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4‐1 追放令嬢な私の反撃


 舌打ちした帝国の王子は鋭い水色の瞳と銀色の髪と、どこか浮世離れをした容姿をしている。色合い的には淡い色ばかりではかなげに見えるかもしれないが、その雰囲気は猛獣にも劣らない。流石、近年領土を拡大してきた帝国の、次期王最有力候補だ。


 同じ銀髪でも、私の大切な(セーラ)とは全く別で、見ているだけで踏みつぶしたくなるわ。


 ***


 自分の人生は負け犬だと幼少期から言われてたようなものだった。


 幼い頃から、最後の王子の婚約者となるかもしれないから、美しく散りなさいと。


 でも、そんなのは嫌だった。自分自身が散るのも、弟のように可愛がっている婚約者の王子が散るのも御免だった。その為に必死に抗ってきた。


 積極的にこの国を滅ぼそうとするものを見つけ出そうとしたし、いざとなった時の逃亡の仕方も考えていた。


 だから、なんだかんだ世襲制で私の家系から選ばれてきた『聖女』の座を、貧民街から拾われた娘が得たと聞いた時にどこか違和感を感じて、彼女に接近したの。その頃の時点で教会が不穏だとは分かっていたしね。


 その娘が、教会からの刺客でこの王国を滅ぼす存在なのか疑って、もしそうならば逆に利用するか、殺すかしてやろうと思っていたの。


 けれど、その娘は『聖女』じゃないと泣いていたの。教会から逃げ出して、隠れて、泣いていた。


「あたしはあたしだ」と泣く少女を見て、私は彼女を殺そうだなんて恐ろしい思いはかき消えてしまったわ


 だって、彼女は私だったから。

 『聖女』という与えられた役目に必死に抗おうとしている彼女と、『最後の王子の婚約者』という役目に必死に抗おうとしている私は似た者同士だったから。


 その後、話を聞いている内に、彼女は私の敵ではないと確信したわ。彼女は聖職者共を酷く嫌っていたし、教会の言いなりになっている様子も無い。あと、そこまで賢くなくて、隠し事とかが出来るタイプではないから、刺客には絶望的に向かないわ。


 けれど、彼女が『聖女』になったのには何か訳があるだろうとは疑ってはいたから、よく探りを入れたけれどね。勿論、彼女自身を疑っていたのではないわ、彼女の周りのことを知りたかったの。


 とはいえど、目の前でただ会えて嬉しいと、話せて嬉しいとばかりに笑う彼女に、こちらは純粋に会いに行ったのではなかったから、酷く心が痛んだけれども。彼女を利用する誰かを追い詰める為だと考えれば多少は気が晴れたわ。


 初めて、彼女を利用する誰かの見当がついたのは、とある国際的なパーティーでのことだった。


 可愛らしい淡い緑のドレスを慣れない様子で着ていたセーラが、パーティー会場から一緒に逃れて休憩をとっていた時に、


「リディア様ってやっぱ人気者ですね」

「あら、急にどうしたのセーラ?」

「あたしさ、王子の代わりにリディア様の番犬になってやろうかと思って、リディア様のことじろじろ見てくる奴がいないかと探して、そいつのこと睨んだらさ睨み返されたんですよ。あたしがリディア様の隣にいるから羨ましかったんだ、きっと。王子と一緒だけど、王子じゃないから代わってあげないって思いました」


 少し憤慨気味に、そういうセーラの愛らしさで、私はあっさり流してしまう所だったけれど。

 私にそういった興味を持つ、殿方って王子の他にいたかしら? 私は、割ときつめの風貌をしているし、うちの王子が私を酷く気に入っているのは知れ渡っていることだから、そんなにじろじろと私を見るような人はいないと思うのだけれど。前回、セーラが居ない時には似たような顔ぶれが集まったけれど、そんな人はいなかったわ。


 それに、自分に対する視線に気づかないと思わないわ。


 休憩後、私はリディアの言っていた人物を探した。勿論、変に思われても困るから、探している様子は表に出さないようにしたけれどね。


 それで気付いたの、帝国の皇子が私と一緒にいるセーラを気にしていることを。


 元からセーラは貧民街出身の聖女だということで、人の注目を浴びやすい。だから、人々の視線が彼女に向かうのは自然なことだったけれど、帝国の皇子の視線はどこか熱を帯びていた。


 ふぅん? 


「さっきセーラが言ってたのってあの銀髪のことかしら」


 そっと耳打ちして聞けば、セーラは「そうそう」と頷く。私より背の低い彼女が大きな緑の瞳で見上げてくるのが可愛くて仕方なくて、頭を撫でれば嬉しそうに彼女は笑う。


 帝国の皇子が私に対して剣呑な目つきをするものだから、少し笑ってしまう。可愛いセーラは誤解しているようだけれど、帝国の皇子のお目当てはセーラのようだ。


 帝国ねぇ……スパイを送っているのが一番多いのが帝国だったわね。あの皇子もきっと何も知らない訳ではないでしょうし。セーラについても何か帝国が仕組んでいるのかしら? 


 ああ、うちの国を、私を貶めようとしている奴が、セーラまでも利用しているなんて許せないわ。それに、利用なんかしてなくともうちのセーラを帝国の皇子になんか渡さないわ。


 そういう意味を込めて、セーラを抱きしめて皇子に向かって得意げに笑って見せればギリィと向こうが悔し気な顔をする。ああ、気分が良いわ。


 何も知らないセーラは「これ後で王子様にもやれば喜ぶと思う!」とぎゅっと抱きしめかえしてきた。


 ***


 畜生! 畜生! 畜生!


