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夜に煌めく炉は蒼銀で  作者: 夜櫻 雅織
第二章:一年生第二学期 ご無沙汰、我が家
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第4話 歴史は意外にも身近な所に

 “今日から本格的な二学期を始めます”、か。俺も随分と教師に染まったもんだ。


 ネビュレイラハウロ帝国七漣星が1人、グレイブ・ブラッディル=ルティア。一度戦場に出ればたった一撃で敵軍の大半を抉るとすら恐れられる大量虐殺者が呑気に戦争や俺でなければ対応出来ない仕事以外では何故かそんな人格破綻者に懐いている無辜で純白なる学徒の勉学を見ているなど世も末だ。

 少なくとも、俺が親なら絶対に受け入れない。そんな奴から教えられる事なんてまともな訳がないというのに、最近の親の価値観に対する評価は大きく変えなければならないらしい。

 最初こそは俺だけだったというのに今ではジーラも首を突っ込み、わざわざ俺が授業をする為だけに建てられた校舎とその為に用意された敷地まである。……まぁ、これがなければ出来ない授業もあるにはあるし、人目を気にしなくて良いというのは助かる。

 しかし、それはそれだけ俺の不透明さを助長するだけなのでやはり良くないのではと考えたりする訳だが……。


 こいつらに話しても無駄だろうな。


「はぁ……。」

「先生、人の顔見て溜息は大分酷いと思うで。」

「せんせ、疲れてる……?」

「……考えてみたら、こっちに帰ってきて直ぐに二学期だものね。師匠、言ってくれたら幾らでも自習してるわよ?」

「し、師匠の方が、じゅ、授業よりも大事ですから!」

「先生、今回はどんな授業するんだ?」

「5分の2は鍛冶場の炉に突っ込んでインゴットになるまで金床の上で叩いても良さそうだな。来い、魔法でお前ららしい鉱石に変えてやる。」

「た、体調が悪いなら気が済むまで休んだ方が良いと思うぞ!」

「せ、せやな! 先生、何か欲しいもんある?」

「少なくともお前らに用意出来るもんじゃないな。」


 本当、少しぐらい怯えるぐらいが普通なんだがなぁ……。


「……まぁ、良いか。今日は季節ごとのイベントの話だったが……確か、聖嶺祭、精霊祭、鎮魂祭の話はしたか。じゃあ別に良いか。」

「……私聞いてない。」

「……わ、私、も。師匠、駄目?」

「まぁ……良いけど。」

「本当!?」

「あぁ。変に自習にするのもあれだろうからな。最初は……聖嶺祭か。3月にある方は燐獣の為の祭り。とはいっても元々はちゃんとした祭事だった。」

「さい、じ……?」

「儀式とかの事だな。」

「どんな儀式だったの?」

「生贄。」

「「「「「―――え。」」」」」


 まぁ、そうなるわな。


 考えてみれば、子供というのはいつの時代も新しい物にばかり目が行き易い。勿論、昔ながらの物に興味を持つ者も居るだろうがその数はそれなりに限られており、実際にこの5人のだけでも歴史に興味があるのはセディルズだけ。近しい知識欲の塊たるリシェラでさえ、魔法全般や農業全般に興味が行っているので歴史に興味があるとは言い難い。正しくはサブ程度だろうか。

 だが歴史なんて蓋を開けてみればこんな物。ちゃんと格式ばった物が残っている物程、大抵がこうやって命を軽んじていたり。又は、命を代償に何かを得ようとする事が殆ど。

 それも、興味を持つ者が薄れてこのざまだ。


 そう考えると俺が授業をする意味はある、か。


「小さな村や人里離れた村ではよくあるだろう、未だに残る神様とやらへの信仰と雨乞いと称して人を大穴に投げ捨てて殺しを正当化するような儀式。かなり昔過ぎて最早名前は残っていないが、燐獣に関連のある聖嶺祭というのは自分達の住む世界とは違う世界に住みながらも自分達に恩恵をもたらす存在として神聖視され、その恩恵を継続して得る為に生贄を捧げる文化はなかなか途切れなかった。」

