第106話 何者にも敬意を払って
「流石は名門貴族。随分と広い部屋だ。」
「俺達の家に比べれば大した事ないがな!」
「何を威張ってるんだお前は。」
実際、聞いていた話ではそれなりに酷い虐待を受けているというトルニアの部屋はかなり広い。それこそ、戦車が少なくとも3台は入るほどの広さで、ベッドもそれなりに大きい。
ただ、その壁にあるのは全て本、本、本。最早窓近辺の壁は全て本棚に取って代わられ、自室というよりは書斎に近い。
殆どが精霊に関する物。法学、歴史に関する物……か。流石に子供の部屋とは言い難いな。
「ティア、楽しんでる所悪い。少し良いか。」
「あぁ、別に。」
「俺では読めない本が見つかった。……ただ、恐らくだが俺が言語的に読めないという事は良くない本である可能性がある。」
「貸してくれ。」
「頼む。但し」
「呪物である可能性も考慮し、音読はしない。」
「分かってるなら良い。ただ、別に中まで読み込まなくて良い。大体の内容が分かれば、それこそタイトルを解読してそれでも分からなければぐらいの感覚で良い。」
「あぁ。」
ここ、ネビュレイラハウロ帝国のように多種多様の種族や民族が居る中でこうも日常使用する言語が統一化されている事はかなり珍しい。
大体は種族によって言語が異なったり、文化が異なる事で衝突し。乱闘が暴動になり、その暴動を抑えきれなくて内乱になり、果てには何も知らないそれぞれの祖国が碌に情報もない癖に勝手に勘違いをし、いきなり戦争に発展する事も少なくはない。
それぐらい、世界には好戦的な種族も多いという事実を忘れてはならない。
その中には本当に同族を大事に思っている国。ただ単に戦争をしたくて、戦争を正当化する理由が欲しいだけの国も数多くある。
それもあり、先の2人組が遠征等で居ない……といってもあの2人がここに在国している事の方が珍しくはあるが、彼らが居ない時はギルガが家宅捜索の際などにこうして色んな国の。色んな種族の言語で書かれた物の解析を行う。
それもこれもギルガの得意分野が言語学だからというのも一役買っている物の、この世界には幾つか言語的な意味での禁忌が存在する。そして、その殆どは普通の方法で学ぶ事が出来ない。
例えば、ここに居る全員が何だかんだ言ってまともに主従契約に成功している燐獣達が独自に保有する言語。その言葉は輪廻零界での共通語の他に、燐獣の種族的な意味でも多数存在している。
それらは普段から言語を使っている彼らにしか分からない言葉。その為、当然ながらその言語を学ぶには彼らから直伝してもらわなければならない。
今、この家を取り壊す大きな理由の1つとなっている項目である、精霊。彼らにもその種族ごとに言語が存在しており、ただ書物を読むだけでは習得など出来ない。
精霊、燐獣などを始めとする数多の魔法生命体。つまりは、俺達のように体の中に “魔力もある” のではなく、“魔力で体が出来ている” 生き物である魔法生命体から得られる全てを書籍にしてはならないと法律で決められている。
これを破った場合、ただ法律で裁いて終わる程度の規模なら幸い。下手をすれば、二度とそれらの種族と交流を持てない事になる。
それこそ、燐獣がそれに該当すれば国に限定せず世界的な損害が発生する事になる。
それを防ぐ為、この国みたいに法律でわざわざ罪にしている国はそれなりに多い。まぁ一応は国際連合でも……。
「……。」
「どうだ?」
「答える前に。……ギルガ、これ何処で?」
「この屋敷の当主の部屋で。……やっぱり黒か?」
「……神性語。この本がある事自体が異常だが、何よりこの言語がここで使われている事の方がおかしい。」
「てぃ」
「殺すな。……確かにトルニアはこの家の人間だ。だがそれだけで殺す、というのは極論が過ぎる。」
「そうだよ、お兄ちゃん。この子が直接破った訳じゃないんだよ?」
「……ティアの判断に任せる。」
「とりあえず、ギルガ。ここは黒だ。……ここに一種族にだけ喧嘩を売ったのか、それとももっと酷いのかは定かじゃないからそのつもりでいてくれ。」
「あぁ、勿論。」
「せ、先生。」
「何だ?」
「神性語って……何、なん?」
何を怯えてるんだ……?
「神性語というのは主に神格。まぁ神様と呼ばれている類が使用する言語の総称でな、当然ながら種族分類上神性と呼ばれる者のみが使う特殊な言語で、それらから愛された者が直接彼らに言葉を習わなければ読む事すらも不敬とされる言語だ。その言葉を日常的に使う奴もそうだが、本にして残そうとするなどまずありえないぐらいだな。……この国ではわざわざご丁寧に法律にまでしてやってるが、そもそも論でこれは国際連合が禁止してる項目だ。こっちで裁くのも良いだろうが、向こうにも連絡を入れねばならない。」
「な、なぁ先生。それ……どれぐらい罪、重くなるん?」
「……答えにくいんだが。」
「興味で、知りたいだけなんで。俺は両親を恨んでますし、あんなのに同情する気もなければ優しくする気もありません。」
「国際法違反者として評議会に身柄を受け渡し、最悪の場合は裁判を待たずに死刑。仮にそれを免れたとしても、魔力を根こそぎ搾取されては……そうだな。今回の場合、精霊達と交流を行う為の場所があってな。そこに放り出し、彼らが好きにする玩具として首謀者を放り捨てる事もある。まぁその後どうするかは全て精霊達が決める事。俺達には……。……トルニア?」
やはり、口ではああ言っていても恐ろしかったのだろうか。
話を聞くや否や、段々と顔色の悪くなっていくトルニアの容態はあまり良いようには思えない。
元より警戒心の高いギルは俺の陰から観察しつつも動かず。それとは対極に、何方かと言えば人懐っこい所のあるニーナは心配して傍によっては居るがそれでもあまり何かが好転したようには思えない。
しかし、幾ら俺でも何も知らない状態で何かを出来るほどに万能ではない。
「……どうした。」
「せん、せい。」
「あぁ、聞いてる。……ちゃんと聞いている。」
「俺、も……あの文字、よ、読めるんや。」
「せ、せんせ!」
「……先生。まさか、トルニアまで責める気じゃないだろうな。」
「……トルニア。お前はそれを、神性語を何処でどんな方法で学んだ。」
何を言っても俺は軍人。
職務である以上、幾ら自分が庇護下に入れている子供でも間違えれば正さなければならない。犯罪を犯せば取り締まらなければならない。
そこに一切の慈悲はなく、持つべきではない。
それが、軍人という物なのだから。
……嫌になるな。
「幼い時に話しかけてくれた天使のような物、小人に翅が生えたような物が幼少期に教えてくれたんや。……俺が、気に入ったから、って。」
あぁ、なんだ。
「なら問題はない。」
「え……?」
「言っただろう、神格、精霊、天使などに愛され、認められた者以外が知ってはならない物だ、と。今の話を聞くに、お前はお前が幼少期に会った存在はどう見ても天使と精霊と見て間違いない。実際、俺にはお前がそれらに愛されているのも見えているし、この家がこんな状況であろうとも彼らはお前に着いてきた。そして何より、彼らがお前に好意的なのはまぁ疑う必要もない。……さて! 勉強は終わりだ。さっさと荷造りを始めようか。」