第117話 一度踏んだアクセルはなかなか止まらない
「―――良し。」
あれから数日。約束していた日付まではまだ少し時間がある。
散々親に苦しめられて、生まれ以てしまった憐れな環境に苦しめられてしまったあの2人の為というのが主だが、その為に少しばかり体を張った。まぁ正確には体ではなく頭なのだが。
それもあって、かなり頭が疲れてはいる。ここいらで流石に少しばかり休憩を取る必要があるかもしれない。
この数日間は、本当に忙しかった。
あのガキ共の為に陛下へ手紙を出したり。ディアルに手紙を出したり。シャルに頼まれていた教科書の製作をしている途中で他の科目の教科書にも興味を持ってしまったのがいけなかった。
目を通せば通す程に幾つか問題を確認出来る科目があった為、まだあのガキ共が受講する科目に関する教科書もうっかり作ってしまった。それを採用するかはそれぞれの担当科目の教員達に任せるが、少なくとも何かの縁で俺が勉強を手伝う事になったり。補習授業等を行うような事になれば大いに役立つだろう。
本当に何をやっているんだろうな、俺は。やらなくても良いのだからやらなければ良い物を。
頭では分かっていても、一度気になれば放置は出来ない。そして何より、やるからには手を抜くなんて事は俺には出来ない。
ルシウス達には悪いがそれらを優先する為に、七夕は彼らだけでやってもらった。そこらへんはディールとリシェラが上手くやってくれただろうからそこまで心配はしていないが。
音楽の教科書は元々あった物と、それを現代に沿うように改変した物。そして、新たに無詠唱と祝詞、言霊についての追記。更には俺個人が勉強しておいた方が良いと思うような物も幾つか追記させてもらった。
文句があれば言ってくれるだろう、あの先生達は。何なら試作品として作ったこの教科書にはそれぞれ「容赦なく批評するように」とメッセージカードも挟んである。
対して、魔法学の教科書は音楽の教科書とやり方自体はあまり変わらない。魔法式、無詠唱、燐獣と精霊の違い、偽名、魔法ジャンル、魔力の流れ、召喚魔法、魔法の根源、魔法に大事な物などを追記した。
贔屓かもしれないが、これまで散々やってくれた事に対するお返しとしてシャルに対する色んな嫌味もあいつにしか分からないような形で記述した為、是非とも俺のサプライズを楽しんでほしいと思う。
「……少し、疲れたか。」
久々に長時間筆を持った。原則、俺の職業は暗殺業が殆どだったり、後は魔法や精霊等に関する解析が殆ど。こうして筆を持つ事はかなり少なく、何より座ってやる事も結構少なかった。
それもあり、こんな普通の学生のように机に向かって常にイメージする方向で頭を回しながら作業するのは殆ど初めてと言っても過言ではない。
頭痛というよりは目が疲れた。
ストレスであれば煙草を吸えば良いのだろうが、そういう訳ではないので煙草を吸う気にもなれず。ぐっ……と腕を伸ばして天井を仰ぐ。
コンコンコンッ。
『先生、入って良いか?』
「あぁ。」
「先生、良かったらお茶にしないか? トルニアとセディルズがクッキーを焼いたんだ。」
「……へぇ。少なくとも見た目は結構しっかりしてるみたいだな。上達が早いらしい。」
「殆ど毎日作ってるからな、あの2人。それはそうと先生、それは件の新しい教科書か……?」
「ん? あぁ……。魔法学と音楽の教科書は見ても構わんが、他は許さん。」
「駄目なのか?」
「まだ1年生が受ける事が出来ない科目の教科書もあるからな。予習するには早すぎるし、変に楽しみを潰すのも面白くない。まずは自分が履修してる科目からしっかりやれ。」
「え、俺達が受ける科目以外の教科書も作ったのか?」
「………………思わず。作る予定はなかった。」
「それでも作ってしまう辺り、流石先生だと思うんだが。とりあえずほら、リビングに行こう。皆待ってるぞ。」
「ん。」