「じゃあ……何で途切れたの?」

「ある時、神を自称する燐獣は言った。“何故(なにゆえ)、人は人を捧げるのか” と。人間が燐獣について疎いのと同時に、彼ら燐獣もまた人間に疎い。そんな彼らは同族を当たり前のように差し出してくる人間に嫌悪感を覚えていた。生涯というのは、同胞を護り支えながらも日々を重ね、そして少しずつその長い旅に耐えられなくなった者達が削れていく物。決して自ら同胞を削って生きる物ではないというのに、何故人は人を殺す事に躊躇いはないのかと。」

「……確かに。言われてみたら、燐獣的には自分の仲間を売る事で自分達の生活を守ろうとしてるようなもんやもんな。そうやって当たり前のように誰かを裏切るような奴らに神聖視されても迷惑なんか。」

「……僕も、仲間を大事に出来ない奴に好かれたくない。」

「そういう事だ。あいつらはそんな事を当たり前のように、平気で、そしてそれが当然だと思い込んでいる人間を嫌悪した。ただ、当たり前過ぎて自分達では気付けない事を悟ったから直接言葉をぶつけた訳だ。人間なんぞ渡されても迷惑だと。燐獣達の世界、輪廻零界では息すらまともに出来ず、直ぐに窒息死する人間なんぞを喰うよりも魔力を喰う方が美味い。労働力にもならず、供物にもならず、ただただ勝手に死んでその死体を処理しなければならない燐獣にとっては迷惑にしかならない。……独善。相手に何が欲しいのかを聞く訳でもなく、ただ “これは相手の為になるだろう” なんて勝手な思い込みで余計な事をした訳だ。愚かにも神を自称する燐獣の嫌悪を露わにし、問いに答える事すら出来なかった人は反省し、花を捧げたり。料理を捧げたり。酒を捧げたりするようになった。中には人々の営みを見たがる者や子供達と遊びたがる者と多岐に渡り、結果祭りという形に落ち着いた。以降は燐獣達の何体かは人間に化けて此方へ来ては祭りを楽しみ。儀式から祭りに変わった訳だ。」

「そんな歴史が……。」

「じゃあ師匠、4月にある精霊の為の晶澪祭は?」

「元々精霊は霊、と書くように飲み食いは出来ない物だと考えられててな。魔力を含んだ装飾品や芸術品を祭壇に置いたり。その年取れた作物を見せて報告する事が目的だ。燐獣とは話が違うんだよ。」

「な、何でそこまで違うんだ……。」

「ルシウスと契約してる終命の軌嶺はその人間を好んで食う変わり者だったと思うんだがな。」

「あ~……。……たし、かに。言われてみれば。」


 そんな奴がこんな若造にしばらくの時を預けるのは異常過ぎるんだがな。


「次、鎮魂祭。別称 鎮魂の(レクイエム・)夜想曲(ノクターン)と言われている訳だが……こっちも元は儀式だ。」

「わ、悪い意味の?」

「いや、悲しい意味の。……この習慣が出来たのは人間が当たり前のように戦争をし始めた頃の事でな。死者を弔っている時に争いを行うのは今も昔もご法度。それ故、遠方の遠い国や敵にでも今が葬儀中だと分かるように空へ飛ばす星灯籠。生物の大半は体の8割近くが水で出来ている事や大いなる流れを模しているとされている河に流す事で来世は少しでも恵まれ、報われるようにという願いを込めて魂を運ぶ為の船である鏡灯籠。そして、葬儀を行っている区画を知らせる為の儚灯籠。これが後に風を伴って遠い地に行けるようにと星灯籠。川に流す理由は変わらず鏡灯籠。そして、送り出した者達を見て悪しき者が来ないようにと自分達の家を結界のように囲う儚灯籠としての文化が残った。それが、今の鎮魂祭だ。」

