第131話 それはまるで呼び水の如く
燦燦と輝く太陽の元、その光を浴びてキラキラと輝く海面はあまりにも眩しい。その上、雲1つないこの晴天は基本的に夜に活動する事の多い俺にとってはかなりの脅威となっている。言った所で仕方ないのかもしれないが。
相変わらず飽きもせず、肌が荒れるだけの海水でじゃれているガキ共を眺めつつ。随分と長電話をしているらしいジーラが全く姿を現さない辺り、なかなか重要な案件か。場合によっては、まだ日にちこそ経っていないが調律システム改良版の何らかの報告があるのかもしれない。
それなら俺にも聞かせてくれても良いんじゃないかとは思うが……まぁその辺り、変な気遣いをしている可能性は大いにあるが。
日陰にあるビーチソファにてくつろぐ中、数十m先に確認出来た水面近くの黒く大きな影。
最初こそは1つだった物の、2個3個と現れては潜水し。また顔を出すという行動を繰り返している。
「……やっぱそうだよな。」
「せんせ。」
「どうした、セディルズ。お前も2人のようにはしゃいでこなくて良いのか。」
「僕はちょっと疲れちゃったから。」
「そう。」
「ずっと海の遠くの方を見てるけど……何か居るの?」
「……。」
「せんせ?」
あー……確信持ったか。
「見つかった。」
「み、見つかった?」
セディルズの次の言葉を遮るように、この島を取り囲むように随分と大きな水柱が幾つも上がり。それに伴って発生した虹と共に海面から大きな水飛沫と共にその巨体が日光の下に晒される。
体の大きな人魚達が何ともまぁ綺麗な笑顔を称えながら。これは俺が言える事ではないかもしれないが、相変わらず最後に会った時から何も変わらない姿で顔を出しては驚いたルシウス達がこっちへ逃げてくる。
まぁ、やっぱり来るよなぁ。
「ティア~!」
「相変わらず元気だなぁお前は。」
「……あれ? でもティア、匂いは変わんないのに魔力と姿、すっごく変わってるね。どうしたの?」
「人間と大分掛け離れたような……。まぁでもどんな姿をしていようとティアはティアだから。」
「はいはい。」
「それにしてもティア、相変わらず目の下の隈が消えないね。」
「消えてほしいとは思ってるし、睡眠もしっかりと取ってるはずなんだがな。……それと、そんなに見つめても俺はこれ以上海に近付かんからな。」
「えぇえ~……。」
「せ、先生。彼らは……信用出来るのか?」
「あぁ。こいつらはお前達が会いたがっていた海の精霊だからな。」
「子供……? ねぇティア、この子達は?」
「俺の生徒。」
「え、あの人間嫌いのティアが、生徒? 生徒ってな、何?」
「ん、ぁあ。学校のだよ。」
「学校の先生してるの!?」
「非常勤だし俺が受け持ってるのはこいつらだけだがな。」
「それでも凄い事だよ! ……ふふ、そっかぁ。」
「……何だよ。」
「ううん、気にしないで。それよりもさ、ティア。一緒に泳ごう?」
「嫌だって言ってるだろうが……。」
「……鮫の件なら、ごめんね。」
「……別に怒ってる訳でも気にしてる訳でもないんだ。それよりもあの2匹も呼んでくれないか?」
「……うん、分かった。」
ただ単に俺が臆病者なだけだから忘れろと言ったはずなんだがな。
結果、今ここに顔を出したのは人魚の精霊。珊瑚礁の精霊。海月の精霊。そして最後に、海洋の精霊までもが顔を出した。
世間一般的に外洋と呼べるこの場所に出てくる精霊は基本的に体がでかい。それもこれも、かなりの外洋であるのも相まって自分達を害する存在が少ない事や俺達のような漁をする文明的生命体の往来が少ない事。そもそもとしてこいつらを始めとする魔法生命体や海洋生命体達に妨害されている事から水深が浅くとも巨大化が進む。
無論、それ以上に深海生命体は大きくなる。
元々深海の生き物は水圧に耐える為に巨大になる傾向がある訳だが、これが通常サイズである分、深海の生き物はもっとでかくなる。
その為、運悪く深海生命体が呼吸の為に浮上したりとか。その他にも何らかの生物を追って海面まで浮上してきた深海生命体によって沈没させられたりとか。逆に襲われたりする事もよくある。
それ故、この海域周辺は俺が同伴していない場合に限り、重武装した船で行く事が義務付けられている。事実的な話をすれば、そういう風に義務付けられているので重武装していない船の方が少ないが。
そんな精霊達の姿は俺が人魚の精霊、珊瑚礁の精霊、なんて呼んでいる通りの姿だったりする。
人魚の精霊は本当に上体が人、下腿が魚の人魚がそのまま体長10mぐらいに巨大化した物。珊瑚礁の精霊は見た目ではなく、綺麗な珊瑚礁の周辺にしか姿を現さない事や人魚の姿ではあれども体の鱗が所々珊瑚礁のように鮮やかで。海月の精霊は人魚が頭から海月を被っているような姿で、ひらひらと海月らしい触腕には毒があるとも聞いている。
問題の、リヴァイアサン。こいつは少なくとも色んな魔法生命体と関わった事のある俺でも、こいつ以上にでかい魔法生命体を見た事がない。
それでもこの海の深い所に存在する、深く広い海溝を築くには細く短い体ではあれど、刺々しい背びれが膜によって頭頂部から尾の中腹辺りまであって。精霊、というよりは海獣と呼ぶに相応しい海の赤い悪魔。こいつによって沈没させられた船は数知れず。
まぁ、ネビュレイラハウロ帝国の船は頑なに沈めないどころか、海上戦が発生すると見方をしてくれるんだがな。
「おい、流れるように俺の足に触腕を絡めるな。」
「痺れさせて可愛がっても良い……?」
「良い訳ないだろ。ったく。」
「あ……。」
「幾ら誘われても行かんからな。」
『……。』
「お前もお前だ。俺の服を咥えて優しく何度か引っ張った所で海には近付かんからな。」
『……きゅあ。』
「そんな可愛い声を出しても駄目だ。」
「せ、先生。こ、の人ら……全部精霊なん?」
「あぁ。海月の人魚は深海の精霊なんだが深海の精霊ってのは沢山居るからな、俺はそのまま海月の精霊って呼んでる。綺麗な柄の人魚は珊瑚礁の精霊で、本来は珊瑚礁の周辺にしか姿を現さないんだが……こいつらはかなり仲が良いからな。大抵一緒に移動する事があるんだ、特に俺の所へ来る時は。もう1匹は人間の間にある伝説で名高いリヴァイアサンという精霊と燐獣の相の子でな、海洋の精霊としてよく知られてる。……まぁ、俺達としてはよく俺達の船舶を護ってくれたり、場合によっては漁や戦争を手伝ってくれる良き守護獣みたいなもんだな。」
『あそ……んで。』
「前より言葉が上手くなった事は褒めてやるが、体の大きさの関係上お前と出来る遊びはかなり限られてるから断る。」
『じゃあ……撫で、て。』
「あぁ、それなら構わん。」