2 王子な僕の懺悔
正直、聖女には申し訳ないことをしたと思う。彼女は知らないが、どんだけ謝ったって許されないようなことをしたと思う。
彼女に嘘はついたつもりはない。全部、本当の事だ。
でも、リディアを国外に逃亡させるには他にもやりようがあったし、彼女に話さなかったこともある。僕は聖女である彼女を利用した。だから、僕は最悪の場合でも彼女を自分より先に死なせる訳にはいかなかった。
薬で気絶させた彼女をこの地下室の床下にある小さな空間に運び入れる。本来なら、ここで王族が身を隠すのだが、今や国民の敵である僕が見つからなかったらこの暴動は終わらない。
僕だけが見つかって、運よく見つからないで済んだ彼女が目覚めて逃げるということを、今はひたすら祈るしかない。
***
王である父上には前から、この国はもう持たないと言われていたのだ。国のあらゆる機関にスパイが紛れ込んでいて、この国の王家や貴族から権力を奪い取ろうとしている連中がいるらしい。
婚約者であるリディアもそれを知っていた。僕の婚約者になったら自分が将来的に危険に晒されることも分かった上で婚約してくれた。
僕がリディアと婚約した頃には教会が王侯貴族を陥れようとしているのは判明していた。でも、知った頃にはもう遅くて挽回しようにも出来ない状態にまで追い込まれてしまった。資金力も信用も、負けたのだ。
王である父は諸外国の力を借りようとしたらしいが、どの国も歯切れが悪かった。そのうち判明したのだが、大陸で最強の国と言われている帝国が、うちの国の教会の味方をしていたらしい。
つまり、あれだ。帝国とうちの国の教会が手を組んで、うちの国の王家と貴族達を打倒して、自分たちがこの国の領地を治めようってことだった。ようは侵略だ。
帝国相手に文句を言おうにも発言力が違う、帝国相手に戦争しようにも財力も武力も全然違う。むしろ、武力でこられたら我が国は跡形もなくやられていただろうから、穏便な方法をとってもらったことは良かったというべきだろうか。下手につっかかって反感を買うより、黙って大人しく倒される方が国的には被害が少なく済むのが分かっていたから、皆、終わりを大人しく待っていた。
とはいえど心情的にはやはり納得がいかない。国際パーティーの度に帝国の皇子が、こちらに話しかけてきたが、神経を疑った。
僕が全てを失うのを分かっているのに、どうしてそんな何も企んでないし、仲良くしたいという風に演技が出来るのだと。
帝国の皇子が憎かった。自分の無力さが悔しかった。
だから、あの話を聞いた時に、僕もあいつから何かを奪えると思ったのだ。
***
それまでセーラという聖女は僕のライバルだった。とはいえど、僕が勝手にそう思っているだけだ。
なんのライバルかと言えば、恋のだ。
僕は自分の婚約者であるリディアのことが大好きだった。こんな状況なのにも関わらず僕と婚約してくれて、幼い頃からこの状況を何とかしようと一緒に奔走してきた。
彼女の強さが好きだ。彼女の優しさが好きだ。彼女の賢さが好きだ。彼女の赤い瞳が好きだ。彼女の黒い艶やかな髪が好きだ。彼女の笑顔が好きだ。彼女の全てが好きだ。
僕とリディアはずっと一緒にいた。
――だけど、ある日を境に彼女は聖女に構うようになった。
その所為で僕といる時間が減った。聖女の髪は帝国の王子と同じ銀色でそれも気に食わなかった。聖女の称号もリディアに贈られるものだと思っていたのに、その女に奪われた。
何も知らない馬鹿な女が、リディアの苦労も知らずにリディアの優しさに縋るその姿を見るのが嫌いだった。
がさつで、騒がしくて、いつもリディアにひっついているその子が嫌いだった。嫌いだったんだ。
でも、僕が今回の計画とその訳を聞いて、「リディア様の為ならやります」と毅然と答えた彼女を見て、見方が変わったんだ。僕は彼女の何を見てたんだろうと後悔した。
セーラという女は、馬鹿でリディアに縋ってばっかだ。でも、リディアをとても大切に思っている。
誰かがリディアの悪口を言えば、思いっきり眉間に皺を寄せたし、誰かがリディアに敵意を向ければ、その相手をこれでもかってくらい睨む。
リディアと一緒にいた僕は彼女の為に何かしていただろうか?
それに、彼女はそんな僕を知ってか知らずか「王子は素晴らしいですね。リディア様を助ける為に自分までも犠牲にされるなんて」とまで言ってくれた。
ああ、その犠牲の中には君も入っているのに、なんでそんな風に笑うんだ。何で僕のことを褒めるんだ。
僕のさっきの説明を聞いたら、君自身が犠牲になることも、危険な目に遭うことも分かっている筈なのに、なんで僕を褒めるんだ。
それでも僕は計画を進めた。彼女は乗り気だし、引くタイミングは逃したし、なんだかんだ僕の一番はリディアでリディアが一番幸せになれそうな国外への行き方がこれだったから。
父と同じように無理やり国外へ逃がすという方法もあった。だけど、それだと彼女は自分の婚約者を置いて国から逃げた女と言う称号が一生付きまとうのだ。そんな称号は彼女に不幸をもたらすだろうし、彼女に似合わない。
でも、それを許せないからといって、馬鹿だけど僕と同じか、それ以上にリディアを大切にしている聖女の気持ちを利用した。
なのに、聖女は、セーラは馬鹿だから、僕の醜さなんて知らずに、なんだかんだ僕のことをここまで気遣ってくれた。
さっきだって震えてるのに、必死に立って僕を守るために剣を握って僕の事を守ろうとしてくれた。
ああ、彼女は本当に聖女だったんだ。そう思った。
リディアを守るために自分を犠牲にして、知らないとはいえ自分を利用した男さえも最期には守ろうとする。
そんな優しい子だったから、リディアはお前を愛したんだろう。
ごめんなセーラ、お前がリディアと仲良くしているから嫉妬したんだ。
ごめんなセーラ、お前が銀髪だからって帝国の皇子と重ねて毛嫌いした。
ごめんなセーラ、帝国の皇子の想い人がお前だって知ったから、あいつからお前を一生奪ってやろうと思ってこんな計画を思いついたんだ。
ごめんなセーラ、お前の優しさとリディアへの思いを折角理解したってのに、結局利用してここまで巻き込んだ。
神様、お願いします。こんな醜い僕はどうなったって構いませんから、僕に騙された優しいセーラを救って下さい。生かしてリディアと共にセーラを幸せにしてやって下さい。