黒い感情
「あー、ムカつく…」
一人の女子が、昼休みを中庭で過ごしている三人に目を向けている。
正確には一人だが。
「天津川友奈……なんでアンタばっかり幸せそうにしてんのよ。ムカつくわね…」
その女子は、友奈に嫉妬や憎悪が多分に含んだ視線を向けていた。
友奈は学園で知らない人がいないくらいの美少女だ。それもミスコン一位を取る程に。
しかしその分、友奈に対して快く思ってない人も少なからずいる。
その理由は様々だが、特に多いのは友奈が男子の人気を集めているというもの。
理不尽極まりない理由で友奈に敵意を向けているが、それでも直接的に手を出す者はいなかった。
そんなことをすれば、周りから非難の声を浴びせられ、学園のどこにも居場所など無くなるとわかっているから。
「待ってなさい。その幸せに満ちた表情を、絶望に変えてやるから」
しかしそれでも、やはり実行に移してしまう者もいる。逆恨みだとわかっていても、自分をスッキリさせたいという欲求からやってしまう。
それが……人間という生き物だから。
「来週が楽しみね。うっふふふふふ…」
不敵な笑みを浮かべる女子はスマホを手に取り、電話をかける。
一緒に友奈を絶望の淵へと叩き落とす人間へ。
「私よ。予定通り来週の水曜にでも……ええ。わかっているわ。友奈のことは好きにして構わないわ。精々満足するまで輪姦してちょうだい。え?ふふふっ!大丈夫よ。今度は邪魔なんて入らないわ」
女子は残りの昼休みの時間を、友奈を貶める相談をしていた。
確実に堕とす為に、念入りに…。
―――――――――――――――――――――――
「そういえば天津川。明日は土曜日で学園は休みだけど、どうする気だ?まさか俺の家に飯を作りに来る訳じゃないだろ」
「え……あ。そうでした…。う~、これでは三澄さんに手料理を食べていただけません…」
周りの黒い感情が多分に含まれた視線を送られてる中、俺と天津川はそんな会話をする。
なんとなくわかっていたが、彼女はかなり天然だ。いや、ただのアホかもしれないけど、ここはオブラートに包んで天然ということにしておこう。
「仕方ありません。来週まで我慢します…。ですが、こうして三澄さんと話せるようになったのに、来週までお預けというのは寂しいですね」
「……………ああ……そうかい」
好意剝き出しで迫ってくる天津川にタジタジな俺。
だって仕方ないだろ。女の子にここまで真っ直ぐな気持ちを向けられたら、誰だって戸惑うし、ちょっとは嬉しく思うだろ?
今まで異性と碌に会話なんてして来なかったから、尚更だ…。しかも天津川との絡み全てが初体験なせいで、変にドキドキする。
……まぁ、以前誰かと似たような絡みがあったとしても、それを憶えてないだけなんだろうけど…。
「それにしても、天津川ちゃんに対しては優しいくせに、僕には全く優しくないのはどうかと思いまーす!」
頭に大きなたんこぶ(作り物)を乗っけている兵頭が、そんなことを言って来る。
どうせなら僕にも優しくしてくれと。
「嫌いな奴と仲良くしたいと思うか?」
「んんん!ごもっともっ!」
「えぇっ!?否定しないんですか!?」
「まぁ三澄ってば、本当に僕のこと嫌いだからね。たぶん性格の不一致って奴」
「そ、そうなんですか…。てっきり仲がよろしいのかと思ってました。……でしたらなぜ、ずっと三澄さんと一緒にいるんですか?嫌われてるとわかっていても、三澄さんと仲良くしたいだなんて…」
天津川にそう聞かれた兵頭は、一瞬だけ悲しげな表情をしたが、すぐに笑顔に戻った。
なんだ?今の表情は。
「そりゃあチミぃ、クラスで浮いてる奴と仲良くしてると、僕の株が上がるからさぁ!あんな奴に構うなんて、兵頭君って優しいんだねぇって!」
「は、はぁ…」
兵頭の言葉に戸惑う天津川。たぶん噓だな。
そんな不純な動機で毎日飽きもせず俺のところに来るかよ。いくら他人に興味が無い俺でも、半年以上の付き合いがある奴のことくらいはわかる。
俺のところに来てるのは、たぶん兵頭自身の優しさなんだろうが、真意はわからない。
聞いても教えてくれないだろうしな。
そして今兵頭が噓をついたことくらい、たぶん天津川も気付いているだろう。同じクラスなんだから、しつこく俺に絡んで来ていたことも知ってるだろうから。
兵頭だって、今の言葉には無理があることくらい理解しているだろう。
バカはバカでも、頭の良いバカだからな。それも人付き合いが得意なタイプだ。そんな奴がいきなりあんなカミングアウトなんてするかよ。
「だからぁ、僕の為にも是非とも仲良くなっておきたいんだよねぇ~」
「え、えっと……はい。そういうことにしておきますね。あははは…」
「ぐさっ!?乾いた笑いが一番心に来るね…」
案の定、天津川も気付いていた。
……そういえば、去年の夏休み明けからの付き合いってのはなんとなく憶えてるけど、コイツが絡んで来たきっかけはなんだったっけ?
……………まぁ。どうでもいいか。俺もなんだかんだ言ってるが、兵頭と一緒にいるのは苦痛ではない。じゃなかったら、記憶に残っていない。
それでもウザいことには変わりないがな…。
それからしばらくバカのお喋りに付き合ったり、天津川から好みの女性のタイプを聞かれたりしながら、昼休みを過ごした。
ちなみに好きなタイプなんていないので、適当に飯が美味い女の子と答えておいた。本人は可愛くガッツポーズを取って喜んでいた。
ただその間、ずっと黒い感情が向けられていたのが、少し気になった。
それは俺に対して向けられたものが多かったが、天津川にまで向けられていた気がしたから。
たんこぶ(作り物)をずっと乗っけていたバカ。
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