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4‐2 追放令嬢な私の反撃


 完全にやられたわ。


 セーラはきっと教会の最近のきな臭さを察知して、王子の話に乗ったんでしょう。

 王子はきっと私だけでも幸せに生きて欲しいからと自分とセーラが犠牲になるという案をもちかけたのでしょう。


 二人とも私のことを大切に思っていることくらい知ってるから、そんなの簡単に分かるのよ。二人とも私だけでも幸せにしてくれようとしているのは。


 私はずっと犠牲になった王太子妃(悲劇のヒロイン)になるなんてご免だわと思っていたわ。けれど、それ以上に大切な人たちの命と引き換えに生きるのはもっとご免だわ。


 そんなの許して堪るものですか!


「何をおっしゃっているのですか、殿下。聖女様もそんなお戯れはよしてくださいな」


 冗談だと仰ってください、そうすればまだ引き返せるわ。


「ほう、よくもそんなことを言えたものだな。この悪女めが! そうやって笑顔で誤魔化しながら、陰ではセーラのことを虐めていたんだろう?」

「そんなことはありませんわ。ねぇ、セーラ様?」


 お願いセーラ、貴方だって死にたくないでしょう? 無理に嘘を吐く必要なんてないの。


「お前はそうやって。セーラのことを脅して嘘を吐かせようとしているのだろう。酷い女だ。大丈夫だ、セーラ安心しろ。何があろうと僕が守ってやるな。真実を言っていいんだぞ」

「殿下! わ、私、リディア様にずっと虐められて、その、あの辛くてっ……」

「聖女様、ご冗談はよして下さい。私とセーラ様は毎週お茶会をするほど仲がよろしいではありませんか」

「……」


 セーラが黙り込んだわ。そうよね、だって私とセーラが仲良いのもお茶会も本当のことだもの。咄嗟に上手い嘘を吐けるような舌をあなたは持っていないもの。


「……それは、お茶会という名のいびりのことか?」

「え」

「セーラから聞いているんだぞ。お茶会で食べ物とは思えないものを食わされたと。少し前にはしびれ薬まで仕組んで『あら急に床に倒れこんだりして、流石貧民街育ちの方は虫の真似が上手なのね』とあざ笑ったとは言うではないか」

「そのようなこ――」


 これは私が反対しても、引きさがっても駄目なやつだわ。


 だって反対したら後に『やっぱり令嬢は嘘を吐いていなくて、聖女が悪い奴だったんだな』という話になり、引きさがってその通りだと言っても『可哀想に信じて貰えなくて受け入れざる得なかったんだ』という話になる。つまり、王子とセーラが手を組んで私を敵として扱うことを辞めない限り、新たな二項対立を覆すことは不可能になっているの。やられた。完全にやられたわ。


「もう貴様の声なんぞ聞きたくない。衛兵、こいつをつまみ出せ。そして、そのまま国外追放だ!」


 仕上げとばかりに声を張り上げる王子に私は舌打ちをした。らしくないのよ。貴方が横暴な王子様だなんて役柄を演じているのは。その後ろのセーラも男を誑かして他者を貶めて楽しむ様な女を演じるのは向いてないわ。下手くそすぎて、きっと私以外にもこれが演技だって悟っている人がいるに違いないわ。そんな下手くそな演技に成すすべもない自分が情けないわ。


「殿下! 聖女様! どうかお考え直しを!」


 お願いだからこんな馬鹿なことはやめて!


 腕を掴んで引きずっていこうとする衛兵に必死に反抗する。


「ご再考を!」


 もう帝国の計画もひっくるめて全て表沙汰にしてやろうかとも思った。けれどその場合に出来る二項対立図式は聖女と王侯貴族に対する教会と帝国という圧倒的にこちら側が不利な図式だ。その場合、武力衝突の可能性が高まり、私達は全滅、国民にも甚大な被害が出るに違いないわ。


「うるさい! お前のような女が国外追放で済んだことだけでもありがたく思え!」


 閉まる扉の向こうでは、私の大切な二人がどこか悲し気に笑った気がした。


 ***


「リディア様……」


 召使いがそう気遣うように私の名を呼んだ。


 あの後、私と共に追放されるといった諸侯たちが幾人も出てきた。王子達はこれも狙っていたのだろう。賢いまともな諸侯たちを私側の味方として逃がすことを。本当にやってくれた。


 諸侯たちの中には王子の意図まで分かっている者までいて、最後に王城を去るとき泣きながら綺麗な礼をしていた。一部残ろうとした者もいたがその人物も聖女が「この方も私をいじめたの」と言い出し、王子がそれに怒って追放されるという形に変わっただけだ。


