二章 二 俺は変われるんだ
二
町の酒場ではすでに地蛇の出現は話題になっていて、討伐に懸賞金が出ているようだった。酒場の卓につくとヘパイシオが声を掛けてくる。
「デメトリオス、地蛇が出たらしいな」
地蛇の出現はもう町で噂になっているらしい。
「北東の草原だろう?」
「行ったのか?」
「行ったよ。目撃はしていないけど巣穴はあった」
「結構近いじゃねぇか。もし町のすぐ近くまで巣が広がったら大変だぞ」
巣が広がり町の近くに来てしまったら多くの犠牲が出るだろう。地蛇は増えるのも早く巣が村や町全体に広がって消滅した事例も多数存在する。
「国が討伐隊を編成しないと無理だろ」
「アライモス王は軍がお嫌いだったからな。今はこんな町に軍を派遣する余裕などなかろうよ」
ヨーグラン国王であるアライモス王が斃れたことはすでにこの町、ベルクーリにもすでに報せが来ていたが、今は誰が軍を仕切っているのかまではわからなかった。軍はかなり縮小されていたので小さな町の魔物を退治するために出兵する余剰などは無いに違いない。
その時、町長ミナオッソロスが酒場に入ってくる。
「皆、聞いてくれ。すでに噂になっておるが地蛇の巣が町の近くに発見されたんじゃ」
酒場の中から返事がある。
「カイロスもミルロウスも地蛇にやられたんだ!」
カイロス、ミルロウスは町で一番を争う狩人だ。その二人がやられたとなればもう地蛇を狩れる人間はいない。町長ミナオッソロスは皆に呼び掛ける。
「地蛇を狩ってくれる者はおらんか? このまま放置すれば町は遠からず巣に飲まれる」
酒場の皆は周囲を見回したが、とても地蛇を討伐できそうな者はいない。しばらく沈黙が続いたが、カイザリオスが口を開いた。
「デメトリオスちゃんならどうかしら」
その言葉に酒場の皆がデメトリオスに注目する。デメトリオスは心臓が跳ねた。
「お、俺?」
「そうだ、デメトリオスなら地蛇の位置がわかるから奇襲されない。ぴったりだ」
酒場の誰かがそう反応した。
地蛇を討伐するのに一番難しいのは無数の穴からの奇襲にどう対策するかだ。地蛇は地下から獲物の動きを把握しており、死角から襲ってくる。だがデメトリオスなら地蛇の接近を感知できるため、奇襲されることはない。
その声に酒場からは次々と「あいつなら」「たしかに」等という声があがる。
「待て、誰もやるとは言ってないぞ」
「デメトリオスちゃん、これは名を上げるいい機会よ」
そんなことをカイザリオスが言った。確かにデメトリオスにしてみれば高額の懸賞金も出ているし、自分のことを認めてもらえるまたとない機会だ。だが失敗すれば死ぬだろう。成功すれば金と名誉、失敗すれば死。
「しかし」
「迷う事かしら」
確かにカイザリオスが言うように、デメトリオスが迷う事ではない。今の人生を変えるのだ。
「……わかりました」
酒場はどよめくが、町長が手を二度叩くと場は静まった。
「では、デメトリオスに討伐を任せよう。皆はそれまで町の外への外出を禁じる」
そう告げると町長は酒場から出ていった。やがて酒場はいつもの喧騒に包まれ、笑い声が響く。
カイザリオスはデメトリオスの前に近づいた。
「デメトリオスちゃん、引き受けてくれてありがとうね。あとちょっとお願いなんだけど、あとでウチの事務所に来てくれるかしら」
「え? ……はい」
いつもの仕事の話だろうか。だが断る理由もないのでデメトリオスは頷いた。
酒場で食事を終えたデメトリオスは、カイザリオスの事務所に向かう。カイザリオスの事務所の一番奥、通された所長室にはカイザリオスの他に二人の人物が部屋にいた。一人は銀色のクセのある長髪に、銀色の瞳の美形な男。一見女にも見えるほどの美貌だ。もう一人は金髪碧眼の美少女だが、服装は地味なものだった。着飾れば貴族の令嬢にも引けをとらないように見える。
「いらっしゃい、デメトリオスちゃん。早速だけど、この二人を紹介するわね。シルバーちゃんとフェリアスちゃんよ」
金髪の女は膝を軽く曲げ、銀髪の男のほうは頭を下げた。カイザリオスはどちらも「ちゃん」付けで呼んだのでどちらがどちらかわからなかったが、おそらくは銀髪の男のほうがシルバーなのだろう。
「どうも、デメトリオスです」
デメトリオスはカイザリオスに疑問の目を向けた。何故この二人を自分に紹介したのだろうか。それはカイザリオスも察したようで、ふふふ、と軽く笑う。
「シルバーちゃんはね、あたしの昔からの知り合いなの。すごく強いのよ」
確かに銀髪の男からは静かではあるが強者が醸し出す独特の雰囲気があった。もしかして、この二人が地蛇討伐を手伝ってくれるのだろうか。
「はぁ」
「デメトリオスちゃん、地蛇と弓で戦うつもりなの?」
そう言われてデメトリオスは考えた。地蛇は複数いる上、近くの穴から飛び出してくるので弓で一匹一匹斃すのは難しい。近接武器が望ましかった。だがデメトリオスは近接武器はお世辞にも得意とは言えない。
