終章
男は謁見の間の中央まで歩み寄ると膝をついて礼をする。
「お初にお目にかかります。この度は、わが国国王アルシノエスの妻として、貴国王女のアウラダ様をお迎えしたく貴国のご意向を伺いに参りました」
シルヴァンティスはそう述べると頭を下げた。こういう場合、女王が声をかけるまでは頭をあげてはいけない決まりだ。
(シルバーさん、本当はマルキアナの王様の弟で、『シルヴァンティス』が本名なんだ……)
女王バルシネは目を瞑り、指を眉間に当てて考え込む。そうして目を開き、使者を名乗る男に声をかけた。
「使者よ、顔を上げてくれ」
その言葉でシルヴァンティスは顔を上げ、銀色の瞳で女王の目を見る。
「使者殿の申し入れは把握した。だが今現在我が国は後継者を決める時期にあってな。アウラダが後継者となる可能性も当然ある。だからこちらからの条件としては、『後継者とならなかった方』をマルキアナに嫁がせよう。それでどうだ」
シルバーはさも当然であるかのように答えた。
「マルキアナが口出しすることではございませんが、後継者はフェリアス殿下こそが相応しいでしょう」
「なんと! マルキアナ国までがそのような!」
バルシネは目を見開き、病気で痩せた身体を震わせて怒鳴る。シルヴァンティスは冷静に続けた。
「私はヨーグラン国からこのフレンツ国までフェリアス殿下のご帰還に随行させていただきました。これまでいくつかの国が伝令を飛ばしフェリアス殿下を支持する表明がなされた。それらはすべて事実であり、私が証人となることができます」
大臣や官吏達はざわついた。これまでの伝令が持ってきた手紙はすべて事実だという。しかもそれをマルキアナ国の王弟が証明できるとフレンツ王の前で宣言したのだ。
---- すると、どこからか声が上がった。
「フェリアス王、万歳!」
その声に続けとばかり、まるで遠吠えのように万歳の喝采が起こる。やがてそれは合唱のように万歳三唱が繰り返された。
アウラダがフェリアスに歩み寄り、頭を下げる。
「お姉様、おめでとうございます。いいえ、王よ」
フェリアスはまだ信じ切れていなかった。こんな優秀な妹がいるのに。
「アウラダ……私よりもアウラダのほうがずっと優秀だわ」
アウラダは首を振る。
「そういうことではないのです。伝令が預かってきた言葉や、あの使者殿のお言葉。それにこの場の熱狂。それは王でなければできないことなのです。わたくしに手紙はございませんし、このように熱狂させることはできません」
フェリアスは熱狂と聞いて剣闘場の光景を思い出した。へレクトールがアルバッキノスの裁定に逆らってシルバーを助けた時だ。大きな力に立ち向かう人間を目の当たりにした時、人は熱狂するのだ。今もフェリアスは、バルシネ王という大きな力に立ち向かっている。そうして苦難を乗り越え帰ってきた。それに官達は熱狂しているのだ。王に逆らわず、従うだけだったアウラダに熱狂する者はいない。
女王バルシネは目を瞑り謁見場の騒ぎを聞いていたが、やがて手を上げた。たちまち静まり返る。ゆっくりと立ち上がったバルシネは大きく宣言した。
「フェリアスを後継者とする」
その一言で謁見場は大歓声に包まれる。フェリアスは驚きの表情で周りを見渡した。シルバー、いやシルヴァンティスも手を叩いて祝福していた。
その晩は盛大な晩餐会が開かれ、シルヴァンティスも招待された。アウラダはシルヴァンティスの兄であるアルシノエスに嫁ぐこととなり、十日ほど準備をしたらシルヴァンティスが連れて帰るそうだ。晩餐会で、フェリアス、シルヴァンティス、アウラダの三人は城の露台に出ると風に当たる。
フェリアスはアウラダに話しかける。
「随分急なのね」
「お姉様に比べたら、全然です」
「言われてみればそっかー、私寝間着のまま攫われたもの」
そう言って笑った。シルヴァンティスは杯の酒を飲み干すと卓に置く。
「王族の結婚はそういうものだ。時間をかけても何の意味も無い。愛を育むのは結婚してからだな」
「わたくし、アルシノエス様をよく存じないのですが、どのようなお人なのでしょう」
アウラダがそう言ってフェリアスも不安になった。妹は顔も良く知らない人のところに嫁ぐのだ。不安なのは当然だろう。
「見た目は、俺によく似ています。銀色の髪に銀の瞳で。俺のような癖毛ではないですが。中身についてもよくできたお方ですよ」
シルヴァンティスは自分の髪を指で摘まみながら答えた。一応、義理の姉にあたるので、敬語になっている。その言葉でアウラダは多少なりとも安心したのか、胸を撫で下ろした。
さらに、シルバーはかつてマルキアナ国であった三人の王子が王位を争った際の、魔物を討伐した時の話をした。民の言葉を大事にしたアルシノエスが、討伐に成功した話だ。
