二章 一 デメトリオス
二章が始まりました。
デメトリオスという狩人が主役となっていますがフェリアスとシルバーももちろん登場します。
一
デメトリオスは狩人だった。ただし狩人といっても動物相手ではなく魔物が狩りの対象だ。宝珠を手に入れて売ることで生計を立てている。デメトリオス自身は魔法を使うことはできなかったが、一つだけ特技があった。
(この先だな。あと百歩くらい向こうだ)
デメトリオスはそっと草をかき分けると前方に足が十二本ある巨大な蜘蛛がいた。蜘蛛の本体は人間ほどの大きさがあり、足は人間の四倍程の長さがある。蜘蛛はまだデメトリオスに気づいていなかった。
デメトリオスの特技とは、魔物の気配を察知することだ。魔物に近づくと肌がピリつき、鳥肌が立つ。おそらくは魔物の体内に有する魔力を肌で感じているのだろう、と村の魔法使いは言っていたが、デメトリオスは原理を知ったところでそれがどうした、という感想でしかなかった。
デメトリオスは弓を肩から下ろし、矢を番えて引き絞る。狙いは蜘蛛の頭胸部。必殺の確信を持って矢を発射。
水鳥の羽が使われた矢は無音で宙を破り蜘蛛の頭部に命中。蜘蛛は十二本の足を激しく痙攣させて絶命。
「よし!」
やがて蜘蛛は小指の先程の大きさの宝珠に変化。デメトリオスは駆け寄って宝珠を拾い上げる。
「これで三日はたらふく食えるな……いや、借金を返して半分残るか…」
宝珠を大事に鞄にしまい、弓の弦を外して革袋にしまう。今日はもう狩りを続ける必要はない。
デメトリオスは自分のこの特技を過信はしていなかった。魔物の気配を察知しても、相手も自分を察知していることがこれまでもあったし、必ず後ろを取れるとも限らない。それに、不意打ちの一矢で狩るのを得意とするデメトリオスは、相手が複数いた場合手出しすることができず、これまで何度も失敗している。そのおかげであまりいい稼ぎの狩人ではなかった。
村に帰ると早速宝珠を売り払い、酒場に入る。
酒場にはいつものように他の狩人や冒険者達でごった返していた。
「デメトリオス! こっちだ」
自分を呼ぶ声がしたので、そちらを見ると同業者が卓に集まっていたので自分も端の席に座る。席に座ると声の主、ヘパイシオがデメトリオスの肩に手をやる。
「ここに来たってことは、今日は上手くいったのか?」
「まぁね。 人喰い蜘蛛をやった」
「蜘蛛か。デメトリオス、お前いつも一人だろう? もし蜘蛛の糸にかかったら死ぬしかないぜ?」
今日は蜘蛛に対して先制できたからよかったが、同業者のヘパイシオが言うようにもし人喰い蜘蛛の巣にかかってしまったら一巻の終わりだ。デメトリオスは魔物の気配を察知できても巣までは察知できない。
「俺の特技は、まわりに人がいるとうまくいかないんだ。だから一人のほうがいいんだよ」
へパイシオは唸った。
「そうか。お前の魔力感知はまわりの人間の魔力に干渉してしまうんだったな。けど、能力に頼らなくても普通に仲間と狩ってもいいじゃないか?」
「……それはそうだが」
デメトリオスは注文した鶏肉にかぶりつき、酒を喉に流し込んだ。労働の後の酒はうまい。
その時、ヘパイシオや周囲も同業者が無言で離れていった。
(急にどうしたんだ?)
「デメトリオスちゃん、見つけた」
デメトリオスは背後からの声に振り返ると、全身黒い服に身を包んだ巨漢の二人組がいた。分厚い胸板に服が裂けそうなほどである。
「カイザリオスさんとメトロンさん」
「それさぁ、食べ終わってからでいいからさぁ、北区のフィリッポスの家に行ってくれないかしら?」
「わかりました」
「頼んだわよん」
カイザリオスはデメトリオスの皿から鶏肉を一本摘まみ上げると骨ごと飲み込み、後ろを向いて去って行った。
二人の姿が見えなくなると、ヘパイシオが小声で言う。
「お前まだあいつらとつるんでるのかよ。闇金だろ、あいつら」
「闇金というか、高利貸しというか。狩人だけじゃ食っていけないから取り立て人の仕事を回してもらってるんだ」
「あいつらから借りてないだろうな」
「まさか。金さえ借りていなければ割といい連中だよ」
冗談交じりの本音にヘパイシオは笑う。
デメトリオスは自分も少額の借金をしては返す生活をしているが、彼らの取り立て現場を何度も見ているので、絶対彼らからは借りるまい、と思っていた。
陽が沈み、フィリッポスも仕事から帰ったであろう時間を見計らってデメトリオスは北区へ向かう。北区はどちらかと言えば貧困層が固まっており、借金も膨らんだ連中がそれなりにいるため治安はあまりよくなかった。
暗い街並みを越え、フィリッポスの宅に到着したデメトリオスは扉を叩き、声をかける。
「フィリッポス! いるか?」
しばらくして家の中から物音がし、扉が少しだけ開く。白髪混じりの細い男が顔を覗かせた。
「あぁ……カイザリオスさんのところの人か」
