3‐1 皇子な俺の失敗
俺はとある帝国の第一皇子として世に誕生した。戦いに長けており領土を広げていく、そんな強国で俺は育った。
先王であるおじい様は無敗王と呼ばれる程、勇敢で強い王で、俺はそんなおじい様の武勇伝を幼い頃から耳にして、そんなおじい様の元で育って、おじい様のようになりたいと思っていた。
反対に戦争をなるべく避け、ちまちまとした手で領土を広げていく癖して「大陸を統一する」だなんて言う、現王、父上を臆病者の癖に何大口叩いてやがると思った。
ようは生意気なクソガキだった。
そんなクソガキは父に与えられた課題をこなすために、お忍びで父が領土を拡大する予定地だと言っていた国に行った。最初こそ、異国の雰囲気に流されて父がよこした部下に大人しく従っていたが、父に反抗心ばかり抱いて俺だ、その部下の言うことなんて聞きたくなくなった。
「護衛と絶対に一緒にいるんですよ」という皇子である俺が絶対に守るべきそれも破ったのだから、相当なクソガキだ。
確か、護衛に命令で「目を瞑れ」って言って、それから思いっきり剣の鞘で叩いて気絶させたんだっけな。あの時は運がよく護衛達は生きてたけど、下手したら殺してたなって話だな。
何はともあれ俺は一人でその国の町を彷徨っていた。勿論、箱入りの俺だ、あてもなくただ彷徨っていたら、身なりの良さから狙われてごろつきに攫われた。
馬鹿としかいいようがない。ま、その馬鹿な行動のお陰で彼女に出会ったんだけどな。
***
ちゃんと言うことを聞いていれば……そう自分の愚かさを後悔する。
手にも足にもロープがきつく巻かれて解けず、口にはさるぐつわをされ助けを呼ぼうにも呼べない。
身ぐるみをはがされたものだから、この状況を打破できるような刃物とかは持ってない。今、俺にあるのはこの身と、身に着けている下着くらいだ。
帝国の皇子がなんてざまなんだろう。我ながら馬鹿すぎて呆れる。
きっと護衛達は俺の失踪で血眼となって探しているだろう。次からはこういうことをしないようにしなければと思っていると――、
「頭、このガキどうする?」
「んなの、決まってんだろ。いつも通り殺す。顔見られてっからな」
血の気が引いた。
皇子である俺をたかがゴロツキが殺すとは思ってなかった。身代金とか要求する可能性は考えてたけど、皇子の俺を殺すだなんて大それたことをするとは思ってもみなかった。
「あ、髪は汚すなよ。銀髪だなんて、珍しいから高値で売れそうだしな」
頭と呼ばれていた男の言葉にハッとする。
ここは帝国じゃない。銀髪が皇子だと知れ渡っている帝国じゃない。
そんな国では、俺のフード付きの服をはぎ取って銀髪だって分かったって、ただの珍しいガキにすぎない。
なんとか殺されることを避けられないかと、自分が皇子だって主張しようにもさるぐつわのせいでなにも言葉に出来ない。
錆び付いたた大剣を持ってきたごろつきの姿に俺は絶望する。
なんだかんだ護衛や側近が来て助かるだなんて思ってた。自分は皇子だから権力じゃなくて、金目当てらしき連中には殺されないだろうなんて高を括ってた。
だけど、そんな世の中は甘くなかった。
俺の甘えと傲慢さを容赦なく踏みつぶすような現実が、今ここにある。
そのことへの恐怖で俺は元から自由の利かなかった体で、もがくこともやめて、声を出すこともやめて、ただ錆びた大剣を見つめ恐怖に震えた。
俺は今や、ただの馬鹿で恐怖に震えるしか出来ないクソガキだ。
そう諦めて死を覚悟して目を瞑ろうとした時だった。
パァン‼
凄まじい破裂音がごろつき達の後方でする。俺が目をかっ開いたのは勿論、ごろつき達も何が起きたのか音の方向へ視線を向ける。連中の仲間が火傷でもしたのか、「あっつ!」と声をあげる。
そうして、俺を含め全員の集中がその破裂音へと向かった時だった。
「今、助けてやっから、騒ぐんじゃねぇぞ」