「ちゃんと一部残ってる奴もあるんやな……。」

「一部しか残らない辺り、人間の歴史の記録の下手さ加減が伺えるんだがな。次は……夜煌晩か。生憎、夜煌晩は昔の月見の呼び方というだけで別に何かをする訳ではない。……まぁでも昔から月は真実を映し、真実を見守る存在とされている。それ故、いつ何処に居ようとも、何処から見る月も移ろわず。色褪せず。そして何より、偽られる事などありえないといった……。……まぁ、幅広く使われる遠くに居る仲間を想う日みたいなもんだった。一部の地方では夜煌晩の綺麗な満月の夜、空も晴れ渡っている時に告白をすれば祝されるとは聞くが……まぁ、実例は知らん。」

「め、珍しく平和、で……綺麗な風習もあるんですね。」

「まぁ物によっては、だな。中には解釈で平和に見える場合もある。最後が夜煌晩か。これが一番お前らに関係があるだろうな。」

「と言うと?」

「夜煌祭は昔ながらの歴史はない。ただ、それでも歴史らしい物はあってな。史実に魔法学校なる物が出来始めた頃に出来た、立派な学校行事の歴史の中で最も古い物。これだけ魔法技術や魔法研究、魔法に関する事柄が発展した現代では学生同士のやる気という意味でも。学校の箔付けという意味でも。……そして、大陸同士の牽制の意味でも大いに役立っている。」


 知らず知らずのうちに子供を利用し、自分達の威を強くする。大人の汚い所だな。


「何で大陸同士の牽制にまで話が飛ぶんだ?」

「優秀な魔法師、魔導士、魔術師というのは何処に行っても重宝される。そんな若い種に芽吹かせる事の出来る国というのはそれだけで戦火に沈める利益がなくなるからな、どの国も戦争を吹っかけにくくなる上、仮に戦争が起きたとしても一時的な戦力として戦争に出す事も出来る。お前らが何処まで壁の向こうの世界の事を知っているのか知らんが……今、世界中では大陸ごとに魔力の枯渇や資源の枯渇で大きく揉めている。そういう意味でも戦争の火種は沢山あるからこそ、この国にもあれだけ巨大な壁が必要なんだよ。」


 まるで巨人の行く手を阻むような、あまりにも巨大な壁が。


 巨竜壁(きょりゅうへき)。世界中、何処の国でも街を囲う壁は全て巨竜壁と言われ、元々は巨大な竜が過酷な環境で生き残る為、天変地異や突然の奇襲から身を護る為に伝えたとされている。

 あくまでこれは伝承。神話的な記録が残っていれど、あまりにも非現実的な事から伝承として伝えられてあまり信じられていない。



 世界は今、混乱の最中にある。



 これまで当たり前のように採れていた鉱石達はつるはしを通さなくなり。これまで当たり前のように喉を潤してくれていた川は汚染され。場合によってはその水が流れ込んだ事で、農作物ですらも死に絶えてしまった大陸というのは世界に幾つかある。

 大半は不気味だどうだと言って距離を取るが、我等が陛下はそうなされなかった。率先してそんな国々に格安で物資を取引してやる事で、自然な形で良好な関係を得て同盟まで組んでいる。

 このお陰で戦争が起きたとしても協力を得られる上、何かしらの研究にも彼らの力を借りられる事になる。これは非常に大きな利点だろう。


 実際、この国もあの巨竜壁に護られてるんだがな。


 我々が居るこの大陸は長年謎の森林化が進んでいる。

 その為、検問で区切られてこの帝都の周りに50程のここよりも小さな街が築かれ、その全てを巨竜壁が囲ってはいるが一番外周にある街を抜ければ世界は全て深い森。子供が行けば必ず迷って二度と戻ってこないとまで言われており、幾ら他の国との道が整備されていてもたかが知れている。

 それもあり、大抵のネビュレイラハウロ帝国民はこの国内で生まれ、生活し、死んでいく。それか、巨竜壁で護られた国は何処からでも見つけられるので高い金を払って空の旅をするかの何方かに限られる。


 お陰で樹には困ってないんだけどな。燃料にも。


「だが夜煌祭はお前達にとって重要な行事である事も確かだ。同じ大陸内に存在する全ての魔法学校の生徒達が集い、その実力を競う大会のような物。これによってスカウトされたりして卒業までまだまだ時間がある状況下でも就職先が決まる可能性ですらもある。真面目に取り組むんだな。」

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