、信じれば信した分だけ傷を作る。それなら最初から全てを遮断してしまえば良いと考えたあの時から、陛下に初めて俺がやった我儘を言い放ったあの時から俺は誰かに期待する事を諦めた。
俺がお前らやディアル達と表面上仲良く見えるようにやってんのは全部それが陛下が望んだからで、その責務が俺にあるからに過ぎない。……少し喋った程度で仲良しこよしのお前らみたいな平和な世界では生きてきてねぇんだよ。
「せんせ、じゃあ……質問。」
「何だ。」
「だったら≪それは永久の安らぎだった≫達は普段、どうしてるの?」
「向こうで喰ってる。」
「終命の軌嶺が人間を食べるって話は?」
「そんなの、人間は微量の魔力を含む野菜を燃料に自分の体に合った魔力を勝手に生成するから抜群に美味いからに決まってるだろ。何ならこの世界で唯一あいつら燐獣の口に合う食材とも言える。」
「……だから、一部の種族には自分達の同族を燐獣に食べさせる文化があるの?」
「まぁ、その通りの時もあるだろうな。ただそれが決して全てではなくてな、何も知らずにただただ同族を合法的に殺して、それが偶然神様と己を偽っていた燐獣達に好かれて恩恵を得て。“これが正しいんだ”と勘違いした阿呆が生贄の文化をそのまま繰り返し続けたってのもあるがな。」
所詮、歴史も他人もそんなもんだろうよ。