そう囁かれた。
驚いて声の主を確認すれば、黒いフードを被った緑の瞳を持つ自分と同じ年頃の子供がいた。
騒ぐなと言われても予想外のことに声をあげそうになったが、幸いごろつきがつけたさるぐつわのお陰で無事だった。
子供は手際よくナイフで俺の手足を縛るロープを切ると、そのまま手を引いて走り出した。
それから数秒後、こちらに目を向けたごろつきの一人がが「おい、ガキが逃げるぞ!」と叫ぶ。
子供くらいしか通りぬけられそうな穴に来た時、その子供は先に俺を押し込んだ後、自分も次に続く。そうして、男たちを巻いたあと、「これでもくらえ」と手に持っていた花火に火をつけて自分が通ってきた穴に放り込む。
あまりの手際のよさに俺は唖然としたが、そんな俺の手をまた引っ張って子供は走り出す。
後ろで、花火の音や、男達の騒ぐ声や、その後の何かが崩れる音にも振り向きもせず、その子供は走り続ける。
走って、走って、走り続けて、俺の体力が尽きそうになった時に、ようやくその子供は俺から手を放す。
「うし、ここまでくれば多分、大丈夫だ。お前、平気か?」
「……ああ」
皇族である俺はそんな口の利き方をされるのはなかなか無いが、この子供は俺の事を知らないだろうし、フードを被った怪しげな人物だが恩人でもある、さるぐつわをとって大人しくそう返事をする。
「なら、よかった。ここはあたしの住処だからあいつらは来ねぇよ。服は置いてきちまったけど諦めてくれ、流石に回収してくんのは無理だわ」
そう階段もない錆びれた二階建ての建物の窓の中に、もろそうな手作り感満載の梯子で登って入った子供が来いとばかりに手招きする。
俺が恐る恐る梯子を上って同様にその中に入り終わると、子供は窓を閉めて、座り込む。
「すぐに警備隊の所行こうとすると途中で待ち伏せされそうだからな、少しここでじっとしてもらうけどいいか? つっても、それ以外はねぇけどな」
「分かった」
自分も頷いてから座る。
「「………………」」
沈黙が続く。子供は相変わらずフードを被ったまま、壁に寄りかかって座っている。
黒い上着は大きめなのか、子供の細い手足が際立っていた。そして、その手足には小さな傷があった。足にだけ布が巻かれていたので疑問に思ったが、ふと自分の足を確認して理由が分かった。
自分の足は身ぐるみはがされて裸足で走った所為か、傷だらけだった。また、ガラスでも踏んだのか血が出てる。
今まで、あまりの展開でそんなこと気にも止めていなかったが、気にすると普通に痛い。
自分で自分の足を確認していると、「お前、足、怪我したのか?」と声をかけられる。
俺が肯定する意味で頷けば「悪いけど、薬とかもってねぇんだ。見て分かるだろうけど」と返される。
見て分かるだろうけどと子供が言うように、こんなぼろい所に薬があるとは俺も思ってない。
というより、一度は死ぬかと思った身だ、むしろこの程度の怪我で済んでよかった。
「つーか、いつまでもそんな姿じゃ可哀想だな」
そういえば、自分は身ぐるみはがされて下着姿だった。現在、パンツしかはいてない。少し肌寒い。
「しょうがねぇな」
そう言って子供は、自分の着ていたフード付きの裾の長い上着を脱いで投げ渡してくるが、俺はそれを受け取ることが出来なかった。
何故なら、目の前の子供の姿に目を奪われたから。
垂れ目の緑の瞳に、整った顔、そして自分と同じ銀色の、肩までかかる髪、そして全体的に華奢な体つき。
「お前、女だったのか……」
自分と同じ銀色という珍しい髪色にも驚いたが、それ以上に自分を助けてくれた子供が少女だったという方に驚いた。
「そうだけど……つーか、さっさと着ろよ。人が折角貸してやってんのに」
呆れたような言葉に我に返る。
俺は今、パンツしか身に着けてない、そんな姿を自分と同じ年頃の少女の前で晒していることに羞恥を感じた。