「リディア様、殿下達は我々を身を賭して守って下さいました。だから、決して自暴自棄にならぬよう」


 ある大臣は私に真っ赤な目をしているというのに気丈にふるまって私に忠告をした。


 二人を失う悲しみで私が自殺などしないようにね。流石にこの状況で自殺なんてする馬鹿じゃないわ。折角、二人が身を犠牲にしてまで生かしてもらったのに、それを不意にするわけないじゃないの。


 でも、あの二人は私の幸せを願ってくれたのでしょうけれど、それは無理ね。


 だって、セーラと王子が一緒にいないんだもの。二人の命の上に成り立った自分の幸せなんて望める訳ないじゃないの。


 私はあの二人を失って生きるくらいなら、一緒に死んだ方がマシだったわ。


 あんな馬鹿なことをさせる前に私が気づいて阻止できれば、こんな追い詰められる前にセーラと王子と無理やりにでも逃げ出していれば、帝国の策略もその他の国の侵略も退ける程の力や策を私が得ていれば、こんな、こんなことにならなかった。


 どうして、私はこんなにも無力なの。


 これじゃあまるで私のなりたくなかった、悲劇のヒロイン(何も出来ない弱い女)じゃない!



 ………………本当にあの二人ったらとんでもないわ。きっと帝国の皇子もこの展開には舌打ちでもするんじゃないかしら。いくらなんでもこんなの予想できないもの。


 でも、同時にあの二人らしいとも思うの。どんな不利な状況でも、どんな追い込まれても、自分の我を通してみせる。それが無茶苦茶な方法でも、バカらしい茶番劇だとしても、己の求めることの為に全力を尽くしてみせる。


 それに対して私は、何も出来ないで終わった。なんて情けない話かしら。まあ、最後の最後で計画が失敗した帝国の皇子も情けないけれど。


 これからどうしようかしら……帝国の所為で、うちの国は亡ぶ。私の無力の所為で、セーラと王子は殺される。


 帝国の敵側の勢力にでも加わってみようかしら。そうして帝国の連中を滅ぼしてやるの。

 まあ、現実味はないけれど。


 でも、このままやられたまま大人しく生きているってのは納得いかないもの。向こうはどうせ王子がセーラの死を嘆くだけで終わるもの。そんなのそんなの許せないじゃないの。


 どうにかして帝国の連中に辛酸を舐めさせてやりたい。


 いっそ、帝国に協力する体で中枢に入り込んで、大損害でも与えてみるかしら。向こうだって白側の私を味方にするのは国民の支持を得られるから都合がいいと思うから現実味はあるわ。いやでも、私があの皇子を見て殴りかからない自信は無いし、向こうだってセーラの代わりに生き残った女と協力するのはさぞ嫌がるでしょうね。


 ――ちょっと待ちなさい、皇子のそのセーラへの執着を利用しない手はないじゃない。


 帝国の皇子を利用すればいいんだわ!

 だって向こうもセーラが死ぬのは御免でしょうから。利害一致してる点を利用せずに放置だなんて、私はなんて弱気な姿勢でいるのかしら。


 自分が追放されたからって私は何を諦めているのかしら。王子もセーラもまだ死んでないじゃない。なのに勝手にもう終わったと思い込んで、嘆いて、そんな生産性が無い時間を過ごしたって意味が無いのに。


 それに私は今回の件がなかったら、きっと私は王子と共に死を受け入れていたわ。でも、それは私とセーラの位置が入れ替わっただけの話で、バッドエンド(誰も幸せになれない)。セーラの為だと、そうすればセーラは幸せになれるからと、何も出来ない自分を見ないふりして諦めていただけだわ。そんなの馬鹿みたいだわ。


 抗え、抗い続けなさい。それが私のモットーでしょう。


 悲劇のヒロインでいて良いはずがないでしょう? 

 最期まで抗いなさい。何を弱気になっているの。やられたならやり返す気で、何か予想外の問題があれば、それさえも利用しなさい。今回の二人の行動すらも糧としなさい。


 不幸を受け入れるな、幸福を求めなさい。帝国に奪われるなら、帝国から奪い返しなさい。

 今、自分に出来る最善の道を選びなさい。道が無いなら無理やりにでも作るのよ。


 ぎゅっと拳を握りしめて私は立ち上がる。


「亡命先は帝国よ! 今すぐ発つわ!」

「リディア様?」


 突然の私の命令に召使いや諸侯達は混乱するが、それに構わず私は叫ぶ。


「帝国の第一皇子には亡命と面会の申し入れを送りなさい! 早くっ、ぐずぐず嘆いている暇があったら動きなさい!」

「な、何を」

「このまま終わってたまりますか! 真に幸せな未来を掴みたいなら私の指示に従いなさい!」


 悲劇(バッドエンド)なんて迎え討つ気概でいなきゃ、幸せな未来(ハッピーエンド)は得られないもの。


 私は悲劇のヒロインにはならないわ。


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