「前に言ってた十日、待ってやったぞ。金は用意できたんだろうな?」
デメトリオスは普段はこんな言葉遣いはしないが、取り立て代行の時は凄味を出さないと嘗められるので意識して荒っぽくしている。
「いや、すまねぇ。病気の家内がいるんだ。医者にかからないといけなくて」
泣きそうなフィリッポスの顔を見て思わず同情してしまったが、この仕事では同情は役には立たない。
「十日待ってくれって頼んだのはフィリッポス、お前だよな? こっちはそれを信じて待ってやったんだよ! それとも何か? 俺たちはお前が金が欲しい時に金が出てくる袋か何かか?」
「すまねぇ……だが今は金は無いんだ。もう少し待ってくれ」
「あのな。この次はもっと怖いやつが取り立てに来るぞ。俺が笑っているうちに金を返すんだ」
「ねぇんだよ!」
「借りてる分際で何だよその口のきき方は!」
「……」
フィリッポスは無言で扉を閉めた。デメトリオスは扉を蹴りつけて去る。本来ならあるだけでも取り立てなければならないところだ。銅貨一枚すら取り立てることができなかったのが悔しい。またカイザリオスに説教されてしまう。
だが、フィリッポスは完全にカイザリオス一派を敵に回した。次の取り立ては地獄を見るだろう。
翌日、カイザリオスの事務所に行く前に、朝食用のパンを買いに町のパン屋へと足を運ぶ。店内は焼きたての香ばしいパンの匂いで満ちており、腹が騒ぎ立てる。このパン屋の売り子と一言二言、言葉を交わすことだけが今のデメトリオスにとって唯一の癒しであった。
「おはよう。 今日も美味そうだね」
「焼きたてよ。チズルが美味しいの」
「ありがとう」
娘の名前はサテュラス。年の頃は二十歳そこそこ、亜麻色の髪で鳶色の瞳を持つ、清楚な雰囲気の女性だ。白いエプロンと頭巾をしており、笑顔でパンを紙袋に詰めてくれた。
パンを受け取り、デメトリオスの荒んだ心に一筋の光が差し込む。今日を生きる活力を感じた。デメトリオスは店を出ると紙袋からチズルの乗った熱いパンを取り出し齧る。
「うまい。あのパン屋は間違いなく世界一だ」
パンを食べ終えたデメトリオスはカイザリオスの事務所に向かい、昨日の取り立てが失敗したことを報告する。
カイザリオスはデメトリオスの肩に手を乗せて頷いた。
「そう。残念だったわね。あとはあたしたちで取り立てるから」
「すいません」
デメトリオスが謝るとカイザリオスは巨体に似合わぬ笑みを浮かべる。
「いいのよ。あたし、デメトリオスちゃんのことは買ってるの」
「そんな……俺なんて」
「あたし、人を見る目はあるのよ」
そう言ってカイザリオスは部屋を出ていく。扉が閉まると向こうからカイザリオスの怒鳴り声が聞こえた。
「オラァ、野郎共ッ! フィリッポスの糞野郎めが借金踏み倒すつもりだぞ! 足腰立たねぇようにしてやれ!」
「「応ッ」」
複数の部下が返事をし、騒々しく事務所から出ていく。
「こぇぇ……」
デメトリオスは事務所を出て狩りに向かうことにする。仕事をしなければ自分もフィリッポスのように追われる立場になってしまうだろう。自分はいつまでうだつの上がらない狩人を続けるのだろうか。狩人という仕事の頂点は、多くの狩人を雇い入れて大物を狩る「狩猟組合」の事務所を経営することだろう。デメトリオスも例外なくそういったことに憧れていた。
いつもの森に入ったデメトリオスは能力を使って周囲を探りながら歩く。昨日のように楽な狩りができればいいのだが。
森を抜け広い草原に出たとき、デメトリオスは足元に違和感。何かが靴の先にぶつかった。ふと見ると、革の靴だった。
「靴?」
いや、よく見ると靴ではなく、人間の「膝から下」だった。瞬時にデメトリオスは周囲を警戒。すると他にも人間の部位がいくつも散見された。一人、二人のものではなく、もっと大人数がここでやられている。しかも一般人ではなく自分よりも技量の優れた狩人達だ。
よく見るとところどころ地面に一抱え程の穴がある。これは「地蛇」の穴だ。地蛇とはその名の通り地面の下に穴を網の目のように張り巡らせ全体を巣とする魔物であり、巣穴に近づく獲物に襲い掛かる恐ろしい魔物だった。「蛇」と名がついてはいるものの、獲物を丸のみするのではなく鋭い牙で食い千切る。
よく知られている討伐方法としては複数人で巣に赴き、一人が奇襲されたところを別の人間が斃すという犠牲前提の討伐だが、やりたがる者などいない。
デメトリオスの検知能力に反応。しかも複数である。この草原は地蛇の巣となっている。デメトリオス一人では到底斃せるとは思えなかった。
「……こんなの相手にできるわけねぇ」
その日、デメトリオスは逃げるように町に帰った。
異世界でありがちなスライムとかワイバーン、グリフォンなどの横文字モンスターは出さないつもりです。
何故なら漢字で書きたいからです。軟体生命、鷲頭鳥獣、とかなら出すかも?