「わ、悪いっ」
急いで着ようとするが、動揺で手が滑る。そんな姿をみて呆れたように少女は「別にあたしはそんなん見てもなんも思わねぇから、落ち着けよ」と声をかけてくる。
なんで、目の前の少女が自分より冷静なのだろう。普通、女性の方がそういうのを恥ずかしがると思ってた。
着替えた後、なんとなくさっきの彼女の呆れた言葉を会話の最後にしてしまうのが嫌で、俺は口を開く。
「あの、色々と助かった。感謝する」
「別に、あたしはついでで助けただけだし」
素っ気ない反応をされて、俺は困惑する。
「ついで?」
「そう、ついでだよ。元から、今日はあいつらに奇襲をかけるつもりでいたし。偶然、そこにあんたが居たからついでに連れてきただけだよ」
ついでで助けられる皇族なんて、多分俺が初めてではないだろうか。
「そ、そうか。でも助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
駄目だ。会話が終わる。こんな訳の分からない所で、あんなことがあった後に、よく知らない相手と、何も喋らずにいるのは、辛い。
「銀髪とは珍しいな」
「同じ髪色してるあんたが言う? ……まぁ、確かに珍しいけどね。だから、あいつらに奇襲かけたし」
「さっきの連中と髪の色がなんの関係があるんだ?」
「珍しい髪色、それも女となれば、捕まえて売り飛ばしちまおうって最近狙われてたから、やられる前にやっとこうかなって。そこにあんたが連れ去られたってわけ」
俺、相当運が良かったな。だけど、少し目の前の少女が心配だ。
「お前、大丈夫か? あいつら死んでなさそうだけど。また、狙われたりするんじゃ」
「殺すのは母ちゃんの遺言で禁止されてっからな、せいぜいしばらく大人しくしてもらう為に怪我負わせただけだな。また、狙われたらそん時はそん時、あたしはとりあえずしばらくの安全があればいいの。あいつら潰したって、他にも珍しい髪色だって狙う連中はまたでてくるかもしれねぇけど。ま、しょうがねぇよ」
た、たくましい。それに、母親亡くしているのか。
「父親は守ってくれないのか?」
「父ちゃんはあたしが生まれる前に戦争に行って死んだって母ちゃんが言ってた」
「す、すまん」
両親はどちらとも死んでいるのか。申し訳ないことを聞いてしまった。しかも、戦争で亡くしたってなると帝国が関わっている可能性も無きにしも非ずだ。
「別に気にしなくていいよ……ていうか、あんたボンボンだろ?」
「ボンボン?」
「金持ちの子供ってこと。両親いるのが当たり前で、世間知らずで、呑気だもん、あいつらに捕まるほど呑気だもん、あんた」
あの負け知らずの帝国の第一皇子である俺が呑気だなんて女性に言われる日が来るとは思わなかった。
だけど、実際このボロボロの住処に住んで、あんな奴らに日々狙われている彼女からしてみればそうなのだろう。
それに、俺は周りの環境に恵まれているにも関わらず、自分勝手な理由で一人で動いて、挙句危険な目に遭うような馬鹿だ。目の前の少女とは格が違う。
格が違うってのは身分の差ではない、なんというか人としてのだ。俺は目の前の少女に比べたら、全然駄目だ。彼女は自分一人で必死に生きてるってのに、俺は周りに甘えまくって周りに迷惑をかけてる。
そんなんで、何が帝国の第一皇子だ。
俺は目の前の少女一人にすら敵わないのに、将来多くの人の上に立つ立場だなんて自分で自分が情けない。自分が酷く未熟な存在だということを俺は目の前の少女と少し言葉を交わしただけなのに、痛感してしまった。
「わ、悪い迷惑をかけた」
「別にそんなこと思ってねぇよ。偶然いたから助けただけだし」
そうなんてことのないように言う彼女を凄いと思った。そして、そんな彼女の名前を知りたいと思った。
「そうか……なあ、お前の名前はなんて言うんだ?」
「セーラ」