『幸せ』によって現れた変化
味覚が無くても美味しい思いが出来るとわかり、感動を覚えた翌日。
いつもは顔もわからない母が首を吊っているところで目が覚めるという、最悪な朝を迎える俺だが、今回はそこまでいかずに目が覚めた。
なぜかって?俺の顔を覗き込んでいる、キラキラと笑顔を輝かせている義妹に起こされたからだ。眩しい。
「お兄ちゃん!おはようっ!今日は本を買いに行くんでしょ?ついでに一緒に遊びに行こうよ」
「……………」
急に起こされると、人間ってすぐに覚醒出来ないんだな…。頭がボーっとしてる。
つうかマジで眩しい。キラキラと輝いてるのは葵の笑顔じゃなくて、窓から差し込んでる太陽の光じゃねぇかこれ…。
「なんだよ……昨日なんか約束したか?」
「ううん!五年生になってから、お兄ちゃんと遊んでないなーって思って!だから、さっきお母さんからお小遣いを貰ったの!だから遊びに行こ、お兄ちゃん」
「……飯は?」
「ファミレス!」
「飽きねぇなぁ、本当…」
スマホの時計を見てみると、もうすぐ十二時になるところだった。昨日は遅くまで本を読み過ぎた…。いつも通りうろ覚えだけど、なんかデスゲームと化したゲーム世界に閉じ込められる話だった気がする。
……それにしても、葵について毎日思ってる気がするんだが、なんでこんな兄に懐いてるのか甚だ疑問だ。俺は飯を作ってやったり、こうして遊びに行きたいと強請って来た時に連れてってやったりするが、お世辞にも良い兄貴とは言えないだろう。
愛想は無いし、記憶障害のせいだろうけど優しく接してやった憶えもないし……一体コイツは俺のどこを好きになってるんだ?
……………それを言ったら天津川もか。本人がまだ言いたくなさそうだったから聞かなかったけど、アイツの方が俺のどこを好きになったのか疑問だ。一回助けたくらいで惚れる奴なんて、そうそういないだろうし。
「お兄ちゃん?どうしたの、具合悪いの?」
「……別に。ちょっと考え事してただけだ。……………なぁ。なんでそんなにお前は―――」
「“俺に懐いてるのか?”って言うんでしょ」
「……………」
俺が言おうとしたことを、ジト目で先に言い当てて来る葵。
なぜわかった?
「もー!お兄ちゃん!?何度も言わせないでよ!結構恥ずかしいんだよ?あんなこと言うの…。でもでも、お兄ちゃんは記憶障害なんだもんね。だから葵、頑張る!お兄ちゃんがちゃんと憶えてくれるまで」
そう言って、顔を赤くした葵が深呼吸を一つする。
どうやら葵がこれから言うことは、俺が何度も言われたことらしい。
「……好きっていうのはね、理屈じゃないんだよ?好きっていう言葉、それだけで解決するの。だからお兄ちゃんに懐いてるのは、私がお兄ちゃんのことを……だ、だだだ、大好きだから、なんだよ…!」
そしてさらに顔を真っ赤にさせながら言う。
緊張してるからか、葵の文脈が少しおかしい気がした。
……………ああ。そういえばそうだったな。葵が俺に懐いているのは、単純に俺のことが好きだったからだった。……なんか聞いてる方も恥ずいな…。
俺にはよくわからない感情だが、葵が俺に懐いてるのは、単純に好きだからってことだけだったな。もちろん、兄として。
「ま、まぁ!どうせこんなこと言っても、いつも通りお兄ちゃんは“そんなこと言われた憶えはない”って言うんでしょ?妹の純情を悪気なく、無意識に弄ぶんでしょ?」
「は?いつもは思い出してないのか」
「うん。だってお兄ちゃんは記憶障害だし、ちゃんと思い出せるのは直近のことくらいで、他は“なんか私と出掛けた”とか“なんかした気がする”とか、大雑把に記憶することしか出来ないんだもん…」
寂しそうな顔で葵にそう言われて考える。
俺は今、確かに葵に何度も同じことを言われたのを思い出した。なんで今回だけ?
今までは言われたことを憶えてなかったんだよな?葵にあんなこと言われるのが二回目や三回目ならともかく、何度も言われてるならもう何回か事例があっても良いだろう。
今回だけ……今回だけ思い出せた…。特別気にすることじゃないかもしれねぇけど、このまま流しちゃいけないような気もする。
「……………なぁ葵。俺の記憶障害って、何が原因だっけ?」
「うにゅ?うーん……え~っと……………確か、精神が不安定でぇ、記憶を保管してる脳に異常があるとかなんとか~……私には難しいことばかりで、よく憶えてないよぉ~…」
本人は申し訳なさそうにしているが、十分だった。精神が不安定なせいで、俺の記憶を保管してる脳が上手く働いていないってだろ?
てことは、精神が安定してるから、葵の言葉を思い出せた…?
……………だったら、昨日の天津川を助けた記憶を思い出せたのも、精神が安定……いや回復していたからと言った方がいいか?とにかく、精神が普段よりも安定していたから、天津川との接点も思い出せたんだろう。
そう考えたところで、俺は一つ驚くべきことに気付いた。
昨日のことを、憶えているのだ。それも詳細に。
脳が覚醒した俺は、ベッドから飛び起きてリビングへ向かった。
「お、お兄ちゃん!?どうしたの!」
葵の声を無視して、リビングのタンスにしまってある日記を取り出す。
そこには昨日、天津川から告白と変わらない形で弁当を渡されたこと。唐揚げを食べて、今まで感じたことのない食感と衝撃に涙したこと。そして天津川の容姿も含めて、俺の記憶にちゃんと残っていた。
天津川とのやり取りを……全部憶えていた…。いや、よくよく考えると所々欠けている部分も多いが、俺があまりにも印象に残ったところはちゃんと記憶に残っていた。
こんなことは初めてだ。今までは、なんか言われたなぁ~とか、なんかした気がするな~とか大雑把にしか記憶出来ず、肝心の部分を忘れていたことが多かったはずだ。
……………それこそ、さっき葵に言われたことのように。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
半ば混乱している俺を心配した葵が、俺の背中を擦ってくれる。
そのおかげで、いくらか落ち着いてきた。
「……大丈夫だ。昨日のことを今までよりも鮮明に憶えていて、ちょっとビックリしただけだからな」
「え?そうなの!?昨日こと、ちゃんと憶えてるの…?」
「ああ。葵のおかげで、少しだけ記憶障害がマシになったのかも。さっきだって、葵が俺に好きだから懐いてるって何度も言われたことも思い出せたし」
俺がそう言うと、葵は嬉しそうぴょんぴょん飛び回りながら喜んだ。
その目に、涙を浮かべながら。
……………本当は天津川の弁当が主な要因なんだと思う。だけど、少なからず葵にも助けられてたはずだ。
じゃないと、大雑把でも葵との思い出を憶えていられるはずがない。……あと、飽きるほど行ってるファミレスのこともな。
俺は珍しく晴れ晴れとした気持ちで、その日は葵と一日中遊んでやった。
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