そらからの手紙
高崎 紫苑は高校3年生。その隣でお弁当を食べているのは親友の山本 結依です。「紫苑!今日プラム商店街行かない?」「ごめん。今日助勤なんだ。」「え~。また巫女のバイト。」「助勤なっ。」紫苑は父親が神主なので巫女のアルバイトすなわち助勤をしています。「それにお父さんとお母さんの夜ご飯作らなきゃいけないし。」紫苑の母親は看護師で今までは夜勤の日以外母親が朝食と夕食を作っていましたが、このコロナ禍で帰って来れない日が続き今では紫苑がご飯を作る係になっていました。「そういえばもうすぐ冬の裄葉祭だね。」結依が言いました。冬の裄葉祭とは毎年紫苑の実家の神社である裄葉神社で毎年大晦日に行われる祭です。「そう。その天狗の舞の練習もあるから余計に忙しいんだ。」天狗の舞とは冬の裄葉祭で巫女さん達がヤツデの葉を持って無病息災を祈って踊る舞です。「紫苑の天狗の舞も楽しみだけど、やっぱり一番は玉こんにゃくと焼きまんじゅうかな笑」「ちょっと、食べ物ばっかりじゃないですか~。結依さん!」紫苑は笑いました。
学校の授業が終わって家に帰るとすぐさま巫女装束に着替えて神社に向かいました。神社に行くと神主である父親に「巫女の方々、天狗の舞の練習を始めます。」と言われました。紫苑は巫女の中でも最年少でしたが、高校1年生の頃から天狗の舞に参加しているのでだいたいの振り付けは覚えていました。なので、休憩中に巫女のお姉さん方から「本当、紫苑ちゃんって踊り上手いよね。」「さすが、バレエやっていただけある!」と言われました。「まぁ、バレエやっていたと言っても小学校上がる頃には辞めていましたけど。」と紫苑が言うと父親がこう言いました。「みんな、今年は紫苑を先頭に踊ってもらう。」紫苑は驚きました。「私で良いの?」と紫苑が聞くと「紫苑は踊りが上手いだけでなく、普段の仕事も頑張っている。それに、紫苑は大切な跡取り。大役を任せるには丁度良い人材だろう。」と父親が言いました。紫苑がなぜ跡取りかというと、紫苑には奏楽という年が2つ上の兄がいました。ところが、紫苑が小学2年生の頃に交通事故で亡くなりました。紫苑には、奏楽以外兄弟がいませんでした。なので、裄葉神社の跡取りは紫苑だけということになりました。紫苑は父親に言いました。「精一杯、お勤めさせていただきます。」
紫苑が家に帰ると、とても良い匂いがしました。玄関から向かって左側にある和室に行くと、奏楽の親友だった大学2年生の渋川 樹が祖霊舎の前で2拝・2拍手・1拝をしていました。「やぁ、紫苑ちゃん!裄葉祭の準備で疲れていると思って夕飯作っておいたよ。」「樹くん!わざわざありがとう。」「いえいえ。僕こそ、もうすぐ奏楽の命日だから手を合わせたかったし。」奏楽は10年前の12月24日に亡くなりました。「奏楽が亡くなった事は僕も責任感じているから。」樹が言いました。高崎家では宗教上の理由でクリスマスをやっていませんでした。それでクリスマスをやってみたいと言った奏楽のために樹はクリスマスイブに樹の家でクリスマスパーティーを開くことにしました。そして、プレゼント交換やお菓子作りなど色々な事をしました。その帰り道でした、奏楽が事故に遭ったのは。その日は雪が降っていました。奏楽は雪道でスリップした車に轢かれました。「僕がクリスマスパーティーやろうって言わなかったら、奏楽は...。」樹は涙声で言いました。「樹くんのせいじゃないよ。あれは事故だったんだから。樹くんがそらにぃの事を忘れないでいてくれるだけでそらにぃは嬉しいと思うよ。」紫苑が言うと、「ありがとう。紫苑ちゃん」と樹は小さな声で言いました。
