第10話 全ては己を知る事から
「さて……と。」
「ティア、勉強も良いが休息はちゃんと摂るように。」
「分かってる分かってる、ちゃんと分かってるって。」
まぁ、俺が時間という概念を忘れない限りにはなるが。
ただ面白い話、俺専用というか。ディアルからも俺が管理するように預けられ、任せられているあの特殊校舎なんて物があるにも関わらず、俺が夕方以降の。他の授業が全て終わった後にしかやらないという契約は今も健在している。
それで本当にあの校舎を特定の人物しか利用出来ないようにしてしまって良いのかを問うた事があるが……向こうとしてはそもそもとして国家を護る立場にある俺をこの学校の非常勤教師として勤務させる事に多少の負い目はあるんだそう。
それに続いてあの校舎一帯を用意したのが陛下ともあってそこまで強く出られないそう。なら代わりに幾らでも言ってやるがと言ってやったのにあいつは直ぐに手を引いた。随分と器の小さい男だ。
まぁそんな理由もある事から、仮に俺がこのまま徹夜で研究やら勉強をした所で明日の朝になってから夕方まで寝るなんて事でも十分問題はない訳だ。仮に俺が遅れたとしてもその時はジーラに任せれば良い。
何だかんだ言って、俺の周りでは。七漣星の過半数にとって俺の生徒達はそれなりに高評価を貰っているらしく、この前のちょっとした飲み会では是非とも帝国軍に入隊してほしいという声も幾つか上がっていた。
正直、俺は容認したくない。
折角平和な壁の中で、外は戦争だが中は平和を常に築けているこの国で生まれる事が出来たのだからこのまま平和という微温湯に浸かって生き恥を晒しながら生きていれば良いと思わなくもない。
そしたらそのうち、必然的にゲシュタルト崩壊が起きる。
普通に考えてみれば良い、軍隊が護るのは何なのか。何故彼らがそれを護っているのかを。
一般的な返答としては国民と答えるだろう、国民が。
軍事的な回答としては国家と答えるだろう、軍人が。
政治的な回答としては国力と答えるだろう、臣下が。
―――結局、そういうもんだ。
意外にも、はっきりしているようではっきりしていないのが軍隊の必要定義。軍隊達が戦う相手は“敵”、と簡単に答える癖して彼らが護る物というのは人によってかなり違う。
その点、俺の個人的な回答を上げるのであれば財産となる。これまた含意の広い言葉だ。
財産といっても、生憎と俺は財布的な意味での財産にはそこまで興味はない。勿論ないよりはある方が良いだろうが、金なんて物に執着したその時から人は人でなくなる。
そうだろう、人が金に執着する事と獣が肉に執着する事の何が違うのか。手段が目的となってしまっている時点でそれの知能は殆ど証明出来た物といって過言ではない。
そもそもの話、何らかの形を持つ有形の物に執着する人物というのがまともだった試しはなく、そして本来人が生きるのに必要性の低い物に執着した物は中身が腐るのが早い。
例えば権力や力。こんな物は争いの元であって、幸せの根源にはならない。仮にそれが幸せだったとしても、元々幸せの概念を構成しない物を幸せの概念の1つとしようとしている時点で何処からか綻びが生まれる。
良い例が領主や貴族。
彼らが本当に街や領地の事を想いながら自分達も金持ちになるのなら良いだろう。しかし、そういう風に考えられる者達は金や権力ではなく人を大事にする。聖君だと民達に心の底から尊敬されるような、そんな者でなければそんな現実は降ってこない。
しかし、実際の領主や貴族というのは中身が腐っている事が多い。それはどれもこれも、誰かから搾取する事を覚えて自分達が何の努力もしない怠慢と怠惰と傲慢である事が殆どを占める。
陛下から折角ある程度の信用を得て国の一部を“任せてもらっている”立場である癖に、その立場を利用して民衆から金を巻き上げて領地を瘦せさせ、苦しめて腐らせる。それが自分達の首が飛ぶ事に直結するであろう事をまともに考えられない家畜も居るという訳だ。
自分で自分達の生活費も稼げない癖に、人の金で飯を食う豚に。
本来、俺の役目はそういう奴らの現場を抑えてそのままその場で粛清する事。それを見せしめとし、逆に何らかの貢献を国家に行った場合には褒美を俺や俺の管理する部隊が与える。つまり、俺と俺の部隊の役目は国家の飴と鞭という訳だ。
そんな俺をどうにか騙したり、どうにか利用しようとする阿呆が一定数居るのだから本当に笑える。
俺が知らないと思ってる方がおかしいってのに。
「それが、例の?」
「あぁ。煌星の夜想曲の資料だ。」
前々から我らが七漣星の魔導図書館、ギルガに頼んでおいた俺のルーツたる煌星の夜想曲に関するあらゆる資料。それの第1弾がようやっと届いた。
第1弾というのも、今の所は水面にちょっと網を垂らして表面上を掬った程度の情報しかこの手元にないからというのが一番大きい。逆に言えば、それぐらいに古い歴史と膨大な資料が存在しているはずの一族であるという証明にもなる。
実際、今尚俺の我儘を聞いてくれているギルガ曰く、この煌星の夜想曲は不気味なぐらいに探れば探るだけ膨大な情報量を得られるんだそう。その観点からギルガ個人の知的好奇心も盛大に刺激したそうで、今では前のめりになる勢いで研究と資料の収集を行ってくれている。
但し、俺とギルガではこの煌星の夜想曲に関する情報で何を重要視しているのかはかなり異なる。
「……この中に、これまで以上に俺が強くなる為の何かがあるかもしれない。」
俺が煌星の夜想曲に求めるは彼ら特有の能力に関する全て。身体的な物、魔法的な物、精霊的な物、それら全て。
少なくとも彼らに関する事で1つ分かっているのは、彼ら独特の精霊術で夜煌の祈り唄と言う物が存在しているという事。
それは夜煌の雫という煌星の夜想曲のみがコンタクトを取れる特殊な精霊達だそうで、彼らとは深い関わりがあるらしい。
幸いにも俺は生まれた時からこの力が使えたというか、特に祝詞もなく行えていた。だからこそわざわざ詠唱しなければ魔法を行使出来ない周りが不思議でならず、随分と非効率な生き方をしているなと思いながら観察していたのはかなり昔の事だというのに、昨日の事のように新しい。
結局、固定概念は恐ろしいって事なんだろうな。
「星天術。……悠叡。」
「早速収穫か?」
「あぁ……。煌星の夜想曲でもかなり昔の話になるらしいが、優れた調和者は星と天の力を扱う信頼の術とかいう星天術。煌星の夜想曲にだけ許された時と命、ベクトルを扱う魔法によく似た物である悠叡とやらがあったらしい。」
「まるで神か何かだ。」
「だ、な……。でも、彼らにとっても大昔って事はそれだけ行使出来るだけの実力者が少なかったって事……だよ、な。」
「だろうな。……そして、もしかするとそれが可能かもしれない者が今になってようやっと現れた訳だ。」
「茶化さないでくれ……。」