「とってもいい人そうじゃない。アウラダ、良かったわね」
「はい。王族は自由に恋愛などできませんから、このようなお方に嫁げるなら私は幸せです」
「アウラダ……」
そういってフェリアスはアウラダを抱きしめた。アウラダの肩は僅かに震えている。強がってはいるが、やはり不安はあるのだろう。フェリアスはアウラダを離し、シルヴァンティスに向き合う。
「そういえば、シルバーさんは国とか王族とか嫌いだーって言ってたわよね。でも今回は使者として来てくれたんだ?」
「そうだな。俺は妾の子だが王の弟だ。だから国にいても権力争いの玩具にされてしまう。それで国を出ていたんだ」
「それで?」
フェリアスが先を促すとシルヴァンティスはフェリアスの金髪に手を置いた。
「お前が好きだからだ」
「!?」
「どうしてこの時期丁度に手紙が各地から来たと思う? 俺が使者として来たのは?」
「……わからないわ」
「俺がお前と結婚するには、俺が王になってお前をもらうか、お前が王になって俺をもらうしかない。王族は基本王か女王に嫁ぐものだからな。だが俺は兄を裏切るつもりはない。だからお前を王にする必要があった。俺はストロピウスに頼んで、各地にフレンツ国王が後継者を決めるという話を伝えてもらった。俺は一度国に帰り兄に身を固めるよう進言し、使者を買って出た、という具合だ」
フェリアスは頭が混乱していた。
「じゃあ、私が後継者になったのは、シルバーさんの力だったのね……」
シルヴァンティスは首を振る。その時、露台の上に黒い影が見えた。シルヴァンティスの背筋が凍る。
「--あいつだ!」
空を飛ぶ魔物、美しい金色の髪に褐色の肌、深翠の瞳を持つ絶世の美女は一振りの剣を投げて寄越す。受け取ったのはフェリアスだ。
「剣をよこせ。俺がやる」
フェリアスは以前シルバーがこの魔物に押されていたのを覚えている。この三年でさらに腕をあげているかもしれないが、危険すぎる。
「いいえ、あいつは私に剣を渡した。私がやる」
フェリアスは剣を抜くと豪華な衣装の裾を斬り捨て、動きやすくする。そうして露台からえいや、と飛び降りて地面で待ち構えた。
魔物も地面に降り立つと黒い刀身の剣を抜き、構えた。その瞬間、二人は風のように動き激しく剣を打ち合わせる。クヘン流とアルマキア流がぶつかり、剣の竜巻があたりを切り刻んだ。この三年、真面目に訓練したフェリアスはさらに腕を上げていたが、魔物は人間の限界を超えた超反応、超筋力、人間から吸収した剣術を武器に攻めてくる。
(なんなの、こいつ! やばいくらい強いじゃない! 騎士団長よりも強いわよ!)
フェリアスは不利を悟る。長引けば体力勝負で負ける。必殺を繰り出そうとした瞬間、フェリアスは信じられないものを見た。魔物が『幻影剣』を放ったのだ。その数、百二十八。まるで雨のような攻撃にフェリアスは悲鳴を上げる。しかし本数は多くても本物は一本だ。急所にあたる剣だけを避け、フェリアスはなんとか即死だけは免れた。衣装が血で紅く染まっていく。
魔物は止めとばかり、もう一度『幻影剣』を使う構え。その時露台からシルヴァンティスが大きな宝珠を投げてよこした。
「お前が斃したっていう火龍の宝珠だ。アイネイアースから預かった!」
「ありがとう!」
フェリアスは気合を入れる。全力で勇気の魔法を発動。
「王師輝滅陣法!!」
フェリアスの身体を金色の渦が包み、膨大な魔力が力を与える。
「うぉぉぉっ!! 『幻影閃空剣』!!」
千二十四本の剣からは閃空剣が放たれる。それは幻ではなかった。金色の閃光は魔物を貫き、切り刻み、たちどころにバラバラにした。まさに必殺剣。刻まれ塵となった絶世の美女は龍のそれよりも巨大な宝珠となった。
フェリアスは全身の力を使い果たし、その場に仰向けに転がる。
やがてシルヴァンティスとアウラダも露台から飛び降り、フェリアスのもとに駆けつけた。シルヴァンティスはフェリアスを起こしてやると、衣装の泥を払ってやる。
「先ほどの続きだがな。-- 手紙は本物だし、差し出した馬鹿共もお前を本気で支持している。お前は誰よりも笑い、誰よりも酒を飲んで、誰よりも強くなり、道を示した。--好きだ」
そう言って、シルヴァンティスはフェリアスに口づけをした。フェリアスは頭がとろん、とし手は力が抜け、だらしなく下がった。
アウラダは両手で目を覆って「お姉様ったら!」とつぶやいた。
了
約一年半でようやく完結しました。
最後まで書ききれて本当に良かったです。エタだけは絶対しないと誓って続けました。
どの章が面白かった等、感想など頂けると喜びます。
これまでありがとうございました。 安曇東成 拝