「いえ……弓は難しいかなと思いますが」
「デメトリオスちゃん、剣は苦手でしょう? 何日かこの二人に稽古をつけてもらうのがいいと思うわ」
「討伐を手伝ってくれるわけではないのですか?」
カイザリオスは首を振る。
「この二人は町の人間ではないの。デメトリオスちゃんが外の人間の力を借りて斃しても、皆は認めてくれないでしょうね」
カイザリオスが言うように、外の人間に助けてもらって斃しても、それは「デメトリオスが凄い」のではなく「手伝ってくれた外部の人間が強かったんだろう」となってしまうだろう。
デメトリオスが地蛇討伐を承諾したのは名誉と金のためだ。それが得られないなら討伐する意味はほとんどなくなってしまう。
デメトリオスは稽古をつけてもらうことに同意した。地蛇の討伐は今日明日を争う程ではないとはいえ、あまり増えすぎてしまうのは問題なので、五日から十日前後の間には討伐したかった。
「わかりました。 よろしく」
そういってデメトリオスが頭を下げるとシルバーとフェリアスは頷いた。
帰り道の夜、デメトリオスが暗くなったパン屋の前を通ると中から若い女の歌声が聞こえた。力強く生命力に溢れた歌声。サテュラスの声のようだ。
サテュラスはパン屋で働きながら歌手として自立することを夢見ている。デメトリオスにも夢があるように、サテュラスにも夢はあった。
翌朝、パン屋でいつものように朝食を買う。
「いつもありがとうございます」
「ありがとう。 あの、俺さ……」
いつも挨拶くらいしか話さないデメトリオスが何か言おうとしたのでサテュラスは目を瞬かせる。
「あのさ、今度の仕事が上手くいったら、その」
「はい」
「俺は変われるんだ」
「変われる?」
デメトリオスは頷いた。
「あぁ、今の俺はゴロツキ同然だ。だが、もうじきそれを終わらせるんだ」
「私は、デメトリオスさんが毎日パンを買いに来てくださって、美味しいって言ってくださると嬉しいです」
「パンなんて、店ごと買ってやるさ。見ていてくれサテュラス。俺はやってやる」
そう言ってデメトリオスは店を出た。
今日から剣の稽古をつけてもらうのだが、稽古相手は銀髪の男ではなく、金髪の女が相手だった。
「お嬢さんが相手なのか」
「シルバーさんみたいに強くはないけどね。これでも兵長くらいには勝てるんだから」
兵長と日頃から剣を交えるような人物なのだろうか。その正体は全くわからなかった。
フェリアスは木剣を構えた。構えは正中線がまっすぐになっており、良い構えだ。デメトリオスも訓練用の木剣を構える。シルバーが手を叩くと、フェリアスは風の如く動きだし、するするとデメトリオスの懐に入り込み、木剣で胴を薙ぎ払った。
デメトリオスは反応すらできず、弾き飛ばされ背中から落ちる。
「ぐぇっ!」
「……そこまで!」
シルバーが手を叩く。フェリアスは手を伸ばして起きるのを手伝ってくれた。
「さぁ、どんどんいくわよ」
再びフェリアスは構える。この女、かなりできる。町の中でも太刀打ちできるのはそれほどいないに違いない。
次はデメトリオスは油断はしなかった。それでもフェリアスの流れるような剣技にたちまち追い込まれ、小手を打たれて木剣を落としてしまう。
その次はデメトリオスから攻めてみたが、どんなに強く早く攻撃してもフェリアスはそれを知っていたかのように躱し、鋭く反撃してくる。身を低くしての突進もさらりと避けられ足を払われる。
結局一本も取ることができずにその日の訓練は終わった。
「女相手に一本も取れないなんて……」
「ふふ、女が王様の国もたくさんあるのよ。何故かわかったでしょう?」
そう言われてデメトリオスは納得した。これだけ強ければ女が王でも文句はでるまい。
「フェリアスさん?だったか。 どうしてそんなに強いんだ?……ですか?」
デメトリオスは敬語に言い直した。自分が教わる立場なのだ。
「昔から、兵士達と訓練していたのよ。馬だって乗れるんだから」
デメトリオスから見るとフェリアスは十五、六あたりの少女だ。あそこまでの腕になるにはそれなりの年月が必要だろう。つまり、子供の頃から城で兵士相手に訓練していたということであり、そんな立場にあるのは限られた人間だということはデメトリオスにもわかった。
訓練は五日間みっちりと続き、デメトリオスの剣の腕もめきめきと上達。フェリアスからたまにだが、一本取れるようになっていた。
フェリアスから一本取ったデメトリオスを見て、シルバーが宣言した。
「明日からは俺が相手しよう」
人の名前がどんどん増えてきましたが、登場人物はこれくらいにしておこうと思います。
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各話のサブタイトルはそのうちつけたい。。