美味い
机に突っ伏した状態で寝落ちして遅れました。
俺はどうやら、ここ二、三週間くらいの記憶がないようだ。
兵頭と小鳥遊って女の子と友達になったこと。俺が問題行動を起こして謹慎処分を受けたこと。天津川っていう、銀髪の超絶美少女が俺なんかのことが好きだということ。
兵頭の話じゃ、俺が入学式の日に天津川をナンパから助けたことをきっかけに、だんだん好きになったとかなんとか。……そんなテレビみたいな話、信じられねぇけど。
「本当に俺のことが好きなのか?日記を見ても、信じられねぇんだけど。それにお前が友達っていうのは百歩譲ってわかるとして、小鳥遊っていう女友達が出来たことも信じられねぇ」
「僕の扱いが相変わらず酷い。まぁまぁ、その辺はとりあえず話してみればわかるよ。もうすぐ唐揚げも出来るし、食器並べるがてら、あの二人と話してみたら?」
手伝いたいのは山々だが、起きてから身体が痛いし重いしで、正直あまり動きたくない。
だけどずっと会話しないままでいるのは不自然だしな…。
俺は今回だけに限らず、一度二人のことを忘れている。それで大きく傷付けてしまったことだろう。
……たぶんだけど、いつもの俺なら知らん振りしていたかもしれない。だが天津川と小鳥遊のことは傷付けたくないと、二人を見た時からそう思ってしまっている。
なんでそんな風に思うのかは全然わからない。二人のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまっているし。
でも今の俺ですらそういう気持ちが強いんだから、記憶を失う前の俺は忘れたくないって気持ちが相当強かったんだと思う。
だったら行動に移して、もう一度二人のことを一から知るしかない。今度こそ、忘れない為に。
「じゃあ、そうしてみる」
「……おう!行って来い」
天津川たちのところに行こうとすると、一瞬驚いたような顔をしてから、ニヤついた顔で言う兵頭。
なんかムカついたのでデコピンしてからキッチンに向かった。
「痛ってぇ!?ゴツッって、ゴツッっていった!デコピンの威力じゃねぇよこれ!?脳にまで響いたよぉ…」
「ああそうかい、それはすまなかったな。いい機会だから脳外科でも行けば?」
友達になったことで兵頭に対する態度が一変した訳じゃない。だったら憶えている限りでも、いつもの調子でバカに付き合っておけば大丈夫だろう。
「……なぁ。料理と食器並べるの手伝うぞ」
「えっ?いいよ!三澄君は病み上がりなんだから、座って待ってて」
「そうですよ。それに、まだ身体が痛みますよね?気にせず休んでいてください」
「そういう訳にもいかんだろ。せめて食器を並べるのくらいは手伝わせてくれ。じゃないと葵が『お客さんにばかりやらせるのは駄目!』ってうるさくなる」
「流石に病み上がりのお兄ちゃんにそんな酷なこと言わないよ!?あ。食器とお料理出すの、私も手伝います!」
さっきから見守ってるだけだった葵が、不服だったのかツッコんできた。
そんな葵と一緒に棚から必要な食器を出していく。
「そうか?家でゆっくりしたい時に限って、いつもいつも無理矢理外に連れ出す鬼畜妹だからなぁ。結構言いそうだ」
「お兄ちゃん、外に出たい時なんてそうそう無いでしょ…。せいぜい本を買いに行く時くらいじゃん」
「バレたか」
「バレるもなにもないと思うけど?」
俺と葵がそんな会話をしながら食器を並べていると、横から大量の唐揚げが乗せられた皿を、小鳥遊が机の中心に置いた。
「あはは。三澄君って、家だとそんな柔らかい感じなんだね。学校だと尖った印象が強いから、ちょっと意外」
「そ、そうか?俺はいつも通りのつもりだけど…」
「全然。最近は天津川さんと関わり出したおかげか、凄い柔らかくなった感じがするけど、やっぱりとげとげしい性格まではそう簡単に抜けないよ」
「じゃあお前にはとげとげしく接するけど良いんだな?」
「ゴメンナサイちょっと言い過ぎました私にも柔らかい態度でお願いします」
小鳥遊芽衣。俺のクラスの委員長で、この間兵頭と一緒にファーストフレンドになった女の子。
委員長としての仕事や、他グループとの付き合いもある為、まだそんなに会話を交わしたことはないらしい。
だったら兵頭よりも柔らかく、かつ本人が評価したようにとげとげしい一面を出しながら会話していけば、自然と小鳥遊との距離感が掴めると思う。
それにしても『私にも柔らかい態度で』なんて、まるで俺が優しい態度で接してる相手がいるみたいな物言いだな。
葵にすらあまり優しくないと思うし、そんな態度で接してる奴なんているのか?
