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風の唄  作者: 安曇 東成
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一章 四 王師輝滅陣法

 四

 

 生木が燃える匂いで気づいたフェリアスは飛び起きて辺りを見渡す。周囲はかなり燃え広がり、熱気も凄まじく、このままでは蒸し焼きになるかもしれなかった。幸い意識を失っていたのはそれほど長い時間ではなかったらしい。シルバーも近くに倒れており、起き上がろうとしていたがまだ足が震えているようだ。

 

「シルバーさん!」

「くそっ!」


 フェリアスはシルバーに駆け寄りシルバーの身体を起こす。


「……最悪だ。見つかった」


 その言葉にフェリアスの心臓は激しく脈打ち、息が荒くなった。上を見上げると、巨大な爬虫類が二人を見下ろしている。

 

(目を見ちゃだめだ……)


 目を見てはいけないとわかっていても、相手の目を見てしまうのは動物の本能なのだ。その時、シルバーの手がフェリアスの目を隠し、視界を遮った。


「見るな」


 シルバーは左手でフェリアスを払いのけ、庇うような恰好になった。


「シルバーさん!」

「逃げろ」

「でも!」

「逃げろ!」


 シルバーは叫び、震える手で剣を構えた。地龍はゆっくりと口を開き、巨大な牙の数まで数えられそうなほど接近。こんな状態のシルバーが戦えるわけがない。

 

 フェリアスはふと地面に手を伸ばすと丸い玉の感触。先日見た、地龍の幼体が変化した宝珠だ。フェリアスは思わずその宝珠を胸に抱き、強く祈った。


(助けて!)


 宝珠の魔力はフェリアスの王族の魔力と結合。金色の竜巻が巻き上がり、暴力的に魔法を発動。シルバーの身体が銀色に輝き、同じように銀色の竜巻が吹き上がり、二つの竜巻が螺旋のように(そら)に伸び上がる。王族のみに発動可能な魔法、『王師輝滅陣法(デイア・モンド)』がシルバーを超強化。


「うおおぉぉ!」


 シルバーは吼えた。腕の振るえは完全に止まり、目には生気が戻る。


「すげぇ魔法、使えるじゃねーか!」


 フェリアスは夢中で何が起きたのかも理解していなかった。教わってもいない魔法を発動できることなど普通は考えられない。


 シルバーは地龍に突進し、跳躍。通常の人間ではありえない高さに飛び上がり、両手で剣を高く振りかざす。


「くたばりやがれ!『閃空斬』!」


 シルバーが振り下ろす剣からは銀色の閃光が伸び、巨大な爬虫類を縦に両断する。シルバーが着地すると遅れて両断された地龍が内臓をブチ撒けながら倒れる。やがてそれは七色に輝く美しく巨大な宝珠へと変わる。

 

「す、すごい……」


 着地し、肩で息をするシルバーに駆け寄るとシルバーは巨大な宝珠を手にする。


「こいつはすごい。城の一つや二つは建つかもな」


 シルバーが手にする宝珠を見て、フェリアスは思い出した。


「あっ……ごめんなさい。私シルバーさんの宝珠を使っちゃったわ」

「気にするな。あの時お前の魔法が無ければ勝つことはできなかった。あれは『勇気の魔法』じゃないのか?」


 シルバーに指摘されフェリアスは戸惑う。


「わからないわ。お城では教わらなかった……ううん、私が怠けてただけなんだけど」


 あの時は恥ずかしくて言えなかったが、何故か今は素直に告白する気になった。シルバーはそれを聞いても笑うことはしない、なんとなくそう思ったのだ。

 

「……俺一人の力で地龍を斃せなかったのは残念だが、十分な戦果だ。村人に伝えてやろう」

「そうね!」


(やっぱりシルバーさんは笑ったりしない。そりゃそうか。私、実際に使って見せたんだもの)


 一度王族の魔法を使ったことはフェリアスにとっても自信となっていた。

 

「あ……」


 フェリアスは一つ思い至り、俯いてしまう。


「どうした? どこか怪我したか?」


 シルバーが気を遣ってくれたので無理に笑顔を作る。

 

