怒らせたら怖い
「いってらっしゃい。少年、いや少女の恋が実ることを祈ってるよ!」
「相手側の応援すんじゃねぇよ。仮にも親なら反対意見を少しくらい持っとけ」
「その偏見をぶち壊す、それが江月監督さ。息子が恋してるのであれば応援、そして息子に恋してる者がいれば応援する!その人が乙葉君を幸せにしてくれるなら、親としてこれ以上の喜びがあろうか!」
「うっざ…。そしてさっきも思ったけど、セリフ長い」
おばさんは一々言葉数が多い。
しかしそれは説得力に溢れており、思わずそれに頷きそうになってしまう。この人は詐欺師の才能があると思う。
「はぁ……そんじゃ花壇の世話があるから、もう行くな」
「あいよ。ボクも新しいドラマの撮影に行かないと」
おばさんに見送られて、学校へ向かう。
どういう訳か、俺は昔から花の世話をするのが、好きでもないのに習慣になっていた。それは恐らく、亡くなった実の母との少ない繋がりだからだと思う。
顔も名前も忘れてしまったが、俺のせいで死んでしまったのだけはわかる。ずっと夢に見るんだからな。
正直ウンザりしている、あの忌々しい夢。
血だらけの教室、人ではない何かを見るような周りの視線、精神病院での診断、そして……母の自殺。
なんで自殺したのかなんて当然忘れた。だけど俺があの血だらけの教室を作ったのは間違いない。大方それのせいで変な噂が立って、母さんを追い込んだんだろう。
そんな母さんの好きだった物が、たぶん花だ。正直憶えていないが、それしか思い当たる節がないし、俺だって好きでもない花の世話なんてしていない。
律義に忘れないように自室の扉に貼り紙くっ付けて花の世話をしてる辺り、一応は母さんのことを大切に思ってたってことなんだろうな。
「昔の記憶が戻ることがあったら、俺はどうなるんだろ」
そんな考えてもわからないことを口に出しながら歩いていると、少し先に一人の女の子の背中が見えた。
その子は銀髪だ……ということは天津川しかいないだろう。銀髪の女の子なんて、そうそういない。
どうせならどんどん関われとおばさんに言われたし、せっかくだから声を掛けるか。そう思ったが、同時に天津川に対して黒い感情が籠った視線を向けられているのに気付く。
俺はいじめられた原因からか、人の嫉妬や羨望、憎悪などといった黒い感情に敏感になっていた。それが他人に向けられた物であってもだ。
その視線は後ろから感じ、振り返ってみると、一人の女の子が曲がり角に隠れていたのが見えた。
ストレートの長い髪、花のカチューシャ、整った顔立ちで特に目立つのはパッチリとした二重の目……と、数秒観察していると、その女の子は俺の視線に気付いて引っ込んでしまう。
……………あの女、天津川に何かされたのか?
天津川ほどの美少女なら、嫉妬と羨望の眼差しを向けられても仕方ないだろうが、いくらなんでもアレは異常だ。
憎悪の塊じゃねぇか。
「おはよう、天津川さん」
そんな声が聞こえて前に振り返ると、天津川が長身のイケメンに話し掛けられていた。
ネクタイの色が違うし、先輩か後輩だろう。うちの学園はブレザーで、ネクタイの色で学年が識別されている。
案の定どっちがどの色かなんてのは憶えてねぇ。
「おはようございます、西島先輩。今朝もお早いですね」
「ああ。君と一緒に登校したくてね」
「うふふ。ありがとうございます。私も先輩と仲良く出来るのは嬉しいですよ」
「そ、そうかい?」
「はい。生徒会副会長の先輩は、学園の皆さんの憧れですからね」
天津川に憧れだと言われて、照れる西島と呼ばれる先輩。
……………たぶん天津川に対して好意を抱いてるんだろうが、彼女はそれに気付いてないな…。
俺は西島先輩に心の中で黙禱して、二人の横を抜けようとする。
人の恋路を邪魔するクズ精神は持ち合わせていない。ここは西島先輩の無駄な奮闘を見守る形で……
「あ。三澄さん!」
だが通り抜けようとした瞬間、明らかに声色を変えて俺に声を掛けて来る銀髪美少女。
声色が変わったのは無意識だろうな…。哀れ西島先輩。陰キャ男子に敗北なう、だな。
「おはようございます。えっと……本日は、お日柄もよく…」
「初対面か。この間みたいに普通に接しろ」
「うぅ~……本当は色々お話したいのですが、いざ目の前にするとドキドキしてしまって……すみません」
「……………」
コイツ、可愛いな。無意識に自爆してることも知らないところが特に。あざと可愛いとはこのことか?