「努力しよう。でもこう言っといてあれだけど、誰彼構わず基本ずっと冷たい態度ばかり取ってる俺に、そんなこと期待するなよ?」
「えー?そうかなぁ…。天津川さんには結構優しい雰囲気だけど……ねぇ天津川さん」
「へ?そ、そうですねっ!……すみません噓です。考え事してて聞いてませんでした…」
使った調理器具を洗っていた天津川は、急に小鳥遊に振られたことに慌てて答えるが、すぐに聞いてなかったと謝罪した。
まぁ水の音で俺らの声はかき消されてただろうし、考え事してなくても何のことかさっぱりだったと思うけど。
「三澄君は天津川さんには凄く優しいよねって話。三澄君ってば、『俺は誰にでも冷たい、氷のような男だぜ?』って言っていたから」
「おい。そんなキモくて痛そうな奴みたいなこと言ってねぇぞ」
しかもなんかイケボだし。どっから声出した。
もうなんとなくわかった。この小鳥遊って女の子は兵頭と似た何かを感じる。だからコイツには兵頭と同じような態度を取ってやろう。
「あははは。でもそうですね……三澄さんは否定するかもしれませんが、一度自分の懐に入れたお相手には、凄く優しい方だと思います。少々言葉がキツイこともありますが、心を許してるからこその言動だと、私は思います」
……………なんて眩しい笑顔なんだ。穢れを知らない純白の女神かよ。
俺はこんな美少女に好かれているのか?勝ち組かよ記憶を失う前の俺。
「なんか自分の懐に入れた相手って響き、ちょっとエッチぃな。なぁ三澄」
「心が汚いお前にしか、そう聞こえねぇだろうよ」
「うん俺には全然優しくないっ!」
「そりゃそうでしょ。兵頭君にはずっとそうだったんだし。ていうかセクハラで訴えるよ?」
「よーし僕も今さらながら手伝うよー!お米つぐね~」
流石に社会的に死ぬには勘弁なのか、兵頭は小鳥遊から逃げるように炊飯器のところに向かった。
……………ああ。でもなんだろう。こんなバカみたいなやり取りは、初めてじゃない気がする。
なんとなく身体が憶えてるみたいな感じだ。最近の俺は、こんなやり取りばかりしていたのか。
「……………」
「ん?どうした天津川。俺の顔になんか付いてんのか?」
「い、いえ!久し振りに三澄さんのお顔を拝見するので、脳内に刻んでおこうかと思っただけです!」
「落ち着け。なんかやべぇ奴みたいな発言してるぞ」
俺相手にはポンコツ化するって兵頭が言っていたけど、このことか…。
そんなやり取りをしながら、俺たちは料理と食器を並べ終えた。
……よくよく考えたら、この光景は凄いことだよな。いつもは江月おばさん(顔は忘れた)もいないから、リビングには俺と葵しかいなかった。
それがまさか、プリントを届けに来た三人の友人を交えて食事を摂ることになるなんてな。人生何があるかわからないもんなんだな。
俺のことが好きっていう女子がいるのが一番の驚きだけど。
「三澄はおかゆじゃなくてもいいのか?」
「ああ。流石にこんな旨そうなもん前にしたら、普通に米が食いたい」
「熱をぶり返しても知らねぇぞー?」
「そん時は明日、気合で治す。それでチャラだろ?」
「あの三澄がまさかの根性論」
どうせ味は感じないだろうけど、味覚障害の俺が涙を流す程に美味い唐揚げっていうのは気になる。
だから普通に食ってみたい。天津川の唐揚げを。
「お客さん用の椅子、お持ちしましたー!」
「あ。ありがとう葵ちゃん!言ってくれたら手伝ったのにぃ」
「いえいえ。ここまでしてくれたのに、これ以上はご迷惑をお掛けすることなんて出来ません」
葵が椅子を持って来たところで、ようやく皆が席につくことが出来た。誕生日席は兵頭に座らせた。
「なんか兵頭、その席に座ってるの凄い似合うな」
「それって、僕が普段から主役っぽいってこと?」
「いや、バカ感が強いから」
「んなこったろうと思ったよ!」
「はいはい。料理が冷めちゃうから、早いとこご飯食べちゃいましょ。それじゃあ、いただき~す!」
「「「いただきます!」」」
天津川と小鳥遊が作ってくれたのは、唐揚げと野菜サラダ。そして味噌汁だ。
短時間でここまでのラインナップを揃えるなんて、普段から料理してる人は違うな。
俺も葵に飯を作ったりするけど、ここまでスムーズに出来たことはなかったと思う。いちいちレシピを見なきゃ作れねぇし。
「うーん!美味しいですぅ~!お兄ちゃんは毎日、こんな美味しい物を食べてるの!?ズルいっ!」
「もぐもぐもぐもぐ……うん!美味しい!うちのお母さんのより美味しいよ、天津川さん!」
「あ、ありがとうございます…。そこまで言われると、なんだか照れちゃいます…」
「小鳥遊ちゃん、僕と同じこと言ってらぁ」
「本人の前では絶対に言ってはいけない言葉だな…」
さて、俺も唐揚げを食ってみるか。
そんな軽い気持ちで唐揚げを口に含む。……正直、二週間くらい前の俺が涙を流したなんて話が、一番信じられなかった。
兵頭の話。日記に書いてあること。特に日記っていう証拠があるんだし、味覚障害の俺が美味いなんて感じる訳が……
ザクッ!ジュワ~…。
「……………」
……美味い…。すぐにそう思った。そう感じることが出来た。
肉の味、醬油の風味……その全てが、口の中に広がるのが感じた。
嫌いだった肉汁や油もサラサラしていて、口の中には残らず、ていうかそれに唐揚げの旨みが一番凝縮されているというのがわかった。
それがあまりにも衝撃的で、信じられなくて……ただ味を求めるあまりに感じた幻覚かと疑い、味噌汁に手を伸ばした。
……美味い。これも凄く美味い。味噌汁の優しい味わいが、全身をホッとさせてくれるのを感じる。
サラダもシャキシャキとした食感だけでなく、しっかり美味いと感じる。
そう…。感じるんだ……味を、感じているんだ…。味覚障害であるはずの俺が、しっかりとそれを感じている。
「み、三澄…?」
「お兄ちゃん!どうしたの?どこか痛いの!?」
「あははは!三澄君、大丈夫?久し振りに食べる天津川さんの料理が、そんなに嬉しいの?」
「え!?そうなのですか!?」
「じゃなかったら、あんな涙を流したりしないって」
小鳥遊の指摘を受けて、俺はようやく、自分が涙を流していることに気付いた。
なんとなくお気付きかもしれませんが、三澄から少し普通の男の子のような感情が出てきています。
今夜辺りにもう一話投稿します。
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