 帝国だけじゃなくて、あの国までこの国を狙っているだなんて。しかも帝国みたいに策略ではなく、武力でこの国を取ろうとしている。


 帝国だけでも大変なのに、両国を相手取るなんて無理だわ。


 よくよく考えれば、立地的に両国の争いに不可欠だから巻き込まれたってことだし。ああもう! 


 武力で侵略され民が犠牲になるより、帝国の策略でうちの国を支配するものが犠牲は少ない。


 犠牲になった王太子妃(悲劇のヒロイン)になんてなるのは真っ平御免だって幼い頃から思っていたわ。


 だけど……無謀な足掻きをして、大きな被害を出すことは駄目だわ。


 帝国の策略にこのまま嵌って王侯貴族のみが犠牲になる方が、他の国に武力で潰される方に比べて犠牲は圧倒的に少ない。


 二国に勝てる算段も無ければ、あの用心深くて自国第一主義な二国のどちらかと同盟を組める可能性も限りなく低い。弱小国な私たちの国なんてただの戦略上の拠点でしかないのだから。


 武力で攻められてしまっては、私や王子達だけの犠牲じゃ終わらないわ。みんなみんな、死んでしまうわ。優しくて可愛いセーラだって死んでしまうわ。それは駄目よ。


 となると帝国の方に侵略された方がマシなのは明白。

 けれど、その場合、私や王子がどこかに亡命した場合、『聖女』のセーラと対立することになるわ。勿論、セーラは私達に敵対することなんて望まない。反抗するに決まってるわ。となると皇子はともかく他の帝国側の人間がセーラに危害を加えたり、最悪の場合、私達側の人間の犯行だとして殺したりする可能性だって出てくる。それは許せないわ。


 そうなると一番マシなのが、帝国の皇子が望んでいるように、教会が国民を扇動し王侯貴族を掃討し、その後に教会の腐敗が発覚、真の敵が判明し、セーラと帝国の人間が腐敗した教会を一掃するという筋書きだ。


 国民は腐敗した教会に誤った情報を与えられ扇動されてしまった被害者だが、目を覚まし真の敵を倒す。

 セーラは訳も分からない内に担ぎ上げられたものの、教会の腐敗に気づき帝国の人間と共に真の敵である教会を打ち倒した聖女。

 帝国は隣国の王族が亡くなったことを嘆きながら、真の敵である教会を倒してくれた新しい統治者。

 そして私と王子は教会の策略によって殺された犠牲者。


 ええ、私達以外は幸せね。セーラは私たちの死を悲しみ、国民も自分たちのしでかしたことに罪悪感を覚えるかもしれないけれど、それでも変に動くよりはこのまま乗った方が犠牲は少なくて済むわ。


 


 ………………腹をくくって散るしか道は無いようね。気分は最低最悪だけれども仕方ないんですもの。


 ***


「リディア! 聖女であるセーラを陰で虐めるお前には愛想が尽きた。今、ここで婚約破棄をする。そしてお前を追放する!」


 何が起こっているのか分からなかった。


「わた、私、リディア様に酷いことされて……でも、言えなくてつらかったんですっ」

「おお、可哀想なセーラ、僕が守ってやるからな! リディア! お前はなんて奴なんだ!」

「殿下ぁ! 怖かったぁ……」


 いや、目の前で起きていることは分かるのだ。王子とセーラが寄り添いながら私に婚約破棄を宣言し、ありもしない罪で糾弾しようとしているのだと。


 でも、流石に私はこの二人が悪意を持って私に害を与えるとは思えなかった。


 にやりと意地悪そうに王子の背中からひょこと顔を出して笑うセーラを見て、人々は眉を顰めたり、ざわついたりする。


 ああ、演技だわ。この二人は茶番を演じて、何かを成し遂げようとしている。


 考えろ、この二人が何をしようとしているのか、私は何をするべきか。余計なことは考えるな周りの反応を気にするな。目を瞑って落ち着きなさい。


 王子と聖女が手を組んで、王子の婚約者である私に婚約破棄を宣言し、断罪する。これはつまり、王家と私の関係の決別。そして、聖女と王家の癒着が示されることになる。


 となると、帝国の計画が上手くいかなくなる。何故なら、あの策ではどの時点でも聖女は清廉潔白でなくてはならないから。


 最初に教会と王侯貴族は二項対立の構図にならなくてはならない。

 つまり、教会は白、王侯貴族は黒。


 だが、王子とセーラが私に婚約破棄と断罪することによって構図はたった今、変わった。王家と聖女(おそらくこの場合教会も含まれる)と、断罪された私とおそらくこの行動に呆れ私と共に国を出る諸侯達と二項対立が変化する。


 帝国の筋書きは変わる。帝国は最終的には王族も教会も潰す気でいる。となると、この二項対立で私たちは白側にされる。それはそうよ、聖女が黒になって多少は向こうは嫌がるかもしれないけれど、一番邪魔な王家と教会は潰せるんだもの。後に残るのは、私や一部の貴族だけ、他国に逃げるとなると国を捨てたも同然、よって後であーだこーだ言っても発言力は小さい。


 つまり、このまま行くと私は潔白な身で逃亡先で暮らせるが、王族とセーラを含む教会が潰されるということだ。

 

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