第116話 子供が大人に遠慮するような世界は、少なくとも俺の傍では作らせたくない
「「夏休みだ~!!」
「……夏、休み。こ、こんなにわくわくするの初めてかも……!」
「し、師匠! わたし、これまで良い子にしたわ。別に見返りを求めるって訳じゃないけど……その、この夏休みの間に1度だけでも良いから私にまた、剣術を教えてほしいの! わ、私の成長具合を見るだけでも良いから。」
「ま、また師匠にお勧めの本を教えてほ、ほしいです! も、もっと、もっと勉強したくて……。」
「……分かってはいたが元気だな、お前ら。それと、ディール。剣術は俺じゃなくてイルグの方が上だって前にも言っただろう。」
「でもベク師匠に聞きましたの、ティア師匠もかなりの物だって!」
あの馬鹿鬼が……。
「リシェラの方は用意があるにはあるが……王城に置いてきてるからな。今度持ってきてやる。」
「は、はいっ!」
「……2人だけ狡いぞ。」
「先生、先生! 俺らとも遊んでや!」
「……せんせ。」
「別にディールに対しては何の確約もしていないんだが。……まぁ一応聞いてやる。何がしたいんだ、お前らは。」
「俺は先生と遊びたい!」
「お、俺は別に先生に何か……してほしくない訳やないけど、今まで見たいに強制的に勉強地獄に閉じ込められる事もないし、部屋に閉じ込められる事もないから夏休みらしい事したいなぁって。ぐ、具体的なとこ求められても俺は経験がないから分からん……けど。」
「……僕もこれからは親から電話が来るかもしれないって。手紙が来るかもしれないって怯えながら過ごす事もなくなったから……。もう誰にも監視されずに遊べるから、今まで遊べなかった分、沢山遊びたい。だ、だからその、僕もトルニアと一緒……かなぁ?」
まだ解放されて数日とはいえ、それでもこの短期間であの悍ましい環境から解放された事自体はしっかりと認識出来ているのだろう。むしろ、自覚出来ていなかったのは俺の方かもしれない。
敢えて、これまで彼らの心の傷を抉るまいと聞かないようにしてきたが……軽くでも聞いている限り、かなり劣悪な環境に居たであろう事は疑いようもない。
少なくともあの日、彼らの家へ行った時にその光景を目の当たりにした。トルニアはともかく、セディルズの方はあからさま過ぎる程に酷い有様だった。それ故、そういう考えに至ってしまったとしても俺はおかしくないと思う。
しかし、生憎と俺はそういう “一般的な楽しい事” を教えられる程、その手の事に詳しい訳ではない。
情けない大人だと称すべきか。それとも、つまらない大人だと称するべきか。
「……遊びについては俺よりもイルグの方が詳しい。あいつに聞けば色々と夏休みの過ごし方を教えてくれるだろうさ。」
「先生は……夏は嫌いか?」
「あぁ。暑いのも、少し先の景色がぼやけて不鮮明なのも、何より海が嫌いだ。」
「海が?」
「あぁ。………………昔、色々とあってな。」
「じゃあキッチン借りて新しい料理開発するんも面白そうやな。俺、あの家に追った時もいつの日かあの家を本当の意味で……それこそ、今みたいに出られる事を夢見てな、そん時でも自力で生活出来るようにようキッチン立っててん。そのお陰で結構そういう知識多いんやで?」
「ぼ、僕も料理勉強したり。トルニア、教えて。」
「おん、ええよ? まずは何からがええやろ……。何かリクエストとかある?」
「うーん……。お菓子、とか?」
……。
「…………幾つかやる事があるから1週間寄越せ。少し案を考えてやるから。」
あぁ、俺も甘ったれたな。