「あの地龍、何かを探しているようだったでしょう? それってもしかして幼体を探していたのかなって」

「……魔物に同情などするな」


 シルバーの言葉でフェリアスも気づいた。自分は幼体の死体から生まれた宝珠を使い成体を斃したのだ。


「ひどいこと、しちゃったのかしら」

「魔物のことを気にすることはない……」


 シルバーは言葉を切り、何かに気づいたように別の方向を見た。すると、どこかの国の兵士らしき男二人がその場を静かに去っていくところだった。シルバーはそれを静かに見つめると、言葉を続けた。


「だが、人のやることだとしたら、胸糞が悪い」

「どういうこと?」


 シルバーの言葉の意味がわらかず、フェリアスは疑問を口にしたがシルバーは何も言わなかった。

 

 やがて二人は村人が避難した湖の側へ到着する。村人は千五百人ほどが避難しており二人の姿を認めると盛大に沸いた。やがて村人の中から一人の老人が二人の前に歩み寄り、頭を下げた。


「私は村長のパリスと申します。あの光が龍を斃すところは村人全員で見ておりました。あなた方は村の救世主です」

「すまないが、村はほとんど灰になってしまった」

「構いませぬ。建物はまた建てればよいのです。子供達も皆、生き延びることができました。ヨーグラン城もやがては戻るでしょう」

 フェリアスはその言葉で思い出す。


「そういえばアライモス王はやはり亡くなったのかしら」


 村長パリスは髭を撫でながら答える。


「そのように聞いております。王族の生き残りがどこかにおるかもしれませんが、新たな王が立つのは時間がかかるでしょう」

「そう……」


 フェリアスは安心したような、落胆したような気分になった。やはり自分はフレンツに帰るしかないようだ。


「そうだ。すでに村を離れて避難していた人もいるでしょう?」

「そうですね。まぁ噂を聞いてじきに戻ってくるでしょう。あぁいう者たちは耳も早いものです」


 それを聞いてフェリアスは安心した。


 村人の中からフェリアスの見覚えのある男が顔を出した。厩舎の主人だ。しかも、逃げた白馬を連れている。


「あっシルバー」


「この馬はそちらのお嬢さんの馬でしょう。逃げてきたので預かっておりました」

「ありがとう。龍に怯えて、逃げ出しちゃったのよ」

「それは無理もないですな」


 フェリアスは手綱を預かると馬の額を撫でた。


「主人を置いて逃げるなんて。いけない子ね」


 馬は鼻を鳴らすとフェリアスの髪を噛んだ。


「こら、やめなさい! あ、やめて。やめてください。 叱ってごめんなさい」


 フェリアスと馬がじゃれ合っていると、シルバーはつぶやく。


「シルバー……だと?」


 フェリアスは笑った。


「この子にシルバーって名前、つけちゃった」

阿呆(あほう)。改名しろ」

「えーっ」

「呼ぶときややこしいだろうが」


 それを聞いてフェリアスはとても嬉しくなった。


「それって、一緒に来てくれるってこと?」

「……次の村まではな」

「えーっ! フレンツまで送ってくれないんだぁ」

「知るか」


 そんなやりとりをしていると、一人の村人が二人に話しかけた。


「兄さん達、今日はここで休んでいくんだろ? 野宿だけどさ」


 フェリアスはシルバーを見るとシルバーは頷いた。


「そうね。まだ夜中だしね」

「ならちょうどよかった。酒屋の親父がさ、酒樽を抱えて逃げてきたんだ。それで一杯やろうって話をしてたんだよ」


 そうするとちょうど酒樽を転がしながら酒屋の親父らしき人物が現れた。転がす酒樽はかなり大きく、フェリアスの体重よりも重そうに見えたので、フェリアスは目を丸くした。


「あの状況でそんな重そうな酒樽を抱えて逃げるなんてすごいわね」


 酒屋の親父は頭を掻く。


「いやぁ、女房だと思ったら酒樽でな」


 それを聞いて一同は笑う。


「じゃあ、今日は飲みまくるぞー!」


 若い男がそう声を上げると周りの村人は歓声を上げる。


 そうして宴が始まった。フェリアスとシルバーも酒を次々と注がれ、村人からは感謝の言葉を無数にかけられた。


 すっかり出来上がったフェリアスは村長パリスに絡んでいた。


「らからね、妹が酔いつぶれるまでお(しゃけ)を飲ませたらね、妹ったらその晩おねしょしちゃったのよ」


 フェリアスは手を叩いて笑う。


