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風の唄  作者: 安曇 東成
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三章 一 剣闘都市ナイロビス

三章に入りました。また新たな街での物語となります。


 フェリアスとシルバーがナルニアス国に入ってから半日ほど経過して、ようやく大きな街が見えてきた。これまでで一番大きな規模の街で、フレンツの首都と比べても遜色ないほどの巨大さだ。


 フェリアスの馬に二人乗りをしているが、手綱はシルバーが持ち、フェリアスは後ろからシルバーの背中越しに街を眺める。


「うわぁ、大きな街ねぇ」

「ここがナイロビスだ」

「あっ知ってるわ。たしか剣闘場があるんでしょう?」

「そうだ。上位の剣闘士というのはとても誉れ高い。それこそ王に使える近衛兵のように人気がある」


 近衛兵は王の身辺警備にあたる最も信頼された騎士達である。剣闘士はそれらに並ぶ、ということらしい。

 

「荒くれ者っていう印象しかないのだけど」

「下位の者たちはそういう者も多いな。だが上位の者ともなると、人格者も多い。単なる腕っぷしだけで生き残れる職業ではないからな」

「なんだか詳しいわね。まさか経験者なの?」


 シルバーは首を振る。


「剣闘士も悪くはないが、俺が求めるものとは違うな。知り合いは数人いるが、その程度だよ」

「求めるものって?」


 シルバーは少し考え、フェリアスに問う。


「例えば、剣闘士と近衛兵と魔物を狩る狩人。同じ強さならどれを選ぶ?」

「なるほどね、そういうことか。それぞれに魅力はあるけど剣闘士はシルバーさんの好みじゃないってことね」


 剣闘士は大衆の前での戦いを見せつけ、名誉と名声を得る。近衛兵は王に対する脅威を排除し守ることの名誉。魔物を狩る狩人は村を守る名誉を。それぞれの戦場があり、それぞれの名誉があるのだ。

 

「そういうことだな」


 そう言ってシルバーは馬の腹を軽く蹴り、街へ向かっていく。

 

 ナイロビスの街は大きな剣闘場が町の中心にあり、そこから放射線状に広がる。フェリアス達は馬を宿の厩舎に預けると同じ宿に併設された大きな酒場で腹ごしらえをすることにした。

 

 『勝利の盃』という看板がかかった店はデメトリオス達がいた町、ベルクーリの酒場よりも遥かに大きく繁盛していた。扉を開くと喧騒が押し寄せ、二人は圧倒されながら店内に進む。店内には給仕が十人、調理師も五人おり、忙しなく動き回る。


 店内には様々な客がいた。剣闘士と思わしき男やその追っかけの女性たち、労働者、剣闘賭博に夢中のならず者たち。

 

 卓についたフェリアスは品書きを見る。


「う~ん、色々あってどれにしようかなぁ。 知らない料理も多いし」

「昼から酒は止めておけよ」

「さ、さすがに飲まないって。 ねぇ、これおいしい?」


 フェリアスが指をさした品は「カリ・ラー」と書かれている。この地方の名物料理だが、フェリアスの出身であるフレンツでは食されていなかった。


「それは野菜と肉を出汁で煮詰めて香辛料を溶かしたものを白米にかけたものだな。うまいが酒には合わないぞ」

「まぁ、お昼だしお酒は飲まないから、一度食べてみようかな」


 そう言うとシルバーは手を上げて酒場の給仕を呼びつけ注文を伝える。

 

 やがて運ばれてきた料理はフェリアスの想像を超えていた。白米に、気色の悪い、茶色のドロドロした液体がかかっているのである。こんな見た目のものを食べる気にはならない。一方でシルバーが頼んだ料理は、ひき肉を成型して焼いたもので、とても香ばしい匂いがする。

 

「こんなの食べられないわ。何なの、この茶色いの」

「だから野菜と肉と香辛料だ。小麦粉も入ってる。茶色いのは小麦粉と玉ねぎを炒めたせいだろう」


 茶色くドロドロしたものを見て、想像するものは万人共通だろう。フェリアスも見た目の印象は最悪だった。しかし鼻腔の奥に届いた匂いは香辛料の食欲をそそる香りだ。

 

