十章 一 後継者
一
エルデファロンに着いたフェリアスは懐かしさで泣きそうになった。愛しの我が家だ。出迎えには妹のアウラダもいた。フェリアスが馬車を降りるとアウラダはフェリアスに駆け寄り、いつもの心配そうな眼でじっと見つめてくる。
「ただいま、アウラダ」
「おかえりなさいませ。お姉様」
「お母様は? まだ怒ってる?」
アウラダは首を振る。
「どうでしょう……すぐにお会いになられたほうがよいかと」
「帰ってきて早々お説教はしんどいから、今日はやめとこうかな」
「お、お姉様!」
「私は、なんの断りもなくお嫁に放り出されたあげく、黙って帰ってきたのよ。それで私を放り出した張本人に真っ先に会いに行くと思う? 私に会いたきゃ勝手に来ればいいのよ」
アウラダは下を向いて唇を噛んだ。
「あのね、アウラダ。そりゃあ、私はできの悪い姉かもしれないわ。授業は逃げ出すし、服は片づけないし、つまみ食いするしね。でもね、やっとわかったの。民がどんな生活をして、何を食べたり飲んだりしていて、魔物がどれくらい生活を脅かしているのかね。でもって、私はそんな民が飢えたり歌を歌えなかったり、旅人を騙したり、魔物に怯えたりしないような暮らしができるよう考えないといけないんだなって」
アウラダは頷く。
「太子の授業はまさにお姉様の言われた市井の生活や王が考えるべき道についてなのです。私には太子のお話だけでは実感はありませんが、お姉様は自ら体験されたのですね」
フェリアスはアウラダの言葉で気づかされた。太子の授業はひたすらに眠いだけだったが、決して無駄な内容ではなかったのだ。今、太子の授業を受ければ様々なことに合点がいくに違いない。王族の魔法についても、フェリアスは授業を逃げ出したが、兵士を奮い立たせて龍を狩ることができる、民を護るためには必要な魔法だった。
「……私、太子に謝る。授業に出るわ」
「お姉様……」
翌日、フェリアスが帰還したことを知ったバルシネは呼び出しても来ないフェリアスに激怒し、女王自らフェリアスの部屋に押し入った。机で手紙を書いていたフェリアスは扉を見て入ってきた人物に驚き、慌てて立ち上がった。
「フェリ、帰っていたのに何故来ない!」
「……何故黙って私をお嫁に出したのです?」
バルシネは少し間を空けた。
「お前にこの国を預けることはできないと判断したからだ。毎日遊び歩き勉強もせず、民に興味を示さず、国を脅かす魔物についても知ろうとしない。そんな者に国を譲ることなどできるはずもない。仮に私が譲ったところで官吏達は良しとしないだろう。すぐにアウラダ派の軍により革命が起こる。だからお前を嫁に出すことにした。それもうんと遠くにな。それがお前の幸せだろう」
フェリアスは当時、フレンツの後継者にはアウラダがなり、自分は城でだらだら過ごすのだと勝手に想像していた。だが様々な国を見てきて思う。おそらく自分が城に残った場合、反アウラダ派の人間がフェリアスを唆すか、あるいはアウラダ派の人間に暗殺される。
「今ではそのお言葉はよくわかります。当時の私なら、理由を聞いても納得しなかったとも。それでも母上から説明が欲しかった。恨んだりはしておりません。ただ、愛されていないのが悲しかったのです。本当にこのまま何度も帰るのをやめようかと思いました。でも、それでもここは我が家なのです」
バルシネは顔をしかめて鼻を鳴らす。
「たかが一年、高級銘柄の服に身を包み、護衛をつけてのんびり旅をしてきたお前に何がわかる。説明など無駄だ。お前はあの豚そっくりのアライモス王に抱かれ、あやつそっくりの子供をたくさん産むのがお似合いだったのだ」
フェリアスの言葉を冷たく否定し、バルシネは冷たい目で見降ろした。
「……私の命はもう長くない。後継者にはアウラダが相応しいと考えている。お前も身の振り方を考えておけ」
「もう長くない!? どういうことです!」
バルシネは表情を変えず続けた。
「病じゃ。今はまだ症状は軽いが、医者によるとおそらく三年、もって五年の命と言われておる」
「そんな! 病なら治す方法だって……」
バルシネは首を振る。
「無い。手を尽くしたがこれまでじゃ。もうこれ以上儂の心労を増やすな」
そう言ってバルシネは部屋を出ていった。まさか母親の命が三年しか残っていないなんて。