しかしなるほど。これはミスコン一位も納得だな。ここまで天然だと男女問わず人気も出るだろう。礼儀正しさも感じるから、逆に嫌う奴の方が少なそうだ。
……その分、さっきの女の異常さが際立つがな。
ふと、俺に対して黒い感情が向けられてることに気付く。
その視線は、西島先輩のものだった。
「なんすか?俺の顔に今朝のパンでも引っ付いてます?」
「えっ。パンって顔にくっ付くのですか?」
「ほんの冗談だよ。鵜吞みにするな」
「君、天津川さんとはどういう関係なのかな?」
俺と天津川のアホなやり取りを見ていた先輩は、そんなことを聞いてくる。
「どういう関係って……どんな関係だ?」
恋人という関係ではないし、かといって友達という距離感でもない。割と曖昧な関係という認識の為、天津川にキラーパスしてしまった。
しかし天津川は律義に考え出して、はっとなると徐に鞄から風呂敷に包まれた大きな弁当箱を俺に差し出して来た。だけどこれ、外から見てもわかる。三重箱くらいの弁当や。
大きさが普通のと桁違いだもん。
「こういう関係です!」
「愛が重い関係らしい」
「そ、そんな……重い、ですか…」
俺の言葉に、天津川はシュンとなって落ち込む。
いやその、流石に今の俺は悪くないよな?
「ていうか、何故こんなに作ってきた?」
「その……手…」
「手?」
「三澄さんの手が細くて、ちゃんと食べているのか心配になってしまって…」
俺は自分の手、そして袖を捲って腕を見てみる。
確かに細い。高校生の腕とは思えないくらい細い。まぁまともに飯を食ってないしな。
腹一杯に食ったのなんて、この間の天津川の弁当の時くらいなんじゃないか?
「なので、三澄さんの身体に沢山の栄養をと思ったら……こんなになってしまったというか…」
「それを俺が食べ切れるとでも?」
「ですがお母さんはこのお弁当箱で、お父さんの胃袋を捕まえたと言っていました。男の子は皆さん、これくらいは食べれるのかと思ったのですが……違うのですか?」
天津川父!?貴方はこの量の弁当を平らげてたの!?
相当の大食らいか、運動部だったんだな…。いやただの運動部でも厳しそうだぞ。
「なるほどね。そういうことか……だけど、君は本当に天津川さんに相応しいのかな?」
西島先輩は、なにやら不躾にそんなことを言う。
一気に俺に対する感情が、黒く覆いつくされたのを感じる。
嫉妬や羨望、そして怒り……男が抱くと見っともない感情ばかりだな。
「さぁ。でも相応しいかどうかなんて、どうでもよくないっすか?天津川がこれなんだし、仮に相応しさで決まるのなら、それは本人が決めることでしょう。外野がとやかく言うもんじゃないっすよ」
「ふむ。確かに君の言う通りだね。だけど、それは品行方正で優秀な人に限る話ではないかね?」
「どういうことっすか?」
俺は西島先輩の言葉がわからず、首を傾げる。
すると先輩は、顔を醜く歪めながら言葉を放つ。
「君のことは生徒会にまで届いているよ。授業態度やノート提出など、内申点は申し分ないようだが、如何せんテストの点数が芳しくないそうじゃないか」
あ。やっぱりテストの点数悪いのね。まぁそこは仕方ないからと諦めている。
だけど俺のことだ。たぶんテストが始まるまでに、ある程度の暗記くらいはしてるだろう。
「成績というのは、生徒の将来に最も影響を与えるものだ。知っての通り、うちは偏差値が高く、その分格式のある学園だ」
あー。なんか勉強はムズイなーって憶えはある。
「そんな学園で、君みたいな赤点ギリギリの生徒など相応しくない。学園の名に泥を塗ってるようなものだからな。……………だというのに、会長は全く気にも留めてないのが余計に腹立たしい。寧ろなぜ褒めてるのだ、あの人は」
後半はよく聞き取れなかったが、とにかく俺は学園に、さらには天津川に相応しくないと言いたいのだろう。
勝手な言い分だが、学生ってのは大抵こうやって成績マウントを取って満足するもんなんだろう。知らんけど。
しかしそれで自分の方が優秀で素晴らしい人間だと誇示しても、無駄なことだ。
……だって、俺の横でめちゃくちゃ怒ってる奴いるもん…。
「そういう訳だ。君のような成績不十分で、将来性に欠ける人間は天津川さんに相応しく……」
「……って…」
「ん?どうしたんだい、天津川さん」
俺は恐る恐る天津川を見る。そして……
「黙ってと言ってるんですッ!」
「っ!? あ、天津川さん…?」
周りには登校中の生徒が増え始めていて、そいつら全員がこちらを注目しだした。
そして真横にいた俺は天津川のらしくない甲高い声に耳をやられた。痛ぇ~…。
思わずしゃがみ込んで、ダメージを受けた耳を抑え込んだ俺を余所に、天津川は声を上げる。
「成績が優秀な人が学園に相応しい人間なんですか!?将来有望な人が学園に相応しい人なんですか!?」
「い、いや……僕は別に、そんな……」
貼り付けた笑顔を向けながら、弁解しようとする西島先輩。
しかし天津川はその言葉を聞き入れない。聞く耳を持ち合わせない。
「人のことを罵倒して、優越感に浸ってる人の方が学園に相応しい人なんですか!?見てください、今の三澄さんを!塞ぎ込んでしまう程に、凄く傷付いてるじゃないですか!?」
いやこれ君にやられたんだけど?その甲高い声に真横から受けて、脳にまでダメージを受けてんだけど?
