第110話 安らかな眠りと穏やかな日々を憂いて
「じゃあせんせ、もう1つの方は……?」
「鎮魂祭の方は誰彼構わず、だな。一般では鎮魂祭と呼ばれているそれだが、魔法業界としては鎮魂の夜想曲と呼ばれている。トルニアとセディルズが言っていた通り、8月という季節は同月内にお盆を控えているのもあり、霊魂の発生率が非常に激しい。……それも相まって、呪いも増える。」
「呪い?」
「生前良い人でも死んでから “どうして俺が死ぬんだ” とか、“俺はまだ死んでない” とか考えて友引こうとする奴。生前から悪人で、死んでるから法を恐れなくて良いと殺人に従事する魂などなど色々ある。……近年ではそういうのを利用する生者も居れば、元よりそういう物を利用して行使する魔法分野もある。この手の厄除けを一番の目的としている行事の中では一番大変な儀式だ。」
「し、師匠、いつもバタバタしてますもんね。鎮魂の夜想曲の時期……は。」
「お父様達もこの時期はかなり忙しそうにしてらっしゃいますわね。」
「実際忙しいだろうからな。」
「具体的に、何をどうするんだ……?」
「聞いてる限りやと大掛かりな準備が居るみたいやし、結構大変そうなイメージやけど……。」
「大変、と言うよりは忙しいだな、この場合は。鎮魂祭はそういった悪しき魂だったり、行き場が分からなくて彷徨う者達があるべき場所へ還れるように我々生者が導く為の儀式のような物。具体的には空へ飛ばす灯籠である星灯籠。川に流す鏡灯籠。屋内に魔除けとして等間隔に設置する儚灯籠の3種類を用意しなければならない。」
「星灯籠に鏡灯籠、儚灯籠……?」
「何か……不思議な感じだな。」
「送り火……?」
きっかけをやれば、なぁ……。
言いたい事は幾つかあるが、それでも彼らはまだ俺と知り合ったばかり。
それにしては色々とあったような気がしないでもないが、それでも何もないよりは良いだろう。
「……御名答。地域によっては未だただの送り火として、星灯籠、鏡灯籠のいずれか。そして、必ず儚灯籠を用いた鎮魂祭を行っている。まぁ要は、かなり簡略化した物が送り火だと言う事だ。」
「と、特にも、儚灯籠の準備が大変なんです!」
「……どの家も、どの施設もこの時期は儚灯籠をその家や敷地の広さに応じて専門業者に発注するからな。色々忙しいんだ。」
「他の星灯籠と鏡灯籠は数を求めないのか?」
「あぁ。住人の数だけ用意すればそれで良い。」
「なら俺もその灯籠、作ってみたい!」
「お、俺も。先生さえ良かったら作らせてくれへん? ……俺、見てるだけやったからどんなんか知らんくて。」
「ぼ、僕も。僕も。」
「あ~分かった分かった。とりあえず、道具も材料も含めて色々用意してやるから明日の終業式には必ず出るように。良いな。」
「先生は来ないのか?」
「行かない。……お前らは色々と勘違いしてるみたいだが、生憎と俺は非常勤。お前ら生徒や常勤の教師とは違って、常に出席しなければならない訳じゃないんだ。」
「で、師匠。本音は?」
「何させられるか分からんから極力行事には何が何でも参加したくない。」
「やっぱり……。」