プロローグ
机や椅子が散乱している。壁に幾つもの穴が開いている。
床には血が流れ、子どもが数名倒れている光景が見える。
視界の色が赤く染まってるように見える光景は、またあの夢かと内心ため息を吐く。
小五の時に見飽きてんだから、いい加減別の夢を見させろよ。俺はもうあの時のことは気にしてねぇんだからよ。
そんでこの後は精神病院の背景を見せられるんだろ?もうわかったからさっさと起きさせろ。行きつけのファミレスくらい飽きてんだよ。
『順調に回復していますが、やはりお子さんが前のような性格に戻ることは…』
『そんな……お願いします!この子は誰よりも大人しくて、優しい子だったんです!この子がこのまま成長なんてしたら…』
『手は尽くしますが、あまり期待出来ないことだけはご理解ください』
『お願いします!お願いします!』
ったく。大袈裟なんだよ。こっちは元から正常だっての。
逆に今までがおかしかったんだよ。この世に話し合いだけで解決することなんてない。最終的には暴力でしか解決出来ないこともあるんだよ。だから戦争なんてものがあるんだ。
今の世の中だって、戦争があったから出来た世の中だ。時には暴力、そこまでいかなくても何かしら強引な手段が必要なんだ。
『お願い乙葉…。もう二度とこんな乱暴なことはしないで…』
俺の母親の言葉も、全て同じ。高校二年になっても延々見せつけられてるかのような光景だ。
これも聞き飽きてるし、それに対する返答も言い飽きてる。
『なるべくはしないよ。でも同じことがあったら、また殺すつもりで暴力を振るうけど……いいよね?俺が幸せになるには必要なことなんだから』
その言葉を聞いた母さんは泣き崩れる。当時はなぜ泣いていたのかわからなかった。
まぁ、今でもよくわからねぇけどな。
優しさの籠った綺麗な瞳、なんて母さんは言っていたが、あの事件から俺の目は汚く濁った泥水という言葉が似合う目になっていたと思う。
心が折れて、絶望して、人を信用出来なくなった俺は、優しかった頃の俺に戻ることはない。ていうか今の俺の方が正しい俺だと思うがな。
『だからもう……こんな夢は見させないでくれ。母さん…』
俺は首を吊っている母さんを見て、そう呟いた。
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四時間目の授業が終わり、昼休み。
俺はコンビニで買った菓子パンの封を開けて、食べ始める。チョコチップクリームが入った蒸しパンだ。
まぁ味は感じないし、食事なんて生きる以外ではほとんど無意味なんだけどな。それでもポリポリとした食感と音だけは楽しめるし、他のに比べればマシだ。
より楽しむ為に目を瞑って食感と音を感じることに集中。食事中の楽しみなんてこれくらいしかない。
……そういえば、クリームの味ってどんなだっけか?嗅覚は生きてるし、甘い匂いだけはわかるんだが…。もう慣れたとはいえ、やっぱり味を感じられないのは不便だ。ストレス解消にも繋がるのが食事のはずだが、味が気になり出すと逆にストレスを感じるな。
まぁこれ以上考えるのは止そう。虚しいだけだ。
医者も自然と回復するのを待つしかないって言ってたしな。気長に待つか。もう何年も経ってるけど。
蒸しパンを食べ終わり、次のパンを食べようと思って目を開けると、目の前で一人の男子が弁当を食べていた。
コイツまた気配もなく目の前に座りやがって…。
「おっす三澄!邪魔してるぜ!」
「……………(バリッ!モグモグ)」
「今日も初手は無視かぁ!」
あちゃ~という感じで頭に手を当ててるコイツは自称俺の親友第一号、兵頭翔。
やや長髪で右目側に赤メッシュ。学ランのボタンは全開のチャラ男だ。あと眼鏡。
テンションがウザイ。うるさい。だるいの三拍子が揃ったバカだ。バカなはずなんだが、これでも成績は一桁だ。バカなくせに。
あとイケメンだからモテる。ひょうきんな性格もあって友達が多い。
「三澄はいつも同じ菓子パンで飽きないの?たまには学食とかさぁ」
「テメェだけで行ってこい」
「そんな釣れないこと言わないでくれよぉ。僕たちは魂の誓いを立てた親友じゃん?」
「そう思ってんのはお前だけだ。俺はお前のことは嫌いだ」
「嫌よ嫌よも好きの内って奴だね?わかるとも!僕ちん、ツンデレには理解が深いんだ」
ほらな?バカだろ。
こういうバカの相手は疲れる。俺が何度突き放そうが、冷たい態度を取ってようがお構いなしだ。なぜそんなウザイ奴が嫌われない?嫌われとけや。
「ねぇねぇ三澄、放課後暇?三澄んちに遊びに行きたいんだけどぉ…。具体的に言うと、部屋に遊びに行きたいなぁって!」
「暇だが遊びに来るんじゃねぇ。それに俺の部屋には本以外何もねぇし、楽しめる物は置いてない」
「本って言っても、漫画でしょ?それにその冷たい感じの性格は、漫画の影響と見た!だったら十分楽しめる!」
「漫画は妹しか持ってねぇって何度言ったらわかる…。つうか読んだことねぇ」
このやり取りも何度も何度も何度も何度も何度もあった。去年の夏休み明けてから、ほぼ毎日だ。
勝手に俺の前に座って、勝手に友達面して、勝手に一緒に飯を食ってる。なんなんだコイツは…。付き纏う理由を聞いても友達になりたいからの一辺倒だし。
「僕ちんはこの目で見た物以外信じないんだ。だから遊びに行きたい!」
「一人で漫画喫茶にでも行ってろ」
「談笑中に申し訳ございません。少しよろしいでしょうか?」
そう話しかけられ、これのどこが談笑だと思いながら見てみると、白い髪をした一人の女の子が俺の横に立っていた。
……………誰だ?