樹が作ってくれた夕飯は肉じゃが、ほうれん草の煮浸し、南瓜の味噌汁で、どれも白いご飯に合うものでした。樹は昔から料理が上手で、あのクリスマスパーティーのお菓子作りも樹が奏楽に作り方を教えていました。2人でご飯を食べていると、樹が不意にこんな話をしました。「そういえば、小4の頃親の仕事について作文を書きましょうっていう宿題があって、僕てっきり奏楽はおじさんの神社の仕事について書くのかと思ったんだよ。それが、看護師のおばさんの事を書いたんだよ。それが『お母さんはヒーロー』って題名で今のコロナ禍にあってるような内容だったんだよ。でも、詳しい内容はあんまり覚えてなくて。紫苑ちゃん知ってる?」紫苑は「知らない。」と答えました。「どんな内容だったか読んでみたいんだよね。」と樹が言いました。「じゃあ、そらにぃの部屋そのままにしてあるから探してみるね。」紫苑が言いました。奏楽の部屋は奏楽が亡くなってから誰も入っていない、掃除もしていない、何も捨てていない、奏楽が生きてたときのままになっていました。「紫苑ちゃんも裄葉祭で忙しいから時間がある時で良いよ。」と樹が言いました。樹が帰った後、開かずの間になっていた奏楽の部屋に入りました。10年ぶりです。全然掃除をしていないので少しほこりっぽくなっていました。部屋中探しましたが、奏楽の作文は見つかりませんでした。
次の日の学校での昼休みの事です。紫苑はいつもと同じように結依とお弁当を食べていました。結依が言いました。「紫苑、あなた寝ていないでしょ。」「えっ、なんで?」「だって、目は充血しているし、薄っすらくまできてるよ。何かあった?」紫苑は奏楽の作文の事を話しました。「ねぇ、それ結依も手伝って良い?」と結依が聞きました。「良いけど。じゃあ今日私の家集合ね。」と紫苑が言いました。
「お邪魔します!」結依が紫苑の家に入りました。「いらっしゃい、結依。」紫苑は結依を家に上げると「はい!結依さん。手洗い、うがい!うがいの時は私のコップ使っていいから。」と言いました。「おぉ、さすが看護師の娘!!」と結依が言いました。結依が手洗いとうがいを済ませると、すぐさま奏楽の部屋に行きました。「けほっ、けほっ。本当ほこりっぽいね、この部屋。」結依が咳き込みました。「ごめん!結依。そういえばハウスダストアレルギーだったね。大丈夫?」「大丈夫、大丈夫。このくらい平気。」2人は奏楽の部屋で作文を探し回りました。ふと、結依が聞きました。「そういえば、今日は巫女バイト無かったの?」紫苑は「今日は本氏祭って言って今年一年の出来事を神様に報告する行事だから神職の人しか入れないの。だから助勤は基本的に休み。」と言いました。「あれ、紫苑って神主の娘だから神職の人じゃないの?」と結依が言うと、「出ても良いんだけど。そらにぃの作文探したかったし、いわゆるサボりです。」と紫苑が言いました。「もぉ、真面目な紫苑さんでもそんなことするんですね。」結依が笑いました。そんなこんなでしゃべりながら探し物をしていると、結依があるものを見つけました。それは、水色の手帳でした。「日記帳みたいね。」結依が言いました。「開いてみようか。」と紫苑が言ったので2人は奏楽の日記帳を開きました。すると、気になる事が書いてありました。『12月15日 今日は本氏祭なので神社に入れません。なので、たつきくんの家に行きました。そして、たつきくんと一緒にタイムカプセルを作りました。中には将来の自分への手紙と、この前書いたお母さんの作文を入れました。お母さんにはタイムカプセルを開けた時に読ませるつもりです。タイムカプセルはいつもの公園にうめました。10年後が楽しみです。』2人は、はっとしました。紫苑はすぐさま樹に電話をしました。「紫苑:もしもし樹くん。今平気? 樹:今リモート授業が終わった所だから大丈夫だよ、どうしたの? 紫苑:今そらにぃの日記見つけたんだけど、タイムカプセルを埋めた公園って覚えてる?いつもの公園って書いてあって、そこに例の作文が埋まっているの。 樹:タイムカプセル?いつも遊んでいた公園はつつじ公園だけど、あそこは遊具がいっぱいだし、地面も硬いから埋められないな。あっ、裄葉みずうみ公園かも。あそこでは僕ら秘密基地作ってて、あぁぁっ!埋めた、そうだ。サブレの缶に入れて秘密基地に埋めたんだ!てか、今二十歳じゃん!開ける年だ。紫苑ちゃん行こう!僕も急いで行くから。」2人はほぼ同時に電話を切りました。そして、紫苑は急いでコートを着て家を飛び出して行きました。「紫苑!ちょっと待って!!」結依も急いで紫苑の後を追いました。