 シルバーは自分の肉料理を食べだしたので、フェリアスも鉄の匙を持って白米と上にかかった液体を口に運ぶ。

 

「ん! おいしいわ、これ」

「だろ? 香辛料が利いていて食欲がそそられる」


 フェリアスは次々とカリ・ラーを口に運ぶ。肉は口の中でほどけるように溶け、旨味が口中に広がった。


「お肉もおいしいわね。すごく柔らかいの」

「じっくり煮込んでるんだろう。白米と合うだろう?」

 

 フェリアスは母国で食べたことのない食事に感動しながら匙を動かした。


(こんなのお城の晩餐にも出たことなかったわ。世界には色んな食べ物があるのね)


 食事を終えた二人は酒場を出る。路地には大勢の人が同じ方角に向かっているようだ。その様子に気づいたシルバーが言う。

 

「そろそろ始まるな」

「何が?」

「この街の名物」


 シルバーがそう言ってフェリアスも気づいた。ここは剣闘士の街。フェリアスは恐る恐る尋ねる。

 

「人間同士で殺し合いをするの?」

「試合は色んな様式で組まれる。人間同士の殺し合いは『決着』と呼ばれる。降参が認められるものは『仕合』だ。魔物と戦う場合は『挑戦』という」

「『決着』ばかりだと剣闘士がいなくなっちゃうんじゃない?」


 シルバーは頷いた。


「そうだな。だから基本は『仕合』で組まれる。だが盛り上がるのは当然『決着』だ」


 『決着』が盛り上がる、というのはフェリアスもわかった。命が懸かった戦いのほうが観衆は燃えるだろう。賭けの対象にもなるに違いない。


「戦争でもないのに人間同士で殺し合うなんて」

「"最強の戦士"の称号は誰よりも殺さなければ手に入らないし、そうでなければ手に入ってはいけない」

「別に相手に恨みがあるわけでもないのに殺すなんて、恐ろしい世界ね」


 闘技場に向かう人々の盛り上がりからすると今から行われるのは『決着』に違いない。それも上位の、だ。


「俺は久々に観戦しようと思うが」


 フェリアスが怯えていたのでシルバーが気を遣ったのだろう。怖いなら一緒に来なくていい、と言っているのだ。

 

「……私はちょっと……遠慮しておくわ」


 王族の娘としては今後戦場に立ったり指揮することもあるわけで、流血を恐れていてはいけないのかもしれない。魔物相手の戦いならばこれまでも多少なりとも経験はしているものの、人間同士での殺し合い、それも本気で相手を殺すための戦いを見る気にはならなかった。

 

「そうか。なら宿で待っていろ。ここはあまり治安が良くないから一人で出歩かないほうがいい」


 そう言って闘技場に向かって行き、やがて雑踏に消えていった。

 

「……せっかく街に来たのにつまんないの」


 フェリアスは頬を膨らませ、シルバーを見送った。


 シルバーは闘技場の入口で観戦券を購入し、中に入る。前の席はもう売り切れだったので、後ろのほうの席になってしまったが、仕方がない。まだ剣闘士の入場前ということもあり場内はまだそれほど騒がしくなかった。


 やがて、拡声魔法で場内に女性の放送が入る。

 

『ご来場の皆さま、大変お待たせいたしました。間もなく本日の最終競技が始まります』


 放送と同時に観衆は吼え、会場は沸いた。その熱気にあてられ、シルバーは身震いする。


『では、選手の入場です。 一位闘士、ヘレクトール!』


 一位闘士の名が呼ばれると、会場はさらに盛り上がり、観衆は皆、足を踏み鳴らし手を打ち鳴らした。

 

 闘技場の片側の門が開き入ってきたのは一人の壮年の男。四十代半ばという風体で、鍛え上げられた身体を黒い革鎧が隠す。場内をただ歩くだけでその強さが見てわかる。

 

『続いて対戦相手の入場です。四位闘士、プラトン!』


 さらに放送が入り、会場の盛り上がりは最高潮に達する。酒臭い男がシルバーに話しかけてきた。

 