「おー!?あ、貴女様が、なぜ僕たちに!?」
「誰だお前?」
「ぶふっ!ごっほ!ごっほ!ちょ、三澄マジ!?マジで言ってる!?」
「汚ねぇな…。横向いて吹いたことは褒めてやるが、急になんだよ?」
「お、おおおおお、お前な!?この子を知らないとか、本気で言ってんのかよ!」
「だからなんだよ?そんなに言うんだったら、コイ……この女の子のことをいい加減説明しろ」
未だに謎に頭を抱えている兵頭に説明を求める。
そんな大袈裟に「信じられないコイツ!」みたいな態度を取られると、気になるだろう。
「あのさぁ~…。自分のクラスの子、しかもロシア人ハーフで去年学園祭でミスコン一位を取った天津川友奈ちゃんを知らないとか……人として、いや男としてどうなのかなチミぃ~?」
そう言いながら俺の額を指でビスビス突いてくる兵頭。
とりあえず腹立ったので曲げてはいけない方向に指を曲げて大人しくさせて、きょとんとしている天津川友奈という女の子を見る。
「ああああぁぁぁぁぁぁッ!?指がーーー!?」
「白い髪の毛……いや、銀髪か?」
「は、はい。どちらの認識でも大丈夫ですよ。私は母がロシア人でして、その遺伝でこの髪色なんです」
「そう。コイツが騒いでる理由は、さっき言ったことだけなのか」
「え?はい……たぶん、そうだと思います」
そう言う彼女を一度よく見てみる。
特徴的な髪の色に、腰の辺りまで伸びたストレートヘアー。身長は150あるかないかくらいか。顔も小さくて、愛らしさを感じる可愛い顔立ちだと思う。丁寧な口調もあってか、御淑やかな印象を受ける。
性格も良さそうだし、ハーフという珍しさもあって、ミスコン一位を取るのもわかる気はする。
「ふぅん。あっそ。そんなことか。このバカが大袈裟に騒ぐから、芸能人か何かなのかと思った」
未だに指を抑えている兵頭を見ながら言う。
「え…?そんなこと……ですか?」
「ああ。気に障ったか?」
「……いえ。そんな風に言ってくださる方は初めてで、少し驚いてしまいました」
天津川は不思議な物でも見るような目をしながら言う。
確かにハーフってことと、彼女の容姿や御淑やかそうな性格から考えれば、初対面でも普通はもっと気になったりするんだろう。
でもそんなの、表面上の彼女でしかない。人の本性なんて、表面だけ見てもわからないからな…。
「あっそ。他の奴からどんな風に言われてるのか知らねぇけど、そんなこと俺はどうでもいいな。つまり天津川はただの可愛い女の子ってだけなんだろ?珍しくもなんともない。そんなの探せばいくらでもいる」
俺がそんなこと言ってパンを齧ると、少々沈黙が流れた。
不思議に思って天津川を見てみると、彼女はじーっと俺を見つめていた。
「……………」
「なんだ?人の顔をジロジロ見やがって」
「……わかり、ました…」
「は?」
「今の意見、参考にさせていただきますね!」
「はぁ?」
「お食事中のところ、ありがとうございました。失礼致します」
天津川はそう言って、嬉しそうに笑いながら教室から出ていった。
なんだアイツ?俺なんかアドバイスしたか?
「み~す~み~…。チミは一体、あの学校一の美少女と何があったのかなぁ~?」
指の痛みから復活したバカから、まるで呪ってきそうな声音で迫られる。
知るか。今何があったのかをこっちが聞きてぇよ。
「……逆に聞くが、顔どころか髪すら覚えてなかった相手と何かあったと思うか?しかもクラスメイト」
「う~ん…。はっ!まさか……そういうことなのか…?いや、あれは都市伝説のはずだ…」
「都市伝説?なんだそれ?」
俺は兵頭の言う都市伝説が気になって聞いてみる。
すると兵頭は真剣な表情でこう言った。
「都市伝説、それは……ラブコメの定番!学校一の美少女が、特に目立たない男子のことを逆に気になってしまって、目で追っている内にいつの間にか恋に落ちてしまっていた!という伝説のシチュエーションだーっ!」
「聞いて損した死ね」
さっきとは逆の人差し指で立てながら言うバカの指を、もう一回逆に曲げてやった。
悲痛な叫びが、またクラスに響き渡った。
それと同時に、俺は気付いていた。クラスの連中から見られる視線に、黒い感情が多分に含まれてることに。
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