裄葉みずうみ公園に着きました。その公園は遊具も何も無く野原が広がり大きな湖がある公園でした。すぐに樹も来ました。「紫苑ちゃん、お待たせ。あれ、お友達も一緒かな?」「はい、はじめまして。山本結依です。よろしくお願いします。」「よろしく。」樹はシャベルを持っていました。「それじゃ、行こうか!」樹が言いました。紫苑と結依は樹に連れられ秘密基地があった場所に向かいました。「秘密基地と言っても、野原に石で線を引いただけどね。」樹が言いました。「たしか、ここら辺だったはず。1番目の松の木のそばだから。」樹はそう言って土を掘っていきました。すると、こつんという何か固いものに当たる音がしました。「これだ。」そう言うと、樹は埋まっていた缶を取り出しました。樹は土を払うと、その缶を開けました。中には奏楽と樹が書いた未来の自分への手紙と、樹がこの公園で見つけた四つ葉のクローバーの押し花と、3人がずっと探していた奏楽の作文がありました。3人はその場で奏楽の作文を読みました。読み終えると紫苑が言いました。「これ、絶対お母さんに読ませた方が良いよ。」樹は「そうだね。」と言いました。結依は「だってこれ、日記に書いてあったことが本当ならおばさん知らないんでしょ。」と言いました。すると紫苑は「うん。だからこの作文そらにぃの十年祭の時に家族の前で読もうと思うの。」と言いました。3人は裄葉みずうみ公園の裄葉湖のほとりに行き、木でできたテーブルと椅子に座っていました。樹は10年前の自分の手紙を読み「僕、こんな事書いていたんだ。」と言い、紫苑は奏楽の手紙を読み「そらにぃ、こんな事書いていたんだ。」と言いました。結依も「紫苑!見せて、見せて。」と奏楽の手紙を読んでいました。そして湖に向かって、樹は「奏楽!」と叫び、紫苑は「そらにぃ!」と叫び、結依は「紫苑のお兄さん!会った事無いけど!」と叫びました。
12月24日、奏楽の十年祭の日になりました。通常、式年祭の時は地方から親戚が来るのですが、今年はコロナウイルスの影響で高崎家の3人と式年祭の時には必ず参加する樹となぜか結依の5人で十年祭を行う事になりました。一連の行事が終わると、紫苑の母親が言いました。「今年は新型コロナウイルスの関係で会食はありません。樹くん、結依ちゃん、速やかにお帰りください。」すると結依が右手を挙げて「ちょっと待ってください!」と言いました。「紫苑から高崎家一同に大切なお話があります。」結依がそう言うと、紫苑は奏楽の作文を持ってみんなの前に立ちました。「そらにぃがお母さんに残した作文があります。これはただの作文ではありません。そらにぃからの手紙です。」そう言うと、紫苑は奏楽の作文を読み始めました。
お母さんはヒーロー
高崎 奏楽
僕のお母さんは看護師です。看護師さんはお医者さんをサポートする仕事です。お医者さんのかわりにお薬を管理したり、患者さんの様子をみたりしています。さらに、看護師さんは患者さんのサポートもしています。入院している患者さんの体調チェックをしたり、不安をかかえている患者さんの話を聞いたりしています。僕は最初、看護師はお医者さんのお手伝いをする仕事と聞いて大したことのない仕事だと思っていました。ですが、お母さんの仕事の話を聞いているうちに僕はお医者さんが患者さんの病気を治すことに集中できるのも、患者さんが病気と戦えるのも、全部看護師さんがサポートしてくれるからだと思えてきました。それはまるで、困った人をいつでも助けてくれるお助けヒーローみたいです。お母さんはよく夜に病院におとまりをして帰ってこない日もあります。でも、それはお医者さんや患者さんが病気という悪役をたおせるように手助けをしているんだと考えると全然さびしくありません。僕はそんなお母さんをほこりに思います。今もお母さんはお医者さんと患者さんと共に戦っています。そんなお母さんを僕は遠くからかもしれないけど応援したいです。また、僕はお母さんみたいに人を助けられる大人になりたいです。
