第103話 黒ずんだ鎖を断ち切って
「ただい」
「先生!」「せんせ!」
「……煙草の匂いが移っても知らんからなぁ。」
なんて事を言った所で、彼らには届いていないだろう。扉を開くや否や、直ぐに飛んできたこの小さな背中達には。
それでもあの日。俺が思わずこの2人を泣かしてしまった時のように、もし泣き止んでからでなければこんな風に泣いたであろう状態で俺の腰に抱き着く2人の頭を優しく撫でてやる。
彼らにとっては、どれだけの悲願だっただろうか。どれだけの切望だっただろうか。
それが、こんなにもこの2人を傷だらけにしていたというのに。それをあっさりと解決してしまえる俺は本当にこれで良かったのだろうかと思ってしまう自分が居る。
随分と、残虐的なもんだ。そのまま満たされていりゃあ良いのに。
復讐の焔は、そう簡単に消える物ではない。そして、そう簡単に絶やす物ではない。
何でもそうだ、一度灯ってしまった焔は簡単に消してしまえばその分のリバウンドが必ず何処かでやってくる。なのにこれで良かったのかと。
「ベク先生から話は聞きました。……ルーベル先生は本当に良い先生ですね。」
「別に、俺は帝国を支える柱として相応しい職責を果たしただけに過ぎません。そのように持ち上げられるような」
「てぃ~あ。そこは普通に受け入れとったらええんやて。」
「事実だろ。」
「じゃあお前がこいつらを大事に思ってるんも、こいつらの為にやったんも全部事実やろ?」
「………………それなりにこいつらの授業をしてるのが楽しいから、そう簡単に逃げられるのが癪なだけだ。」
「ったくこいつは……。」
「全く、男の癖に情けないんだから。」
「ちょ、でぃ、ディール。こ、ここは許してあげようよ、ね?」
「……お前はもうちょっと貴族らしくお淑やかに出来ないのか。」
「ふん、そんな物はお母様のお腹に置いてきたわ。これでも私だって四大大公家の1人、そんな一般論を背負っていける程、私達の歩むべき世界は甘くないのよ。」
「でぃ、ディール……!」
「ディール。」
「なぁに、師匠。師匠も」
「教えただろう、復讐の焔の火種は一般論では語れない、狂気の沙汰だと。お前のその役目も正義ではあるし、その考え方も間違っているとは言えない。が、怨嗟の焔も一般論では語れない。」
「……せんせ。」
「あぁ、落ち着いたか?」
「……もうちょっと、このまま。このままが……ええ。」
「……どっか行くの、やだ。」
「はいはい。そのままくっ付いて煙草の匂いでも移ってしまえ、全く。」
「それで……先生。この後はどうするんだ? 一応はベク先生から聞いたが……。」
「この2人の荷物を取りに行く。そのついでに色々俺じゃないと対処出来ない事もあるみたいだし、そっちも粗方片付ける。……ほれ、お前ら。そろそろ泣き止んで荷物を取りに行こう。大事な、お前達の引っ越しなんだから。」
「ずっ、うん。だい、じょうぶ。もういける。」
「……ぼく、も。僕も、もう大丈夫。」
「ティア。」
「あぁ、イルグも着いてきてくれ。」
「我らがお姫様のお望み通りに。」