「俺はヘレクトールに賭けたぜ。あいつが負けるはずはないからな」

「そんなに強いのか」

「あんちゃん、他所モンか? まぁ見ればわかるさ!」


 酒臭い男が言うと、反対側の男が言う。


「俺はプラトンだと思うな。あの男はここ最近急激に順位を上げてきているんだ。勢いがある。このまま天辺(てっぺん)獲ってしまうかもしれんぞ」


 その言葉で酒臭い男は冷や汗をかいて二人の戦士を見る。


「ヘレクトールは負けねぇ……」


 プラトンは二十代の若い金髪の戦士。その顔は美しく整い、瞳の色が左右で異なる。その見た目から女性の追っかけが多かった。


 やがて二人は剣を抜いて対峙。それと同時に会場は水を打ったように静まる。


 『決着』に開始の合図はない。剣闘士同士の呼吸で始まる。


 やがて若い闘士、プラトンが風のような疾さで動き出す。ヘレクトールはそれを迎え撃ち、一合、二合と剣をあわせる。


 二人とも最上位の剣闘士ということもあり流れるような剣さばきはシルバーを唸らせた。シルバーの目で見ても二人の優劣の差は窺えない。どちらが勝ってもおかしくない動きだった。

 

 観衆は騒がない。そういう決まりがあるわけではなかったが、暗黙の了解だった。剣闘士が命を懸けて戦うその息遣い、会話、地面を蹴る音。そういったすべての情報を拾うためだ。命と命がぶつかり美しい火花を散らす、その邪魔をしてはいけなかった。

 

 さらに打ち合うこと二十合、そろそろ全力で剣を振るうことが難しくなってくるころだ。若いプラトンの剣圧は一合毎に落ちていた。一方でヘレクトールの剣圧はむしろ上がっていく。


 一番疑問に思っているのはプラトン本人だろう。自分よりも倍ほどの年齢の男にこのような体力があるはずがない、と。

 

 プラトンは最後の攻勢に出た。このまま長引けば腕が動かなくなって負ける、ならば動けるうちに勝負をかけるしかない、とでも考えたのだろう。


「はぁーっ!」


 プラトンはこれまでの中で最も疾く動きヘレクトールの懐に滑り込む。だが鋭い突き込みはほんのわずか届かず躱されてしまう。それと同時にヘレクトールの反撃が飛ぶ。

 

「うっ!」


 ヘレクトールはプラトンの右手首の腱を斬った。プラトンは右手で剣を持つことができず、左手に持ち替え、右手は添えるだけとなった。


 プラトンはまだ戦えるはずだが、無理を悟ったのか、剣を落とし両膝を着いた。


「……殺せ」


 今回の試合形式は『決着』だ。


 だがヘレクトールは殺さなかった。そして観衆のほうを仰ぎ見る。観衆は正々堂々戦った二人を称え、「殺すな」と声を揃えた。

 

 ヘレクトールはそれを聞き観客席の中央を見る。そこにはこの街の長、アルバッキノスがいた。

 

 アルバッキノスは握り拳を突き出すと、親指を上に向ける。


「『生き』だ! 長が情けを認めた!」

「『生き』だ!」


 観衆は大地を震わせてアルバッキノスを称えた。ヘレクトールはアルバッキノスに深く頭を下げ、闘技場を去っていく。

 

「決着でも殺さない場合もあるんだな……」


 シルバーがそう言うと酒臭い男が答える。


「二人の戦いぶりを見て、長が『生き』と判断した場合は情けが認められるのさ」

「そういうものか」


 それに続けたのはプラトンを応援していた男。


「昔は絶対殺さなきゃならなかったが、観衆の意見を受け入れて『生き』を認めたら、街の運営の不満が減ったのさ」

「この街における人気確保のためか」

「身も蓋も無い言い方をするならそういうことだな」


 プラトンは腱を斬られたが、魔法で元通りに治療することはできるだろう。剣闘士を続けることもできるに違いない。一度挑んだ相手には、その年は再度挑むことはできず、年が変わらないといけない決まりとなっているので、再戦があるとすればまだ何ヶ月も先になる。


異世界だから英語は無い、ということで英語無し縛りは続きます。

スプーンは「匙」とするのはいいとして

「ファン」は「追っかけ」にしてしまいました。「アナウンス」もそのまま「放送」にしました。

Sランク、AランクっていうのももちろんNGなので、一位、としました。


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