紫苑は奏楽の作文を読み終えました。母親は「奏楽...。」と呟きながら大粒の涙を流していました。そしてこう言いました。「このコロナ禍で何度も心が折れそうになった事もあった。でも、周りの人に励ましの言葉を言われると凄く嬉しかった。まさか、10年の時を越えて奏楽にまで励まされるとは思わなかった。」それを聞いた父親が言いました。「奏楽も見守ってくれている事だし、お前ももう少し頑張らないとな。」すると母親は静かに「はい。」と答えました。
12月31日、冬の裄葉祭の日になりました。結依は「やっぱ寒い日はうどんだよねー。」と言いながらうどんを食べていました。「あれ、あなた玉こんにゃくと焼きまんじゅう食べるんじゃなかったの?」と紫苑が聞くと結依は「これ食べ終わったら食べる!紫苑も何か食べようよ。」と言いました。「天狗の舞が終わったらね。今お腹にもの入れたら動くの大変だし、口紅落ちるし、それに緊張で吐くかもしれない。」紫苑はもう巫女装束に着替え化粧も済ませていました。「毎年踊っているんだから、そこまで緊張しなくても大丈夫だよ。」と結依が言うと「いや、いつもは後ろの方で踊っていたから平気だったけど、今年は先頭だよ。初めて踊った時と同じくらい緊張するわ。」と紫苑が言いました。そして夕方、天狗の舞が始まりました。紫苑は心から無病息災を祈りました。そして、今も誰かを救うために仕事をしている母親、天国にいる奏楽を思いながら踊りました。途中で「紫苑!綺麗だよ!!」と叫んだ結依に「ちょっと恥ずかしいからやめてよ。」と思った紫苑でしたが、無事リーダーとしての役割を果たしました。
「あ~、お腹空いた。」そう言って紫苑は巫女装束のままうどんを食べ始めました。「紫苑、お疲れ。」結依が言いました。「ねぇ、変な野次飛ばすのやめて。感染拡大防止のため大声は禁止ですよ。」紫苑は冗談交じりに結依を注意しました。「とうとうおばさん来なかったね。」結依が言いました。「しょうがないよ、そういう仕事だもん。それにそらにぃだってお母さんが1人でも多くの命を救う事を願っていると思うし。」と紫苑が言いました。「そうだね。」結依がそう言うと、紫苑が言いました。「そういえば、この前ウチの神社継ぐために大学は神教系の大学を受験する話したよね。」「うん。この前聞いた。」「私、そこ受けるのやめて看護系の学校受けようと思うの。」「えっ、なんでなんで?」「このコロナ禍で医療現場ひっ迫しているし、それにそらにぃの作文の作文読んで思ったんだ。ここまで人に信頼される仕事って無いなって。私も誰かを救えるようになりたい、そう思った。」ここまで話すと結依は「でも、紫苑がそう決めたことなら良いんじゃない。」と言いました。そして、紫苑は少しニコっとして「ありがとう。」と言いました。「でも神社の跡取りはどうするの?」と結依が聞くと、「もちろんなるよ。看護師の学校卒業してコロナも落ち着いたら神職養成所に通うつもり。もうお父さんからも許可もらってる。」と紫苑が言いました。「そう。良かったじゃん。」と結依が言いました。そして、だんだん夜も深くなっていきました。2020年ももう終わりです。色々と大変な年でしたが、ここには亡くなった兄によって新しい目標ができ、その目標に向かって進もうとしている1人の少女がいました。
2020年、新型コロナウイルスに見舞われた年。多くの人が悲しみ、そして、悔しい想いをしました。その中で一番頑張っているのは医療従事者です。自分もかかるかもしれない恐怖を背中合わせに今日も最前線で戦っています。そんな医療従事者に感謝の気持ちを込めて...。