翌日、フェリアスは城内でアウラダを捕まえて、小声で聞く。
「アウラダ。お母さまのご病気のこと、知っているの?」
アウラダは黙って頷いた。頭の両側で結んだ美しい金髪が揺れる。
「いつから!?」
「……ずっと以前です。お姉様が国を出られる以前から」
「そんな大事な事、どうして教えてくれないのよ!」
「お教えできるはずもありません」
当時のフェリアスが母親の病気のことを知れば、慌てふためいて城内で喚くか、「せいせいする」などと吹聴して回っていたかもしれない。国の混乱など全く気にせずに。アウラダはそんなフェリアスを見ていたので、言うわけにはいかなかったと言っているのだ。
「私、お母さまのご病気のことも知らず、毎日遊びまわって……そりゃ叩き出したくもなるわね」
「……」
アウラダは無言のまま、立ち去った。だが、何も言わないでくれた妹にフェリアスは感謝した。
やがて月日は過ぎていった。
フェリアスは母親の病気が治せないか必死に調べたが、やはり手は尽くされているようで治癒の見込みはなかった。一年後にはバルシネは症状を訴え床に伏すようになり、時期国王争いが水面下で始まりだした。
フェリアスの元には見たこともないような官吏が手土産を持ってご機嫌取りに来たり、アウラダへの怒りや不満はないかとしきりに問い合わせが来るようになった。
やがて派閥らしきものが形成されていく。当然、アウラダ派が大多数であり、フェリアス派は「長女が国王を継ぐべき」という保守的な層がほとんどであった。だが、まだバルシネは起きて公務をしていたし、持ち直したような時期もあったので目に見えた争いは起きていなかった。
アウラダはその年の剣術大会で優勝してきたようで、評判をさらに上げていた。
二年が経過したが、バルシネは一日の半分は自室で寝込むようになった。フェリアスは帰ってきて以降は真面目に過ごしており、最評判も少しづつ上がっている。
アウラダはその年の剣術大会も優勝してきた。
三年が経過し、フェリアスは二十歳、アウラダは十八歳となった。二人はすっかり大人の美女へと成長していた。美貌では互角。バルシネは三日に一度起きてくる程になり、いよいよ危ぶまれだした。顔も身体もすっかりやせ細り、十歳ほども老けたように見える。
アウラダはこの年の剣術大会は、準優勝だった。
バルシネはある日、大臣含めある程度位の高い人物を全員集めると謁見場で議会を開催した。女王は謁見場の玉座に座り、病身とは思えないほどはっきりとした大きな声で皆に告げる。
「皆も察しの通り、儂はもう長くない。今日は後継者を決めるために集まってもらった」
フェリアスやアウラダも当然議会に参加している。場は緊張に包まれた。下手をするとこの場で血を見る可能性だってある。
「皆で忌憚のない意見を出し合ってもらいたい。儂はアウラダこそが後継者に相応しいと思う」
バルシネがそう言うと場内では大きな拍手が起こった。アウラダは深く頭を下げる。
アウラダ派の大臣の一人が前に進み出て女王に進言する。
「アウラダ様は美しくご聡明であられ、その上剣の腕におかれても大変ご高名でいらっしゃる。まさに後継者としての器かと」
その発言で場内にはさらに喝采が起こる。別の大臣も進み出て進言したが、ほぼ同じようにアウラダを時期国王として支持する、という内容だった。場内ではもう「時期国王は決まった」という雰囲気が漂い出す。バルシネも笑顔で大臣の進言を聞き、そうだろう、と頷く。
フェリアス派の大臣もいた。
「フェリアス様の美しさはアウラダ様にひけを取らない。それに最近では非常にお真面目になられ、民からの評判も大変あがっております。それに本来国は長女が継ぐ伝統がございます。今のフェリアス様になら可能でしょう」
拍手は小さかった。それに対して別の大臣が反論を述べる。
「確かにフェリアス様はお真面目になられた。だが最初からお真面目であられるアウラダ様のほうが上であろう。民の評判? お二人とも毎日城におられるのにどうして評判が上がるというのだ。でっちあげに違いない」
そうだ、と反論に賛同する声が多く、場内は騒然としていく。
その時、謁見場入口の衛兵が声を上げる。
「伝令!」
最終章です。よろしくお願いします!




