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俺が銀髪美少女に幸せにされるまで  作者: 結城ナツメ
銀髪美少女は俺の胃袋から幸せにする
34/40

人は、答えが出ているのに、それを誰かに指摘されないと気付けない

 天津川たちが帰ったあと。

 俺は一人、ベッドの上で買った覚えのない本を読んでいた。だけど内容は全然頭に入ってこず、天津川たちのことで頭の中でいっぱいだった。


『私と小鳥遊さんのことをまるで知らない人を見るような目に―――』


「……………」


 最近の出来事については日記で知ることは出来た。天津川や小鳥遊、そして七森や西島のことも知った。

 正直どれも思い出せない。それに前日のことくらいは日記を見れば思い出せるはずなのに、昨日はどんな謹慎生活を送ったのかすら思い出せない。

 というのも、さっき葵から聞いた話だけど、俺はこれまでも何度か熱を出してぶっ倒れたことがあるらしい。

 そんなことになったら、いつもよりも記憶障害の症状が重くなって、少なくとも直近のことは完全に忘れてしまうらしい。


 記憶障害っていうのは、嫌な記憶を忘れたいという思いから来る一種の自己防衛システムのようなもの。

 しかし障害という名前が付くだけあって、嫌な記憶だけでなく、良い記憶……思い出まで忘れてしまう、精神的な病気だ。脳に異常がない俺の場合は、だけど。

 だからいずれ精神が安定すれば、味覚障害と同じ様に治る……らしい。


 一応、最近は記憶が無くならない日があったことを考えると、精神が安定すれば~っていう話はほぼ確実だと思う。

 まぁ元より精神科のお医者さんが言った言葉らしいし、確実じゃなきゃ困るってもんか。


「……忘れたく、ねぇなぁ…」


 あの唐揚げの味。

 今までは食感だけが、食事が最低限楽しめる要素だった。

 だけど天津川が二、三週間ほど前から俺に飯を作ってきてくれたおかげで、味覚を取り戻すことが出来た。


 あの唐揚げは、俺にとって最高の思い出になると思う。俺に美味いって意味を思い出させてくれたから。

 それに、他の料理も食ってみたい。昨日までの俺も、そう望んでいたみたいだ。味覚が無いくせに。

 でもたぶん、今の俺はそれ以上に。天津川の料理を食いたいって欲求が大きい気がする。


 実はちょっと腹が減ってる。三時間前に食ったばかりなのに。

 ……俺の胃袋って、実はこんなに節操なしだったのか。


 それから本の内容を碌に頭に入れずに、適当に本を読み進めながら天津川の飯のことを考えていた。

 すると突然、ノックもなしに扉が開かれた。


「ただいまー!帰ったよぉ、乙葉君!まーたぶっ倒れたんだって?てことは、ボクの顔もすっかり忘れちゃったかな?結構結構!この強烈な性格を憶えていてくれれば、それでいい!」

「? いや、それはなんとなく憶えてたけど」

「ありゃ?そうなのかい。それまた珍しい」


 ノックもせずに入ってきたのは、江月おばさんだった。

 映画監督だが、たまにドラマの監督もやる鬼才。今日兵頭と見たドラマも、この人の作品だったかな。


 なんでいきなり部屋に突撃してきたのか聞こうとすると、俺の節操なしの腹が鳴ってしまった。

 しかもそれなりに大きな音……これは恥ずっ…。


「あっははははは!どうしたんだい乙葉君?普段の君のお腹は、鳴っても聞こえるか聞こえないかくらいの音しか発てないのに」

「うるせぇ。どういう訳か、味覚が戻って美味い飯が常に恋しい状態になっちまったんだよ!」


 正確には天津川の飯が恋しいんだが…。


「なに?味覚が戻った……味覚障害が治ったのかい!?」

「たぶん、だけどな。葵がおかゆとか買いに行った時に、俺の同級生三人と会ったみたいでな。そんで全員がお見舞いに来てくれたんだ」


 俺はおばさんに、さっきあったことを説明していく。

 目が覚めると、リビングには兵頭と天津川、それに小鳥遊の三人がいたこと。兵頭のことは憶えていたが、天津川と小鳥遊のことは忘れていたこと。兵頭が、俺が記憶障害と味覚障害を持っているのを知っていたこと。

 そして天津川の作った唐揚げを食べた時に、味を感じたことを話した。その時味覚障害であったことや、天津川から聞かれたことも含めて…。


 天津川と小鳥遊はたぶん、薄々俺が記憶障害であることに気付いている。

 味覚障害持ちだったんだ。他にも何かしらの病気を持っていてもおかしくない。それに葵が、人の顔を憶えるのが苦手ってことにしてって言ったもんだから、ほぼ確信してる状態かもしれない。

 二人のことは全く憶えてないが、日記を読んだ限り、二人とはそれなりに親しい間柄だったというのがわかる。特に天津川。


 だったら、俺が記憶障害であることをちゃんと話しておきたい。

 今の俺でさえ、知らない相手のはずの二人を、大切にしたいという気持ちがあるから。


 だけど正直。記憶障害であることを明かした時の二人の反応が怖い。

 そんな話を聞かされて、二人はどう受け止めるのか。それが不安で仕方がない。

 もしかしたら、煙たがられるかもしれない。


 だから俺は、おばさんに全て話した。

 この人は少々、いやかなり変わっているけれど、やっぱり一人の大人なんだ。

 何か適確なアドバイスをしてくれるかもしれない―――だと、思ったのだが…。


「なるほどね~。少年の悩みはよ~くわかった。でも、ボクから言えることは一つだけだ」

「それは?」

「知るか!自分で考えろ!?」


 ……………はぁ?


「いいかい乙葉君?ボクは職業柄、色々な人間と関わってきた。だから“この人はどんな時に、どんな対応、どんな話をすれば良い”のかある程度わかる。これはボクの自慢の特技でもある。でもね……」


 おばさんは一呼吸置いてから続けた。


「いくらボクでも、会ったこともない人間のことはわからない。これで今日、ボクがオフであれば二人と会っていれば、ここで乙葉君がどうすればいいのか、アドバイスの一つくらいはしてあげれたさ。けれど、知らない人間のことに関しては何も言えない」


 そうか……そりゃそうだよな。おばさんは神様とかじゃないんだ。

 会ったこともない奴のことを話したって、意味はないか…。


「あー、でもぉ……どっちみち君には、ボクはこう言うだろうね~。……乙葉は、どうしたいんだ?」


 どうしたいんだ。

 それを俺の名前を珍しく呼び捨てで言うと同時に、おばさんの雰囲気が変わった気がした。

 凄く真剣な表情で、その目を見てると、何かに引き込まれそうになる感覚を覚える。


「日記から二人のことを知った。少しだけだけど二人と触れた。少しだけでも、その二人がどのような人間か知った君はどうしたいんだ?記憶障害ということを理由に、いつも通り(・・・・・)距離を置くのかい?今度こそ二人のことを完全に忘れて、また二人のことを傷付けたいのかい?違うだろ。本当はとっくに、君の中で答えが出ているはずだ。ただ一株の不安に駆られて、小心者になってるだけさ」

「……………」

「さぁ。選びたまえ。ようやく出来た大切な友人たちを突き放すか、それとも腹を割って記憶障害のことを話すのか……なんて、聞く必要はない、か…」


 おばさんは俺の顔を見て、笑顔を浮かべながらそう言った。

 その後の俺は、もう余計なことは考えずに、スマホを手に取っていた。

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