「ほんろに生意気なんだから、いい気味よね~! ヒック!」

「フェリアス様、もう休まれたほうがいいのでは」

「なによぉ~村長、吞み足りないんじゃなぁ~い?」


 そう言ってフェリアスは酒の入った器を村長の口にぐいぐいと押し付ける。


「ぶぁふぅ! フェ…ガフッ…」


 村を救った英雄に逆らえず、村長は酒を喉に流し込む。村長も相当酩酊している。


 一方シルバーは女たちに囲まれて楽しげに飲んでいた。


「シルバー様、わたくし、メムネト村の服職人に知り合いがおりますの。今度シルバー様にお似合いになる羽飾りを作らせますわ」

「シルバー様、今度あたしが愛情こめて作った野菜を食べて欲しいな」

「シルバー様、わたしはパンを焼くのが得意ですの。お肉を挟んでチズルをのせたパンは最高なのよ」


 シルバーは女たちを抱え、頷く。


「リーナ、ペトラ、スタルシア。俺はパンは好物だからまずはそれを頂こう。その後メムネト村に行って羽飾りを受け取り、野菜ができるころにここに戻ってこよう」


 それを聞いた女たちは黄色い声を上げて喜び、シルバーに抱き着く。


 フェリアスはそれを見て膨れた。思わず村長にさらなる酒を押し付ける。


(あんなに楽しそうにしちゃって! 女好きなのかしら!)


 夜遅く、むしろ朝方まで続いた宴はやがて少しづつ人が減り、フェリアスもいつの間にか眠りこけていた。


 陽が昇ると体内の毒素が中和されるようで、フェリアスは起き上がって背筋を伸ばした。


 村人が何やら騒いでいるので見に行ってみれば村長がおねしょをしたらしい。


(悪いことしちゃったかな……)


 シルバーも起きて出発の準備をしている。フェリアスは馬の手綱を引いてわざとシルバーの近くに止まる。


「ねぇシルバー、昨日は休めた? シルバー、昨日私を置いて逃げたのは許さないからね」


 そう言いながら馬をなでるとシルバーが睨む。


「馬の名前を変えろと言っただろうが」

「あら、今日はパンを食べて羽飾りをもらって? 野菜を食べにくるシルバーさん。ごきげんよう」

「よし、俺がその馬の名前をつけてやる。 今日からそいつは『肛門うずき丸』だ」

「最低! 下品すぎるわ!」

「名前を変える気になったか?」

「むむぅ~!」


 さすがに変えざるを得ないようだ。変えなければ『肛門うずき丸』にされてしまう。


「…わかったわよ! だからその名前だけはやめて!」


 とはいってもすぐには思いつかなかったので、道中で考えることにする。


 やがて二人は西の村を目指すため、出発することにした。村長パリスは再び二人に頭を下げた。


「村が復興したら、またお越しください。村を挙げて歓迎いたします」

「えぇ、きっとまた来るわ!」


 フェリアスは笑顔で答える。


 その時、村人の輪の中から若い娘が数人きゃあきゃあと出てくる。


「シルバー様! ありがとうございました!」

「シルバー様、また来てくださいね!」


 煌めく銀髪に銀色の瞳、美女と間違う程の美貌を持ち、地龍すらも斃す戦士のシルバーが娘たちの心を掴んでしまったようだ。


(モテるわよね、そりゃ)


 フェリアスはわずかながら優越感を感じた。自分は彼の隣にいられるのだ。


 シルバーは娘のうち一人を片腕で抱きかかえる。娘は黄色い悲鳴を上げてシルバーに抱き着いた。


(いいなぁ、私もして欲しいなぁ)


 しばらく村人との別れを惜しみ合いながら、二人は出発した。馬は、シルバーとフェリアスの二人くらいなら乗せられるようで、二人は騎乗して出発した。だがさすがに二人を乗せて早駆けは無理をさせてしまうので、人間が軽く走るくらいの速度での移動となる。


 村人達は英雄が去るのを見つめる。明け方の西の空には一つ、強く輝く星があった。


「村長、あの星の名前は?」


 村長パリスは答える。


「あれはアガーテという星。明け方にだけ見える、希望の星と言われておる」


 質問をしたのは、村の吟遊詩人のようだった。彼は小さな弦楽器を奏でながら歌い始める。


神が遣わせし 美しき銀と金の風

我らは待つだろう やさしき風を

我らは待つだろう 光輝くアガーテを


一章にお付き合い頂きありがとうございました。

引き続き、二章でお会いできれば嬉しいです。

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