「そ、そんな……僕はただ、天津川さんが悪い男に引っ掛かりそうだと思って…」
あ。馬鹿お前、それはたぶん禁句…。
バチンッ!
俺が西島先輩にそれ以上はいけないという視線を飛ばそうとするも、遅かったようだ…。
天津川のビンタが彼をぶっ飛ばしていた。怖っ…。
男が尻餅をつく程のビンタとか……口の中切れてそう。
「最っ低ですね。三澄さんを悪い男呼ばわりするだなんて。貴方は三澄さんの何を知っているんですか?」
「おい。天津川…」
いい加減、天津川を止めようと声をかけるが、彼女は無視して続けた。
「三澄さんが毎日欠かさず花壇の手入れをしていることを、困ってる人を助けてくれる優しい人だってことを、貴方は知っていますか?いいえ。きっと知らないのでしょうね。そうでなかったら、こんなに素敵な方を馬鹿にするはずがありません」
そう言うと、天津川は俺の手を引いて歩き始める。俺は彼女の言葉に半ば放心状態だった為、大人しくそれに従う形になってしまった。
まさか天津川に、花壇のことを知られていたなんてな。それに俺が困ってる人を助けただなんて……あ。それは天津川のことか。
「おい、天津川」
「大丈夫です。三澄さんの良いところは、私が少なからず知っていますので」
「そうじゃなくて……手が痛い。握る力強い」
「え?あ、すみませんすみません!怒りのあまり、少し力加減を間違えてしまいました…」
そう言って、天津川は手を離してペコペコと謝り出す。
なんかさっきまでとのギャップが凄いな。でもこれでわかったことがある。
天津川は、怒らせたら怖い…。
「まぁ別にいいんだけどさ……その、少し嬉しかったし」
「そ、そんな……三澄さんのことを何も知らずに、あーだこーだ言うから、ついカッとなってしまっただけで……うぅ~、思い返したら恥ずかしいです…。あんなに声を荒げてしまって…」
「いや、それもなんだけどさ……その、ありがとな」
「えっ?」
「いや、その……なんというか、俺のことを知っててくれて、嬉しかったっつうか。まぁ、そんな感じ。とにかく、ありがとう」
俺が言葉に詰まって適当にそう言うと、天津川は笑顔を向けて来る。
「お礼を言われるようなことではありません。人の良いところを見て、それを知るのは当たり前ですから」
「……その当たり前を出来る奴は、どれだけいるんだろうな…」
「えっ?」
「なんでもない。その弁当、貰っていいか?」
「あ。はい!どうぞ、お召し上がりください。ですがその~……」
天津川は手に持ってた大きな弁当箱を俺に渡し、顔を赤くしながら何かを言おうとする。
しかし、言葉が詰まって上手く出て来ないようだった。
俺は彼女の言いたいことを察して、こちらから提案した。
「昼休み。一緒に飯食わないか?」
「あ……はい!」
天津川は眩しい笑顔を咲かせながら頷いた。
……さて。昼休みはこの弁当と格闘せねば…。
そう思ったところで、また後ろから黒い感情が向けられてることに気付く。
後ろを振り返ると、誰かが曲がり角に消えていくのが見えた。
……長い髪に花のカチューシャ……あの女、西島先輩より面倒くさそうだな。
「三澄さん?どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。天津川の飯が楽しみだなって思っただけ」
「はうぅ~…。そ、そんなこと言われたら、恥ずかしいですよぉ…」
「どこに恥ずかしさを感じてるんだよ…」
とりあえず後でメモして、あの女のことを日記に書いておくか。一応、毎日な。
照れてる女の子は可愛い。そして怒った表情もまた可愛い。
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明日は『陰キャ男子高校生と天真爛漫なアイドル』を投稿する予定です。
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